第40話 追憶(前編)

 火炎戦車ファイアタンクの討伐から一週間経った。

 その日、俺は夏見に誘われて日和ひよりの墓参りに出掛けた。

 墓地は公園になっていて、周囲には色とりどりの花が咲いている。天気が良いので、風に吹かれた花たちも機嫌良さそうに揺れていた。個人の墓は無いようだ。慰霊碑がいくつか並び、無数の名前が書かれた石板が安置されている。

 

「新京都から日和ひよりの遺骨だけ持ってきて、この下に埋葬したのだ」

 

 夏見の車椅子を押すのは、あおいさんだ。

 葵さんは、娘の葉月が意識不明で帰ってきたことで、一時期は大変動揺していた。悪魔に拐われそうになった理由が、娘の勝手な行動にあると聞いて「まったくあの子は!」と呆れていた。

 一昨日、葉月の意識が戻った。

 昏睡状態の間に抗EVEL鎮静剤が働いたようで、結局、彼女に悪魔化の傾向は見られなかった。その事に俺たちは心の底から安堵した。

 引き続き経過観察は必要だが、近い内に退院できると知って、葵さんもようやく日常に復帰したのだった。

 

「墓参りが遅れてすみませんでした」

「全くだ」

 

 俺はフラワーショップで買った花束を、石板の前の献花台に供えた。

 日和の好きな勿忘草わすれなぐさは残念ながらフラワーショップに見つからなかったが、名前も知らない青と白の花束はそれなりに綺麗だった。

 

「……神崎。お前は日和ひよりを殺していない」

 

 唐突に、夏見がそんなことを言ったので、俺は驚愕した。

 

「いきなり何を」

「お前は日和を殺したと、思い込んでいるだけだ」

 

 雲が俺たちの上空を横切り、日が陰る。

 暗くなったので夏見の表情は分からなくなった。

 

「昔の私たちは理不尽に抗うだけで、精一杯だったな。ゆっくり過去を振り返る余裕はなかった。ゆえに、今だからこそ分かることもあるだろう……思い出せ、神崎」

 

 夏見の言葉は淡々としていた。

 その落ち着いた響きを耳にして、ようやく俺は真実を思い出す。

 日和の最期と、そこに至るまでにあった、けっして苦しいだけではなかった、仲間との記憶の全てを。

 

 

 

 数十年前、悪魔イービルの侵攻が始まった時、俺は只の学生だった。自分が日本の運命を変える戦いに巻き込まれるなんて、想像もしていなかった。

 病気がちの母親。父親は行方不明。

 俺は婆ちゃんの家で育った。

 

「優、いつかお父さんが迎えに来てくれるからね」

 

 母親は亡くなる直前まで、そんなことを言っていた。

 彼女の言うお父さんが、異世界から侵略してきた悪魔イービルだったなんて、誰が予想できただろう。

 悪魔によって婆ちゃんが殺され、身寄りを失った俺は、京都に連れて行かれた。

 そこで第一次EVEL対抗部隊に所属することになる。

 何も知らない当時の俺は、自分の体質に違和感を覚え始めていた。

 

「なんで悪魔イービルは俺を襲わない?……なんで俺は、傷の治りが早いんだ?」

 

 武器を取れと勧められ……弓矢なら簡単に使えるだろうと思い、成り行きに任せて戦いに身を投じた。

 実際、簡単だった。

 遠くから無抵抗な悪魔を射撃すれば良いだけだったのだから。下級悪魔は本能で俺の正体を察していて、襲ってこなかった。

 

 そうして弓の扱いに慣れた頃に、自分の出自を知った。

 

「この、悪魔め!」

 

 助けようとした祓魔省の職員に、口汚く罵られて。

 その時は重傷を負って、怪我を治すために無意識に悪魔イービルの力を使ってしまい、目の色が赤くなっていたのだ。

 

「お前は人類の敵、悪魔イービルが人間の女に孕ませた子供だ!」

「嘘だ……」

「鏡を見ろ! この化け物め!」

 

 優しかった世界が暗転する。

 俺の正体を知っていて黙っていた奴らが信じられない。

 悪魔が敵なら、俺の存在は何なんだ?

