第36話 狙撃

「さあ、ショータイムだ!」

 

 シモンが両腕を広げ、宣言する。

 その途端、空間が歪み、眼下に広がる田園地帯の中央に火炎戦車ファイアタンクが現れた。

 

「?!」

 

 火炎戦車ファイアタンクは巨体を引きずってイズモに近づいている。

 奴を狙撃するためにここに来たのに、最悪のタイミングだ。

 

 俺は周囲の状況をざっと確認した。

 ハルは血に濡れた頬をそのままに、尻もちをついて呆然としていた。

 斎藤は城跡の陰に隠れてこちらの様子を伺っている。

 みつると竹中はこの状況が始まる前から、支援車両の中にいる。

 戦えるのは俺と博孝ひろたか花梨かりんだけか。

 

 花梨かりん博孝ひろたかを責める。

 

「正気ですか?! 悪魔の言葉に従うなんて!」

「うるさい! 俺は……俺は」

「このままでは、私たちのイズモの街が……!」

 

 草葉に穴を空ける芋虫のように、廃墟になった民家や緑の田畑を踏みつぶし、炎で大地を焼き煙を上げながら、火炎戦車ファイアタンクは前進している。

 

「俺は、イズモの街なんかどうでもいい! 葉月はづきが生きていさえすればいいんだ!」

 

 血を吐くような博孝の絶叫に、俺たちは瞠目する。

 ただシモンだけが愉快そうに笑った。

 

「いいね、ヒロタカくん! 君は悪魔向きの性格だよ」

「黙れ」

 

 俺はシモンの台詞を遮って睨んだ。

 

「大切な人を盾に取られたら、誰だってそうなる。追い詰められて心にも無いことを言ったって、おかしくはないんだ」

「追い詰められたら人は本性をさらすものじゃないかな?」

「イズモより葉月が大切、か。誰だって家族や恋人のために戦う。正義なんて建前だ」

 

 博孝がびくっとして救いを得たように、俺の瞳の奥を見る。

 悪魔シモンの思惑には乗らない。

 ここで裏切ったと糾弾すれば、博孝は居場所を失う。

 そうなれば、悪魔の思うつぼだ。

 人を信じるということは、相手の心に抜けないくいを打ち込むことに似ている。お前など信じられないと手を離せば相手は去っていくが、お前を信じて待つと伝えればその言葉は相手を引き留める。

 まだ希望がある。

 もし葉月が悪魔化の洗礼を受けたとしても、いざとなれば俺の能力で抑えられる。

 

「悪を肯定するのかい?」

「何が正しいかは結果が語る。お前を倒して、俺はここにいる奴らとイズモを守る!」

 

 黒麒麟ナイトジラフの弓を構えて、矢を射る。

 黒いきりで俺の攻撃を払いのけて、シモンは博孝に向かって命じた。

 

「戦え! でなければこの女の子、殺すよ!」

「くっ」

 

 博孝が距離を詰め、黒い刀を上段から振り下ろしてくる。

 俺は黒麒麟ナイトジラフの弓を盾がわりにして、刀身を受け止めた。この弓は頑丈にできているが、刃物を叩きつけられて折れない確証はない。内心冷や冷やものだ。

 俺の矢は一撃で人間の身体を貫いてしまう。攻撃を封じられ、俺は仕方なく体術を使って博孝の攻撃をかわし続けた。

 戦いながらシモンを観察する。

 シモンは抱えた葉月の傷を治し、悪魔にしようとしているようだ。博孝を手駒にするために、人質を死なせる訳にはいかないからな。

 赤い光を流し込まれた葉月の身体が震え、胸の傷がふさがっていく。

 悪魔化は避けたいが、重傷を治してくれるなら今は彼女を預けておいてもいいだろう。

 

「はあああーーっ」

 

 突然、横から鋭い気合と共に花梨がつっこんできて、度肝を抜かれる。

 シモンと俺が雑談している間に、彼女は車から自分の武器、黒麒麟ナイトジラフの槍を取ってきたようだ。

 俺と博孝の間に割って入った。

 

「神崎! お前は狙撃を!」

 

 博孝に槍を向けながら、花梨が言う。

 確かに目の前のシモンにばかり気を取られてる場合じゃない。

 

「神崎先生、矢を受け取ってください」

「させるか!」

 

 斎藤が俺にゴルフケースのような円筒形の物体を投げて寄越し、シモンが黒いきりを発生させて、それを邪魔しようとする。

 

「俺の存在を忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

 支援車両の陰に隠れて竹中の援護射撃。きりの先端が砕けて消える。

 俺は矢を受け取った。

 

「邪魔だよ、人間ごときが」

 

 忌々しそうに呟くシモン。

 黒いきりが、イズモCESTの支援車両ごと貫く勢いで竹中に迫る。

 

「やめてーーっ!」

 

 脳をキーンと揺らすような音が鳴った。

 みつるのテレパシーによる大声ハウリング

 シモンの動きが止まる。

 俺はその隙に手早くケースを開けて矢を取り出した。

 黒麒麟ナイトジラフの弓につがえると、最近はとんと使っていなかった零子照準器スコープサイトの機能を呼び出す。火炎戦車ファイアタンクに照準をあわせ、拡大して奴の頭部を観察した。

 

「マーモルモ?」

 

 夏見が用意した「餌」が、火炎戦車ファイアタンクの前でバタバタしている。

 茶色いモルモットのような奴だ。丸い胴体から小さな足を伸ばして必死に逃げようとしているところを見ると、少し可哀想になってくる。

 

「悪いな」

 

 人命には変えられないのだ。

 俺は冷静に、太ったマーモルモが悲鳴を上げて火炎戦車ファイアタンクの口元に運ばれる様子を観察した。

 狙撃手スナイパーに必要なのは、鉄の冷酷さだ。

 ぎりぎりまで粘り、敵が口を最大限に開いている瞬間を狙う。

 

「当たれ!」

 

 その瞬間、俺は敵のシモンのことも、人質の葉月のことも、まだ戦っている博孝と花梨のことも……全て隅に追いやって狙撃に集中した。

 クリアになった意識で、ただ矢が敵の口に飛び込む軌道を思い描く。

 解き放たれる矢。

 射線に沿って赤い光の粒子が空中を舞った。

 見晴らしの良い高台から飛び出した矢は、まっすぐに火炎戦車ファイアタンクの目前に到達する。

 火炎戦車ファイアタンクはマーモルモと一緒に矢をぐびりと呑み込んだ。

 

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