第29話 約束

 火炎戦車ファイアタンクを倒すための遠征部隊、博孝ひろたかのチームに付いて参加して欲しいと夏見に頼まれた。ハルは置いていく訳にもいかないので、一緒に連れていく予定だ。

 イズモには来たばっかりなのに慌ただしいな。

 

 遠征に行く前、俺は葉月はづきの家で夕食をご馳走になった。

 葉月の母親のあおいさんは、俺の昔の知り合いでもある。二十年ほど前、埼玉から関西へ避難中に悪魔に襲われていた葵さんを、俺と夏見で助けた。

 葵さんは旧交を暖めるため、俺を夕食に招待したのだ。

 しかし。

 

「俺もご一緒して良いですか?」

 

 なぜか博孝もやってきた。

 

「まあまあ育ち盛りの男の子が二人! 今日はお鍋にしましょうそうしましょう」

 

 葉月と博孝は幼馴染みらしい。

 葵さんは俺と博孝を快く食卓に迎え入れた。

 というか。

 

「……葵さん、俺は男の子って年齢じゃ」

「でも神崎くん、私より年下でしょう」

 

 そうなのだ。

 少しだけだが、葵さんの方がお姉さんなのである。

 昔から俺は彼女に頭が上がらない。

 

「なんで来たんだ博孝」

「別にいいでしょう……」

「心配しなくとも、お前の幼馴染みとは何にもねえよ」

 

 博孝は気まずそうに視線を逸らした。

 こいつは葉月が好きらしい。

 俺が葉月にちょっかいを出さないか不安になって、割り込んで来たようだ。可愛いもんだな、こいつらの青春は。

 

「優さん、ぼけっとしてないで春菊を入れてください。博孝は、白菜!」

「へーい」

「はいはい」

 

 エプロンを着けた葉月に命じられて、鍋の中の沸騰してきた出汁に野菜を放り込む。

 

「そういや、野菜はどうやって栽培してるんだ。今は外で暢気に畑を作るのは無理だろ」

 

 何気ない疑問だった。

 すぐに答えたのは博孝だった。

 

「人工の照明を使用して野菜工場で育ててるんですよ。地下にプラントがあります。自然の陽光で育てた野菜は貴重で値段も高いです」

「へーえ」

「もう、私が答えるつもりだったのに!」

 

 葉月が頬を膨らませる。

 博孝は苦笑している。

 

「ちゃんと答えられるのか、葉月。ペーパーテストの点数、散々だったって聞いたぞ」

「エリートの博孝と比べないでよ! 私は平均より上なんだからね!」

 

 なるほど博孝は口出しし過ぎて、葉月は煙たがってる訳か。

 しかし若い二人は互いに苛立つ理由が分かってない。

 博孝は葉月が好きだから干渉しているのに、肝心の葉月は気付かず嫌がっている。葉月は博孝を意識して努力しているのに、博孝はそれを知らない。

 微笑ましいすれ違いだ。

 

「若いって良いなあ」

 

 俺は頬杖をついて、ぼんやり二人のやり取りを眺めた。

 

「……優、この茶色いのは何だ? 食べられるのか?」

「それは椎茸だよ。食べたことないのか」

 

 ハルは鍋の具を箸でつついている。

 行儀悪いから止めさせたい。

 

「神崎くん、こっちこっち」

 

 葵さんが廊下で手招きする。

 俺はハルと博孝と葉月をダイニングに残して扉を閉めると、廊下の隅にいる葵さんと向かい合った。

 

「……この写真を渡したいと、ずっと思っていたの」

 

 少し黄ばんだハガキサイズの写真を、葵さんはそっと差し出した。

 受け取った俺は瞠目する。

 写真の背景は病室。

 ベッドに腰掛けて仲が良さそうに腕を組んで笑う二人の女性。

 一人は葵さんの若い頃の姿だ。美人なお姉さんと言った雰囲気で、柔らかい檸檬色のカーディガンを羽織っている。

 もう一人は、白い手術着を着た痩せ気味の少女だ。楽しそうに口元をほころばせてピースサインをしている。

 彼女らの隣で苦笑する俺。

 

日和ひよりちゃんと私、それに優くんの集合写真」

「葵さん……!」

 

 俺は絶句した。写真を持つ手が震える。

 

「俺がこの写真をもらう資格は……」

「夏見さんは優くんを責めなかったでしょう。だから優くんも、自分を責めないで」

 

 日和ひよりは俺が殺した。

 しかし、その事を知っている葵さんも、日和の兄の夏見も、俺を責めなかった。

 

「正直に言えば、日和ちゃんが生きていてくれたらハッピーエンドだったのに、と思わなくは無いわ。けれど、あなたたちの間には、言葉にできない事が沢山あったのだと思う。何より、日和ちゃんが生きていたら優くんを赦していると私は確信できる」

 

 葵さんは眉を下げて薄く微笑んだ。

 

「ひとつだけ責めるとすれば、帰りが遅かった事ね。あなたは逃げるように出て行ってしまって、ろくに話す時間が無かった」

「すみません……」

「遠征から帰ってきたら、皆でお墓参りに行きましょう」

「!」

 

 俺はハッとなり顔を上げた。

 日和の死は俺の中で整理が付いていない過去だった。

 しかし、もっと早くに夏見や葵さんと話して墓参りに行くべきだったのかもしれない。そうすれば俺たちは彼女の死に区切りを付けて、前に進めただろう。

 ああ、そうだ。

 今からでも遅くない。日和の好きだった青い勿忘草わすれなぐさの花束を買って行こう。

 葵さんは微笑んだまま俺の答えを待っている。

 

「……はい。必ず、イズモに帰ってきます」

 

 写真を握りしめて俺は誓った。

 

 

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