第37話 別離
「やったか……?!」
狙撃の結果を確認する前に、俺はその場を飛びのいた。
空いた場所を黒い
少年の姿をした悪魔シモンがすぐ近くに迫っている。
「
「誰も頼んでねえよっ、そんなこと!」
シモンの手から伸びた黒い
時間稼ぎをしたみつるや竹中は無事か?
横目で確認すると、イズモCESTの支援車両は横転して煙を上げていた。死体は見えないから、どこかに退避したと考えたい。
「
眼前まで転移してきたシモンが、俺の
俺はシモンに弓を奪われまいと踏ん張った。
「父上を返せ? ふざけんな! お前ら悪魔こそ、沢山の人間を殺し、命を奪っただろう?! 平和な世界を俺たちに返せ!」
俺たちは睨みあいながら、至近距離で互いの技を応酬した。
避けようの無い黒い
このままでは相討ちになるな。
いや、俺の方が不利だ。
シモンの身体は傷を負っても次々に再生している。
上級悪魔は頭を吹っ飛ばされても手品みたいに元に戻る。
しかし俺の方はそうでない。
普通の人間より頑丈だし、傷もすぐ治るけれど、常識の範囲内だ。今だって傷口の出血を抑えるので精一杯である。だから黒い錐が急所に当たらないように周囲の空間を歪めて、シモンの攻撃を邪魔している。その余波で、俺たちの周囲にはプラズマのような光がバチバチ飛び交っていた。
「……お前を倒せば、上級悪魔の白星は四体目だ。十二体の三分の一。上出来じゃないか?」
俺は不敵に笑って、弓を奪おうとするシモンの手首を掴んだ。
シモンの表情が歪む。
「貴様……!」
ゼロ距離の"朱の天泣"。
俺もシモンも只では済まない。
「ハルさん……?!」
その時、
俺はシモンの肩越しに状況を確認して目を見開く。
シモンは人質の葉月を、黒い魔方陣のようなサークルに置いて、俺の元にやってきていた。サークルを黒い
ハルはその魔方陣に踏み込もうとしている。
手足が傷付くのに構わずに錐を踏みしだき前進する。
伸ばした白い手が、魔方陣の境界に触れて奇妙にねじまがった。
「駄目だ、手を出すな、ハル!」
俺は彼女に向かって叫ぶ。
「それは人間の悪魔化を進める! まだ人間の葉月なら変異に時間が掛かるが、悪魔になる一歩手前のお前が触ったら」
シモンは、ハルの動きに気付いているだろうが、そちらを振り返ることすらしない。万が一サークルの中に入っても、悪魔に変異する訳だから利用できると考えているのだろう。
「ハル!」
「……友達だと言ってくれた。葉月は、私のことを……」
ハルは見たことのない透明な笑顔を浮かべていた。
俺の動悸が嫌な感じに高鳴る。
彼女の笑顔は、逝く前に
ずきりと頭痛が走る。
俺は大事なことを忘れている気がする。
彼女を止めようと伸ばした手が空を切る。
前にも、こんな風に大事な人を引き留めようとして、できなかった。
ハルが静かに、満足そうに言った。
「私は、今までこんな気持ちを知らなかった。自分が生き延びることだけに夢中になって」
ああ、これが。
誰かのために生きるということ。
「悪くない」
「行くな、ハルーーっ」
俺はただ声を張り上げることしかできない。
ハルは強引にサークルの中に踏み込む。
飴玉が入った金色の缶詰が、音を立てて地面に転がる。
少女の手足に
「これは……!」
シモンが横顔だけ後ろに向け彼女を見て、絶句した。
まるで白い竜のような姿だ。
その鱗は真珠のような光沢を持ち、光輝いている。
深紅の瞳は煌々と燃える炎のよう。
それはもう、
ハルが変身した白竜は、葉月を優しくくわえると、サークルの外へ放り出す。
白竜は翼を打ち鳴らしてサークルを破壊すると、俺と競り合っているシモンに視線を向ける。口を開けて光線を放った。
「わっ!」
シモンは俺との力比べを切り上げ、転移しようとした。
俺は、手首を掴んだまま力を流し込み転移を阻害する。
白竜の放った光はシモンの背中に炸裂した。
その瞬間、シモンの手首を放し後ろに跳躍しざま、弓を射る。
「……喰らえ!」
必殺の一撃が、見事にシモンの胸の中心に決まった。
「……僕の出番も、ここまでか」
「この舞台を……少しは、楽しんでもらえたかな……?」
俺の放った赤い光の矢は
シモンの肉体は塵となって消える。
「ハル……!」
俺は白竜を見上げる。
彼女は羽ばたいて空へ舞い上がったところだった。
「どこへ行くんだ?!」
『シンキョウトへ。わたしは、わたしをうみだしたものたちに、ふくしゅうする』
肉声ではない言葉が、ハルの決意を伝えてくる。
『いままでありがとう、ユウ』
止めることはできなかった。
相手はもう空の上で、俺はハルを繋ぎ止める理由を思い付かない。
「なんでだよ! お前、ずっと一緒にいたいと、そう言ってたじゃないか!」
一方的に約束を押し付けて、一方的にそれを破って。
勝手な奴だ。
「今まで一回も、ありがとう、なんて言わなかった癖に。くそっ……」
最初で最後の「ありがとう」の言葉。
西の方角へ向けて、あっという間に白竜は飛び去った。
雪のように散る白い羽根を握りしめ、俺は目を閉じる。
認めたくないが、ハルの奴は俺にとって予想外に重要な人物になってしまっていたらしい。
こんな気持ちは……
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