第3話 情報

 十八年間、老いずに東京で暮らしている事と、東京で一人暮らしを始めた経緯についてはお茶をにごす。

 詳しい事情は言えないが、放棄都市でしばらく一人きりで暮らしていることだけ簡潔に説明した。


「確かに、あんなすごい力があれば、悪魔が棲む放棄地帯でも悠々と暮らせるでしょうけど」


 驚いたからか、葉月はづきの口調は敬語が抜けてきている。


「だからってイズモもESPも知らないなんて」

「世間知らずなんだよ……」


 本当のことは、今の時点では明かせない。

 すがるように見つめると、葉月は戸惑ったように瞬きした。


「何か事情があるのね。あなた、悪い人には見えないわ」

「そう? ちなみに俺、何歳くらいに見える?」

「私よりちょっと上……?」


 残念。たぶん実年齢は君の三倍くらいだ。

 俺は気を取り直して、質問した。


「イズモって地名かな。どこにあるの?」

「昔、名古屋という都市があった辺りよ。元、第一次EVEL対抗部隊の副隊長、夏見孝なつみたかしという人が新しい組織を作ったの。それが自衛都市イズモ。京都を中心とした新日本から独立して、自治をしている都市よ」

「へえ……」


 懐かしい名前が出てきた。

 第一次EVEL対抗部隊。俺が所属していた部隊だ。夏見の顔と名前も、もちろん知っている。そうか、あいつが作った組織……夏見はまだ生きてるのだろうか。


「ESPは平たく言えば、超能力? 何もないところから炎を出したり、壁を越えて透視したり、念力で手に触れていないものを動かしたり。Uファクターの注射を射って、素質があればESPに覚醒するの。Uファクターが何なのか私にも説明できないけど……」

「超能力か。悪魔が出現し始めた頃に、霊力という特別な力を持つ人間が、第一次EVEL対抗部隊に入ったと聞いたけど。霊力とは違う力なのか?」


 そう、俺が知っているのは霊力という、胡散臭い力だけ。

 悪魔の出現以降、京都に祓魔省ができて、陰陽師の家系だという奴らが悪魔退治に乗り出した。日本全国の子供は霊力テストを受けて、霊力値が高い子供は京都に集められた。かくいう俺もその一人だった。


「霊力は今はESPの一種だと考えられているわ。現代のCEST、Counter-Evel Special Teamは、ESPと対悪魔武器Counter-Evel Weaponで戦うの」

「ほー」


 俺は相づちを打って、彼女に続きを促した。


「対悪魔武器、CEWがあれば誰でも悪魔と戦えるようになったわ。ああでも、ナンバリングされた特別な対悪魔武器、黒麒麟ナイトジラフはESPが無いと使えないそうよ」

「……」


 黒麒麟ナイトジラフは、十八年前、第一次EVEL対抗部隊の武器として開発が進んでいた。どうやら今も特別な武器として伝わっているようだ。

 この件について迂闊な反応をすると、俺の素性がバレてしまう。

 俺は話題を変えることにした。

 

「君は学生なの? 今着ているのは制服みたいだけど」

「ええ。イズモCE私立学院は、イズモCESTの候補生を育てる学校よ。私はESPが前線向けじゃなくて、サポート向けだから後方支援を目指してるの」


 悪魔に襲われた直後なのに、冷静だなと思っていたら、軍人を目指して学校で訓練を受けている子だったらしい。


「でも、私はやっぱり駄目だね。実際に悪魔を前にすると、足がすくんでしまって。さっきも、あなたに助けられなかったら、どうなっていたか……」


 形のよい唇を噛む葉月を、俺は新鮮な気持ちで見た。

 真面目な良い子だな。

 そもそも自分から戦いの場に出るなんて、普通の人間は考えない。誰だって、前線に立ちたくないのだ。平穏な暮らしが一番だから。誰がその平穏を守ってるかなんて、考えもしない。


「いいんじゃない。そんなに気張らなくたって」

「え?」

「つらかったら逃げてもいいんだよ。戦いに怯えるのは普通のことだ。平気で戦いが出来るなら、逆にその人はおかしいよ。まともな神経じゃない」


 俺は葉月の弱さを肯定する。

 だって人間は誰しも、弱い生き物だから。

 東京に引きこもってる俺に偉そうに説教する資格はない。


「……学校では、CEST志望なら恐怖を捨てろって教わったわ。そんなこと言われたの、初めて」


 葉月は戸惑いながら胸を押さえた。

 その素直な反応に俺は苦笑する。

 十八年ぶりに、まともに話した人間が彼女で良かった。


「さて。イズモは西にあるんだね。東京の外れの、悪魔があんまり出ないところまで送るよ」

「っ、ありがとうございます!」


 俺がそう提案すると、葉月は勢いよく頭を下げた。


 


 不思議な人だと、葉月は思った。

 彼は葉月よりも少し年上のようだった。しかし若く見えるのに、不思議に大人びて落ち着いている。話す声や表情、瞳の奥にある光は澄みきっていて、悪意というものが感じられない。


「あの、あなたの名前は……」

「俺? 俺のことはユウって呼んで」


 名字を伏せての名乗り返しに不審感は覚えなかった。

 彼が浮かべたどこか切ない笑みに、葉月の心臓の鼓動が早まる。

 ユウは夕焼けのユウだろうか。センチメンタルな例えだが、子供の頃に母親と手を繋いで見た夕焼けの空のような、優しくて温かい空気を感じる。

 いつの間にか葉月は彼に強い興味を抱いていた。



 

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