第28話 脅威

 保健室の業務は、基本的に斎藤が行う。

 俺に与えられた役目は彼のサポートだった。

 例の、Uファクターを注射して欲しいとねだりに来る生徒の対応も、業務に含まれる訳で。

 

「神崎先生。俺は武術の成績、クラスで五位です。実戦に出て戦えます!」

「あっそう」

 

 俺はシャーペン型のタッチペンで、最新型の情報端末タブレットの画面をタッチした。熱心な男子生徒が自分の授業の成績を売り込んでくるのを、適当にあしらう。

 保健室勤務の俺と斎藤は、全生徒の成績やパーソナルデータを参照できる。

 しかし、こいつを実戦に出していいかなんて、成績を参照するまでもなく分かることだ。

 

「……成績と生き残れるかどうかは、別もんだろ」

「それを測るためにも、俺を実戦に出させて欲しいんです!」

 

 ああ、うっとうしい。

 俺はペンを指先でくるくる回すと、壁に向かって放り投げた。

 男子生徒は全く反応していない。

 壁に当たったペンが跳ね返って、男子生徒の背中の中央に着弾する。

 

「あっ?!」

「ほら死んだ」

 

 未練がましく「油断していたんです!」と言いつのる男子生徒。

 俺は溜め息をついてペンを拾う。

 ふと、保健室に近付く気配に、見知った人物がいるのを感じた。

 面白半分に、そいつがドアを開けた瞬間を狙って、ペンを投擲してみる。

 

「わっ。何するんですか、神崎さん」

「先生って言えよ、博孝ひろたか

 

 顔を出してから、反射的に一歩下がって北条博孝ほうじょうひろたかはペンを避けた。当たってれば面白かったのに、優秀過ぎてつまらん奴だ。

 

「言いにくいんですよね、神崎先生って。それに神崎さん、CESTでは一応、俺のチームで補佐のセカンドエースになるんですよね」

「はあ。生意気な後輩だ……」

 

 博孝は嬉しそうに笑っている。

 イズモCESTでの俺の立ち位置は、博孝の言った通りだった。例のクラウドタワーが襲撃された件で、博孝と組んで戦ったので、知らない奴と同僚になるよりはという要らない配慮のもと、俺は博孝のチームに配属ということになっていた。

 勿論、本来は俺の方が格上で先輩なので、将来有望なチームリーダーを後ろで支えて教育する監督役のようなものを期待されている。

 つくづく面倒なことだ。

 

「……仲良きことは素晴らしきかな」

「夏見さん」

 

 車椅子に乗ったまま、夏見が保健室に乗り込んでくる。

 俺は腕組みして問いかけた。

 

「総司令がこんなところを出歩いてて良いのか?」

「北条くんが護衛だよ」

「まったく……」

 

 夏見はイズモの領主みたいなものだ。

 例の男子生徒は、夏見がいるのに気付いた途端、かちんこちんに固まっている。

 

「君、しばらく保健室を貸しきる予定だ。すまないな」

「いいえっ! 失礼しました!」

 

 総司令に直談判する勇気は無いらしい。

 もっともそんな根性があれば、保健室に通ったりしないだろうが。

 男子生徒は脱兎のごとく退散していった。

 

「さて。神崎、君に相談したいことがある」

「なんだ?」

 

 博孝が丁寧に保健室のドアを閉めた。

 今は斎藤も出払っていて、保健室は俺ひとりだ。

 斎藤が夕方まで戻ってこない予定なのは、案外、総司令の訪問を見越してのことなのかもしれない。

 

「前に言ったか分からないが、悪魔の行動パターンが変化している。まずはこの映像を見て欲しい」

 

 夏見は保健室の中まで車椅子を進め、部屋に備え付けの大型スクリーンを操作した。

 スクリーンに一体の悪魔イービルが映し出される。

 

「ユニークモンスターか?」

「そうだ。我々は、火炎戦車ファイアタンクと呼んでいる」

 

 その悪魔は一見、巨大なダンゴムシだった。しかし、火炎と冠されるだけあって、黒光りする装甲は熱気を上げている。悪魔の通った後には木も草も燃え上がり、地面は黒ずんでいた。

 

「この火炎戦車ファイアタンクは、全長十メートルだ」

「十メートル?! そんな大きな悪魔なんて」

 

 言いかけて俺は、クラウドタワーを襲った大悪魔蛙ラージフロッグを思い出した。あれもやけに図体がでかかったな。

 

「近年、悪魔イービルは巨大化の傾向にある」

 

 夏見は肘を膝の上に置き、目の前で両手を組んで深刻そうな顔をした。

 

「前にも言ったかもしれないが、悪魔の行動パターンが変化してきている。これは由々しき事態だ」

「戦略的にクラウドタワーを襲ってきた件か」

 

 俺は腕組みしてデスクにもたれかかる。

 発電所を狙ったり、なかなか手の込んだやり方だった。

 

上級悪魔ノーブルが人の姿をしている以上、戦略は元からあるだろうよ。他ならぬ神崎、お前の存在自体がその証明じゃないか。お前は"血の満月"よりもっと前に、密かに活動を開始していた上級悪魔と人間の間に生まれた子供だ」

 

 夏見の後ろにいる博孝が驚いた顔をする。

 あっさり人の秘密をばらすなよ、夏見さん。

 だが博孝なら、仕方ないか。

 

「……行動パターンの変化と、巨大化が関係あるのか」

「ああ。悪魔イービルは合体を始めた。複数の悪魔が集まってひとつになり、巨大化しているのだ。火炎戦車ファイアタンクは、発見時には五メートルほどだったが、数週間で倍の大きさになった。もっと大きくなる可能性もある」

「まさか……」

 

 どこまで大きくなると言うのだろう。

 今一つ夏見の懸念が理解できない。

 夏見は俺の暢気そうな様子に、説明を始めた。

 

「神崎、恐竜はなぜ滅んだか知っているか?」

「……隕石が落ちてきたんじゃなかったっけ」

「それは一説に過ぎない。真相は六千五百万年前にタイムスリップしないと分からないが、他にも滅亡の理由は考えられている。それは、重力の変化だ」

「重力の変化?」

 

 話が横道に逸れている気がするのだが。

 俺は首をひねった。

 

「昔は重力が重かったとか?」

「逆だ。軽かった可能性がある。今の重力では、あの恐竜の巨体は維持できず、立ち上がることさえできない。巨体であればあるほど重力が掛かるからな」

 

 何となく、話の辿り着く先が分かってきた。

 

「……悪魔が、恐竜より大きくなる可能性があるのか?」

「ある。奴らの特性は、驚異的な進化能力だ。身体を短期間で作り替える。もし重力に耐えきる筋肉もしくは身体構造を獲得すれば……いや、もう獲得しているのかもしれない。それがこの火炎戦車ファイアタンクだと、私は考えている」

 

 映像の中で前進を続けるダンゴムシが、目指しているところはどこか。それに考えが及んだ時、俺の背筋に悪寒が走る。

 

「こいつが恐竜以上に巨大化して、街を襲ったら……」

「防壁があっても、ひとたまりもない」

 

 数の暴力と同じくらい脅威なのは、図体のでかさによる暴力だ。

 もし悪魔が巨大化すれば、人間が白兵戦で勝てる見込みはない。今でさえ、近代兵器は役に立たないというのに。

 

火炎戦車ファイアタンクはこのイズモに向かっている。遠征部隊に協力してくれないか、神崎」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る