File-04 命は焔に燃ゆ

第30話 遠征

 遠征部隊は、五チーム合計二十人少々の少数精鋭で組まれた。肝心のイズモの防衛戦力を減らす訳にはいかないらしい。

 遠征する黒麒麟ナイトジラフの使い手は、俺を含めて三人。

 俺と、博孝ひろたかと、矢吹花梨やぶきかりんという若い女性だった。

 

黒麒麟ナイトジラフの使い手は私ひとりいれば十分なのに、夏見司令は私を信頼できないのでしょうか」

 

 よっぽど腕に自信があるのか、花梨は夏見に食ってかかっていた。

 CESTの俺以外のメンバーは、彼女の様子に「またか」と言った呆れた顔をしている。どうやら文句を言うのが趣味の女性らしい。

 花梨は気の強そうな美人で、長い髪を紅茶色に染めポニーテールにしている。イズモCESTのエンブレムが付いた上着の下は、際どいヘソ出しの服を着ていた。ずいぶんプロポーションに自信があるようだ。

 

 車庫に見送りに来たのは関係者だけだった。

 遠征部隊の面々は、挨拶を済ませると次々、赤い消防車のようなCESTの支援車両に乗り込んでいる。

 夏見は穏やかに答えた。

 

「矢吹くんなら一人でも大丈夫だと思っている。ただ、調査の必要もあるので、念のため、だ」

 

 出た、夏見お得意の台詞「念のため」。

 司令に冷静にあしらわれ、花梨は「そうですか」と不機嫌そうな顔をしながらも、同じチームのメンバーと合流して出発準備を再開した。

 

 俺は何となく狭苦しい車内に入るのが嫌で、最後まで車庫内に残っていた。ハルは、ぶすっとした表情で俺の隣にいる。遠征部隊に加わる以上、一般人という訳にはいかないので、借り物のCESTの制服を着て拳銃型のCEWを腰に付けていた。

 

 夏見はすすすっと、俺の前に進んで和やかに言った。

 

「……お守りをよろしく頼むよ」

 

 面倒見るのは博孝とハルだけじゃないのかよ。

 俺は声をひそめて答える。

 

「ピクニックじゃないんだ。遠征で仲間の生死は保証できないぞ」

「分かっているさ。それより帰ってきたらきっと驚くぞ」

「なに?」

「対空設備を増設することに決まったのだ」

 

 夏見は心なしか楽しそうに話している。

 もう出発し始めている他のメンバーは、俺たちの会話を聞いていない。

 

 その時、車庫の扉が左右に開かれた。

 イズモの街を囲む高い壁に切り込みが入り、落とし戸のような構造の扉がゆっくり上がっていく。

 扉の外には荒涼した世界が広がっている。

 打ち捨てられた民家の屋根から、三本足の目が赤いカラスがギャアギャア喚いて飛び立った。

 イズモの外と中で平和は分断されている。

 俺は夏見に視線を戻した。夏見は雑談を続けている。

 

「イズモ市議会の採決がやっと通った。今まで無駄な増強だと却下されていたが、やっと市民にも重要性が伝わったようだ」

「良かったな」

「ああ。次は巨大ロボットの開発がしたい」

「はあ?」

「ロボットは男の夢だろう」

 

 俺は同意を求められて遠い目をする。

 確かにSFアニメに登場するようなロボットは格好いいと思うが、現実問題、悪魔イービルと戦わせるのは無理があるだろう。ジャンルが違う。

 夏見はメカが好きだった。

 時々、好きが高じて変なことを言い出す。

 

「……あー、俺、そろそろ行くわ」

「仕方ないな。この話はまた今度にしよう」

 

 酒のさかなにでもするつもりなのか。

 名残惜しそうに夏見は車椅子を引いた。

 

「神崎、必ず戻ってこい」

「ああ」

 

 軽く手を振ると、俺はハルを引っ張って、博孝たちが待つ支援車両に乗り込んだ。

 

 

 

 火炎戦車ファイアタンクは、旧奈良と三重の県境を北上中らしい。

 険しい山脈が連なる地帯だ。

 場所によっては支援車両を置いて、徒歩で接敵する必要があるだろう。

 

「……そういえば、火炎戦車ファイアタンクの位置はどうやって確認してるんだ?」

 

 俺の肩に頭を寄せて、ハルは寝始めた。

 身体を動かさないようにしながら、俺はみつるに聞いた。

 支援車両一台につき一チームという割り振りで、車内には俺とハル、博孝とみつると竹中の五人がいた。いかついおっさんの竹中は圧迫感があるので、運転席に行ってもらっている。

 ちなみに博孝のチームには天野という女性隊員がいたが、俺とハルの編入に伴い、別チームに異動になったそうだ。

 

 博孝のチームのオペレーター、みつるはノートパソコンの画面から目を離さずに、俺の疑問に答えた。

 

「通信衛星で地上の写真を撮っているそうですよ。今は通信手段が貴重なので、使い放題とはいかないそうですが。後は、遠見のESPを持つ人が近付かずに確認したりするそうです」

 

 衛星か……悪魔イービル跋扈ばっこする今の世界では、新しい衛星の打ち上げが難しいことは想像できる。

 しかしESPは何でもありなのか。

 

 しばらく車内には、みつるのキーボードを叩く音が響き渡る。

 俺は暇な間、本でも読みたいと思ったが、肩で寝ているハルを起こす訳にいかず、そのまま身動きせずにぼうっとしていた。

 武器の手入れをしていた博孝が、ふと顔を上げて俺に問いかける。

 

「……そういえば、ハルさんは何者なんですか? 夏見司令は、神崎さんに聞けと言ってましたが」

 

 夏見の奴、俺に説明を投げたな。

 俺は少し考えたが事実に沿って多少、脚色した内容を話すことにした。

 

「ハルは新京都のEVEL対抗部隊の出身で、イービルウイルスの感染者だ。薬で感染を抑えてるから心配しなくていい」


 言外に、戦いの足手まといにはならないというニュアンスも含める。

 新京都の人体実験や、俺が血を使って悪魔化を抑えてるという話は、説明が面倒なのでパスだ。

 

「新京都の……へえ、そうなのか」

 

 博孝がまじまじとハルを見る。

 その視線を感じたのか、眠っていたハルはパチンと目を開いた。

 

「優、ごはん」

 

 ルビーのような紅の瞳を俺に向けて、彼女は淡々と言った。

 お前しかいないから仕方なく頼んでいるのだ、という様子で、やけに偉そうだった。可愛げがない。

 

「おなか空いた」

「子供かよ。俺はお前の親になった覚えはないんだが」

 

 まるで雛鳥にくっつかれてピヨピヨ鳴かれているようだ。

 顔をひきつらせる俺に、博孝は苦笑した。

 

「あと少しで休憩ポイントですよ。車を止めて、外で食事をしましょう」

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