第12話 Spiritual Gentlewoman

「白鳥さん……目黒さん……乾さん……そして、隼さん」

「なにか?」

「んん?」

「いかがなされた?」

「なんだ? 入ってこないのか?」


『貴方達……今、なにをされまして?』

 白鳥さんが「なにを、とおっしゃっても……」

 目黒さんが「別に……机を飛び越えただけだぜ」

 乾さんが「机にぶつかるなど、不覚はとらぬが……」

 そして隼さんが「机をくぐったら、せっかくの衣装が汚れるだろ」


『そうですか……着飾ってはいても、しょせん貴方達は

”その程度の男”

だったんですね?』


 白鳥さんが「んな!?」

 目黒さんが「おい、どういう意味だ?」

 乾さん「ご婦人。滅多なことを言うのではないぞ」

 隼さんが「どうした女。侮辱されてヒステリーでも起こしたのか?」


 織音さんは半分口を開けている。

 あっけにとられているのか、私と先輩達との不穏な空気になすすべがないのかわからない。

 でも言わせてもらう。


「ええ、隼さんのおっしゃるとおり、侮辱されてヒステリーを起こしていますわよ。私も、その程度の女ですから。でも、だからといって、男である貴方達にこの宴を侮辱する権利はないでしょうに……」


 乾さんが「我らが侮辱しただと? 確かに机は飛び越えたが、織音の本は売り切れ机の上にはなにもないし、他の方々の机にぶつかったわけでも……」


「なにをおっしゃるの乾さん? ここには、

『他の方々』

なんて人はいないんですよ?」


 白鳥さんが「これは謎かけですか? それとも禅問答ですかな?」

 目黒さんが「俺にはこういう小難しいことはわからん」


「織音さんから聞きました。貴方達は織音さんが働いている喫茶店兼バーの先輩方だと」

 隼さんが「だからどうした?」


「織音さんからウンベルトさんについてお話をうかがいました。そして、マルゲリータの魂を宿した私に向かって一緒に働いてくれとも……。でも先輩である貴方達の立ち振る舞いを見て、働くどころかお客として赴く気すら起こりませんわ。オ~ホッホッホッホ!」


 隼さんが「おい! なにを!」

 乾さんが「待て隼! ……ご婦人、我らがマナー違反を犯したのなら謝罪しよう。だが、我らが納得する理由を聞かせてもらえなければ、それ相応の報いを受けてもらうぞ」


「あらあら怖い怖い。一人の女のヒステリーにムキにならなくてもよろしいのに。そうね、淑女として、


”やたらめったら飛び回るお猿さん達”


しつける義務はあるわね」


 隼さんが「いいかげんにしろ!」


えなくても教えて差し上げますわ。宴に参加する我ら淑女は年齢、社会的地位等の壁なぞない、いわば一心同体。故に、一人の侮辱は皆への侮辱。おわかりかしら』


 白鳥さんが「……なるほど、そういうわけですか」

 目黒さんが「お、白鳥、わかったのか? 後で答えを教えろよ」

 乾さんが「それは理解できるが……」

 隼さんが「それと机を飛び越えるのとどう関係があるんだ!」


『まだおわかりにならない方がいらっしゃるのね。貴方達のお店にいらっしゃるお客様は、果たして年齢や肩書きを首からぶら下げて来店なさるのかしらぁ?』


「!」「!」「!」「!」


『そして、無関係の部外者がお客様を侮辱した時、店員である貴方達はそれを許すどころか、見て見ぬ振りをするのかしらねぇ?』


『!』『!』『!』『!』


(むちゃくちゃな理論ね。でも、きらいじゃないわ)

 マルゲリータの呟きを後ろ盾にして、私はとどめの一撃を食らわした!


「そしてこの机。確かに一つ一つはバラバラだけどサークル上につながっておりますわ。貴方達に問いかけるのも馬鹿らしいから先に答えを申し上げますと、


『貴方達のお店のルールでは、”目の前”のカウンター上になにもなければ、両脇のカウンターで例えお客様が飲食してようが土足で飛び越え、さらにそんな席をご来店なさったお客様へ案内するんでしょうねぇ……』」


「青田さん……」

 織音さんが力の抜けた声と顔を向けてくる。


「申し訳ありません織音さん。貴方様のお誘いは大変うれしゅうございます。ですが以上の理由により、ご一緒に働くことはできません。では、御免あそ……」


『待ってくr……ださい!』


 きびすを返した私の背中に、声がぶつかってきた!

 でも、織音さんではない。

 振り向いた私の瞳に映ったのは、机の影で見えない……。

 

 よっと、土下座した……隼さん!


「無礼は謝罪する。だから織音を……見捨てないでくれ!」


 ええええええっ! 意外な展開ぃぃ!

 てか、他の三人も服が汚れるのもかまわず、同じように土下座ぁ!


 白鳥さんが「我らの罪、ゲヘナの底へとちるべき所行。だがカルラ、織音だけは」


 目黒さんが「すまん! この通りだ! 気の済むまでぶん殴ってくれ!」


 乾さんが「我らが行い、万死に値する! 土下座で足りぬなら腹かっさばいても!」


 いやあぁぁぁぁ! なんかとんでもないことになっているぅぅ!

 てっきり織音さん含めて逆ギレさせて、この話をなかったことにしようとしたのにぃ?


(なにを驚いているの? 貴女が望んだことでしょうに……)

”望んだ……こと?”


(だって貴女、《力》を貸してって言ったじゃない)

”ち、力ぁ!?” 


(そうよ、馬鹿な男共を”躾けたり””調教する”

《私の力》。

貴女方の世界では私みたいな淑女のことを


《悪役令嬢》


って呼ぶみたいね) 


 えええええっ! 

(私も目覚めたばかりだし、貴女がブースを巡った時に眼に入った言葉だから、これで合ってるかどうか自信ないけど……その様子じゃ当たらずとも遠からじみたいね)


 そんなのぉ! 女性向け小説や乙女ゲームだけのことじゃあぁ!?

(前者はともかく後者がなんなのかわからないけど……まぁいいわ。時間はたっぷりあるし、後ほど”堪能”させてもらうとして……此奴こいつらをどうするの? このまま永久に座らせておく訳にもいかないでしょうに?)


”どうしよう。正直、ここまで大事おおごとになるなんて……っていうか、周りめっちゃ見てるぅ! な、なんとかしてぇ!”


(あきれたわね。何とかしてあげてもいいけど、また身体を乗っ取らせてもらうわよ)


”……許す!”


いさぎよいわね。気に入ったわ。じゃあ、お言葉に甘えて……)


「せ、先輩達……そんな、僕の為に土下座なんて……あ、青田さん」

 身体の感覚がなくなり、慌てふためく織音さんの姿と力の抜けた声が魂に飛び込んでくる。

 彼女にこの身体を任せたけど、どうするんだろう?

 もし好き勝手やられたら……。


 ってぇ! 今になって気がついたけど! 自分の身体に戻るにはどうすればいいのよぉ!

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