第39話 希望

 いったい何をするつもりなのだろう。

 みつるは屋根の上に立つゆうを見つめる。

 優は胸を張って腕をまっすぐ前に伸ばし、弓を構える。

 気合と共に弓を引き絞ると、幻想的な紅い光が周囲を取り巻いた。

 黒麒麟ナイトジラフの弓の前に、光で描かれた複雑な紋様が姿を現す。

 

『……あれは神崎の切り札だ』

 

 ノートパソコンの中で夏見司令が憂い顔を見せた。

 優が何事かを呟くと、イズモの防壁の前の空中に、黒麒麟ナイトジラフの弓の前と同じ光る紋様が浮かぶ。魔法陣のようにも見えるその光の紋様から、次々と光の矢が放たれ、流星のように悪魔の群れに降り注いだ。

 

「すごい……!」

 

 画面に表示された敵を示す無数の赤いマーカーが、あっという間に消失していく。

 優が渾身の力を込めて放つ技、"流星雨"は、亜空間を扱う力を応用して敵の上空に転移門を作り、無数の光の矢を放つ。ひとつひとつは威力が小さいが、弱い悪魔が群れを為している場合は効果的だ。溜めの時間は長いものの、雨のように広範囲に降り注ぐ矢は避けようが無い。

 みつるは優の技の理屈は知らなかった。

 ただただ、その圧倒的な力に見惚れる。

 

「五十…百…百五十…約三百の敵、消失ロストを確認!」

「!!」

 

 残り数十匹といったところで、優を取り巻く赤い光は消えた。

 

「っつ」

 

 優は屋根の上でよろめく。

 力を使い果たしたのは、誰の目から見ても明白だった。

 

「神崎さん!!」

 

 博孝ひろたかが慌ててジープから出て、屋根から落ちそうな様子で飛び降りてきた優の肩をささえる。

 ぐったりしている優を車の後部座席に座らせた。

 優は悔しそうに呟いた。

 

「くっそ……全滅とはいかなかったか」

『イズモの防壁を傷つけないように、手加減しただろう。防壁に張り付いていた悪魔は残ったようだな』

 

 夏見司令の冷静な分析。

 みつるはノートパソコンに視線を戻した。

 残った悪魔は数十。対EVEL武器を持った隊員が手分けすれば、現実的に倒せる数である。

 

「俺は寝る……後は頼む」

 

 よほど消耗したのか、優は目を閉じて座席にもたれている。

 

『寝かせてやれ。後は我々の仕事だ』

 

 司令の言葉に、優以外のメンバーは気を引き締めた。

 

『掃討戦だ。各自、全力を尽くして悪魔イービルを討伐してくれ。防壁の内側に、一匹たりとも悪魔イービルを入れるな』

「了解!」

 

 戦闘員の博孝ひろたか花梨かりん、竹中が命令に応じる。

 ジープはイズモの防壁に群がる悪魔に向かって走り始めた。

 

 

 

 その夜は長い戦いになった。

 優が半数以上の悪魔を倒してくれたからと言って油断できない。普通の人間にとって、悪魔イービルは一匹でも油断すると死に直結する化け物だ。

 さらに防壁が傷ついたことを察したのか、追加の悪魔の襲撃もあり、夜明けまで戦いは続いた。

 朝日が空に昇るころ。

 イズモCESTの隊員たちは、自分たちの街を守り切ったとようやく確信して武器を降ろした。

 

 

 

「俺は検査は嫌いなんだよ」

 

 上着を脱いだ優が不機嫌そうにぼやく。

 彼の瞳は悪魔と同じ、緋色に染まったままだ。普通なら恐れる赤い瞳だが、みつるは何とも思わない。彼女のESP、精神感応テレパスは悪魔の凶暴な感情を検知する。優からは平静な感情しか感じられないので、大丈夫だと確信できた。

 

 ここはクラウドタワーの医務室のひとつ。

 気を失ったままの葉月を運び込み、ついでに目が覚めた優を無理やり引っ張りこんで、斎藤とみつるたちは医務室を占拠している。

 

 博孝は報告のため本部に出頭し、花梨は自分のチームの元へ帰った。

 みつると竹中は、医務室で葉月と優の付き添いをしている。

 

「神崎先生、子供みたいなことを言わないでください」

「特に注射が嫌いだ。ひとの血から勝手に薬を作りやがって」

「旦那、往生際が悪いな」

 

 竹中が茶々を入れる。

 斎藤は穏やかな表情を崩さずに、優の腕に注射針をさした。

 透明な筒の中に真っ赤な血が溜まっていく。

 

「これでレベル5の抗EVEL鎮静剤を作って、葉月さんに投与します」

 

 ベッドの上で、葉月は静かに眠っている。

 彼女は一時的に上級悪魔に囚われ、悪魔化されそうになったのだ。

 

「悪魔化は、肉体の汚染率よりも、精神の汚染率の方が重要だと最近の研究で分かりました」

 

 斎藤は医療器具を操作しながら静かに説明した。

 

「鍵となるのは、暴力に快感を覚える精神性かどうか。元から暴力を振るうような人間、犯罪者の場合は悪魔化の進行が早く、悪魔に変化すると元に戻らないことが分かっています。そうでない人間は、逆に悪魔化しても長時間人間性を保ち、悪魔化が軽度な場合は日常生活に戻ることができた症例もある。葉月さんは大丈夫ですよ」

 

 みつるは説明を聞いて、ほっと安心した。

 葉月とは同じ学生で友達だ。

 彼女が元通りの学生生活を送ることができるなら、本当に良かった。

 

「ハルさんも同じです」

「!!」

 

 優の肩がびくっと揺れた。

 斎藤は彼の動揺を見越したように、続ける。

 

「身体は異形に変化しても、彼女は理性を保っているように見えました」

「……間に合うと思うか?」

「おそらく」

 

 白い竜になって飛んでいってしまったハル。

 みつるはその後ろ姿を思い出す。

 精神感応テレパスが仕事をしたのか……唐突に、みつるは優のこれからの行動を理解した。

 

「――追いかけるんですか?」

 

 顔を上げて、優に聞く。

 優はちょっと笑って頷いた。

 

「そうだな。馬鹿を一匹、回収しないとな」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る