第18話 鳴弦

 のぞみの身体から悪魔を追い出すと、すぐさま博孝ひろたかが前に出て、刀でオタマジャクシの姿をした悪魔を切って捨てる。

 博孝の漆黒の刀は、白い炎をまとっている。

 逃げようとした残りの二匹の悪魔も、博孝の斬撃の前に呆気なく消えた。


「お前、その力、精霊系アストラルの悪魔に影響を及ぼせるのか?」

「はい。俺のESP"不知火しらぬい"は、形の無い悪魔にもダメージがあるようです」

「へえ、すごい力だな」

「神崎さんこそ、憑依した悪魔を身体の外に追い出すなんて、初めて見ましたよ。本当にびっくり箱みたいな人だ」


 博孝は刀を鞘に収めると、俺の腕の中ののぞみを覗きこんだ。


「大丈夫なんでしょうか」

「憑依されて時間は経ってないから、間に合ったと思って良さそうだな」


 俺たちが雑談している間に、希は気付いたようだ。

 うっすら目を開ける。


「私、助かったの……?」


 自分でも信じられないというふうに呟いている。


「動けるなら起きてくれ。重い」


 俺はわざと彼女の気にさわるような言葉を吐く。

 予想通り、希は頬を上気させると手足を突っ張って身を起こした。


「重いって、女性に掛ける言葉ですか?!」

 

 腕が軽くなる。

 立ち上がって身だしなみを整える希を置いて、俺は先ほどから困惑した表情で佇んでいる白髪の少女に向き直った。


「さて、と。君は?」

「ハル」


 地下で会った、悪魔になりかけていた少女がこちらを見ている。

 名前はハルというらしい。

 ホテルの備品のバスローブを着て、手に格闘用の棒を持っている。雰囲気からして、この非常事態に飛び起きて悪魔と戦っていたようだ。


「大丈夫?」


 そう聞くと、彼女は予想外のことを聞いたように目を見開いた。

 まるで気遣いをされたのが初めてみたいな反応だ。


「わ、私は……」

「せっかく人間の姿に戻れたんだから、悪魔と戦ったりせずに逃げれば良かったのに」

「私は悪魔と戦うために生まれた」

「戦うだけが人生じゃないだろ。他の生き方だってある」


 学校の先生やサラリーマン、料理人や美容師、平和な仕事がいくらでもあるはずだ。好きこのんで戦いに身を投じることはない。


「他の生き方……?」


 ハルは不思議そうにした。

 眼鏡を顔に掛けた希が、俺たちの会話に割って入る。


「今は戦わないと生き残れません。神崎さん、イズモを助けていただけますか?」

「そのつもりだ」


 俺たちはまず二十二階の指令室に寄り、状況を確認した後、屋上の悪魔を叩く予定だ。

 希はタブレット端末を取り出した。

 端末の画面にクラウドタワーの情報が映し出される。


「第二発電所からクラウドタワーへの電力供給は、悪魔の襲撃で中止になったようですね」

「それで暗いのか」


 非常階段は明かりが付いているが、建物内部の照明は落ちている。

 俺は夏見の言葉を思い出した。

 ここクラウドタワーは自家発電設備がある。しかし、自前の発電能力では、数十階建てのクラウドタワー全ての電力を賄えないので、非常時に優先される電力供給の区分けがあるということだった。

 非常階段の照明、それにエレベーターは、自家発電設備で動かせるようになっている。

 

「あと一時間くらいで日が傾き始める、か」

「夜になると悪魔の攻撃力は高まります。今のうちに何とかしないと」


 電力が使えない状態が夜まで続いた場合、真っ暗なイズモの街は勢いづいた悪魔の群れに蹂躙されてしまうだろう。

 

「上の階には、悪魔に憑依された職員が十数人、待ち伏せしています」


 希はタブレットの画面をこちらに見せてくる。

 そこには監視カメラの映像が表示されれいた。

 暗闇の中、赤い目を光らせて階段の前に並び、拳銃を構える十数人の男たちの姿がそこに映っている。


「畜生、俺に仲間を切れっていうのか?!」

「……」


 博孝は片方の拳を手のひらに叩きつけて、悔しそうに叫ぶ。

 俺は腕組みした。

 憑依型の悪魔は、先ほどのように直接身体に触れれば追い出せる。

 だが銃を撃ってくる複数の相手に、ボディタッチを試みる余裕はさすがに無い。しかも相手は、階段を登ってきた人間を蜂の巣にするつもりなのだ。

 

「神崎さん、どうにかならないですか」


 博孝と希がすがるように見つめてくる。


「……そもそも非常階段は一つしか無いのか?」

「え?」

「このくらいの規模のビルなら、他にも階段がありそうだけどな」


 何も真正面から奴らに突っ込む必要は無いのだ。

 俺の指摘に、希は慌ててタブレットを操作した。


「あ! 普段使ってるのがエレベーターで、階段もよく使うのがこっちだから、忘れてたわ!」


 希の案内で、もうひとつの非常階段を登り、俺たちは敵の背後に回り込んだ。

 二十階に出ると、暗い通路の奥に、悪魔に憑依された奴らの背中が見えた。

 突進しようとするハルを軽く制止して、俺は前に出る。


「助けられるか分からないけど、やるだけやってみよう。博孝、制圧を頼めるか」

 

 亜空間から黒麒麟ナイトジラフの弓を取り出す。

 矢はつがえない。


「"鳴弦"」


 昔の日本では、弓を用いた退魔の儀式があった。

 つるを弾いて鳴る高い音で、悪魔を追い払うのだ。


 俺は仄かな光を帯びた弦を限界まで引き延ばし、解放する。

 細かく振動する弦から、光の波動が広がっていく。


「今だ!」


 銃を構えかけた男たちは、俺の弓の音を聞いて身を震わせ硬直した。

 その身体から、オタマジャクシのような悪魔が押し出されようとしている。この技は、直接身体を触って追い出すより確率は下がるし、対象の人間にもダメージを与えるが、複数人相手には効率が良い。


「うおおおおっ!」


 博孝は刀に炎をまとわせて駆け出すと、次々とオタマジャクシに斬撃を浴びせる。

 途中で俺も接近戦に参加し、何とか二十階で待ち伏せしていた悪魔を全て制圧することができた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る