 

「……人間は狭量な生き物だろう? じきに彼らは滅びる。一緒においで、優」

 

 祓魔省の幹部になりすましていた上級悪魔。

 それが俺の父親だった。

 俺が自分自身について知るのを、待っていたらしい。戸惑う俺の前に現れて父親だと名乗りを上げた。

 差しのべられた手を、喜んで握るほど、無邪気な子供だった訳じゃない。

 

「ふざけんな! なんで母さんや婆ちゃんを助けてくれなかったんだよ!」

「人間を助ける訳がないだろう」

 

 下等な生物に掛ける情は無いと、そいつは言い切った。

 悪魔イービルに対抗する組織に、悪魔が潜りこんでいた。それは大問題で、俺は可能なら内部告発したいところだった。しかし、相手は権力者と協力関係にある。

 

 孤立無援。

 いや、そもそも俺は何のために戦ってるんだ。

 父親の望むように内側から人間を滅ぼす駒になるためか?

 婆ちゃんを殺した悪魔に復讐するためか?

 分からない。

 自分自身すらも信じられなかった。


 そんな葛藤を抱いていた中で、俺は日和と出会う。

 難病で病院の個室に住む妖精のような少女。

 

「俺が悪魔イービルのハーフでも、いいのかよ」

「大げさだな、優くんは。私とあなたは、大して変わらないじゃない。何か問題ある?」

日和ひよりがいいなら、いいけどさ……」

 

 彼女との出会いは転機の始まりだった。

 

「……神崎、私の妹と最近よくしゃべっているだろう」

「へ? 妹?」

日和ひよりだ」

 

 それまで親しく話したことが無かった、沈着冷静、知的な眼鏡の男、夏見孝なつみたかしが声を掛けてきた。

 

「兄様は半悪魔ハーフの優くんと関わらないようにしているのか、と妹に聞かれたよ」

「それって普通だろ」

「普通とは何だろうな」

「……」

 

 夏見は話してみると、意外と変わっていた。

 ちょうど第一次EVEL対抗部隊の中でチーム編成があり、俺と夏見は同じチームに配属になったので、ますます距離が近くなった。

  そして同じチームの他の三人も、少し変な奴らだった。

 

「はははっ! 聞いたぜ、お前、悪魔イービルと人間のハーフだからすぐに怪我が治るんだって? ちょうど良いから試し切りさせろよ」

 

 刃物を手に笑う男は、安部真司あべしんじ

 人を合法的に切りたいからEVEL対抗部隊に入ったという危ない奴。いつも刃物コレクションの手入れをしている。

 

「ちょっと神崎くん、コンビニに行ってプリン買ってきて!」

「自分で買ってこいよ……」

「外は悪魔イービルが出て危険でしょ」

 

 俺をパシリに使おうとする女子、佐藤光さとうひかる

 元アイドルで、EVEL対抗部隊の隊員募集ポスター用に入れられた子だ。容姿だけは可愛いが、実戦には全く役に立たない。というか完全なる応援係。

 

「どうして誰もリーダーである僕の言うことを聞かないんだ。僕がここにいる意味って一体……」

 

 そして真面目で気の弱い、班長の篠原正行しのはらまさゆき

 外見も成績も平均的な一般人代表。

 俺の配属された第七班は、訳アリが集められていた。夏見以外は普通の戦闘に出すとまずい面々だ。一番できる夏見が班長じゃないのは、夏見の仕事を軽減するため。夏見は第一次EVEL対抗部隊の副隊長で、実質、現場の最高責任者だった。

 

「プリン!」

「もう僕が買ってくるよ……」

「篠原さん、佐藤を甘やかすのは駄目なんじゃ」

「いいんだよ。神崎くんをパシらせるくらいなら僕が行った方がいい」

 

 篠原は、腰を上げようとする俺を押し止めて苦笑する。

 

「神崎くんと安部くんと夏見さん、三人がいるから、うちの班は第一次EVEL対抗部隊の切札ジョーカーなんだ」

 

 悪魔と人間の間で心を揺らしていた俺が、人の側を選んだ理由。

 それは信頼できる人々と巡り会えたから。

 彼ら、日和と第七班のメンバーは、俺にとって初めて得た仲間で、家族だった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る