第4話 疑問
放棄都市・東京の路上には、自動車がごろごろ転がっている。
人々が逃げる途中で捨てていった車だ。
ガソリンが入っていて、キーが刺さっている、すぐに使える車は滅多にない。あったとしても、悪魔避けの付いていない車は走るだけで、下級悪魔を呼び寄せる。
「……自動車を捨てた人が、最後に辿り着いた答え。それが自転車だ」
「はあ」
俺は葉月のために自転車を探した。
道端には乗り捨ててある自転車が山ほどある。ペンチで盗難防止チェーンを切れば、簡単に利用可能だ。
「自転車でイズモまで、どれくらいかかるのかしら」
「二日くらいかな」
葉月は「意外と掛かるような、そうでもないような」と柔らかい表情だ。具体的なスケジュールを聞き、イズモに帰る自分が想像できて安心したらしい。
休み無しに自転車を漕いだら一日で東京を離れられるのだが、女の子に休み無しはきついだろう。それに水や食糧も調達しながら進む必要がある。
それなりに時間が掛かるかな、と俺は思っていた。
しかし、俺たちは道半ばで予想外の出迎えを受けることになる。
出会った日は自転車を調達した後、近くの家に潜り込んで休憩した。
その翌朝、早めに出発して一日自転車を漕ぐ。
「日が暮れてきたね。寝る場所を探そうか」
「はい……」
葉月は俺の知っている一般人の女の子より体力があったが、さすがに一日、自動車を漕いで疲れているようだった。表情に力がなく、声にも疲労が滲んでいる。
海の見える街で足を止め、清潔そうなホテルを探す。
人がいないゴーストタウンで俺たちの足音だけが大きく響いた。
建物は玄関にシャッターが降りていたり、施錠されていたりするが、遠慮なく窓ガラスを割って不法侵入する。もう被害申し立てする人はいないので問題ない。
運よく、一階で非常電源装置を見つけて、一時間ほど電気が使えるようになった。
レトルトのカレーを見つけて、古い電子レンジで温める。
火の通った、まともな食事を口にした葉月は、生き返ったような顔になった。
「おいしい!」
「そりゃ良かった」
俺は彼女に付き合ってカレーを口にする。
あまり高頻度で食事しなくても生きていけるのだが、そこは気分という奴だ。
「……ユウさん。聞いていい?」
「何?」
「なぜ私を助けてくれたの? どう考えても面倒ごとでしょう。何か事情があるみたいだし、本当は人前に出たくないんじゃ」
葉月はカレーを食べ終えると、俺を上目遣いに見つめた。
彼女は自転車を漕ぎながら俺の事情について、一日考察していたようだ。
確かに俺は東京に引きこもって、人間と接触するのを避けていた。
「んー。引きこもりに飽きたから、かな。きっかけを探してたんだ。この先どうやって生きていくか、考えるきっかけを」
十八年ものんびり暮らしていたからだろうか。
それとも葉月の話を聞いたからだろうか。
俺は、東京の外の状況について興味を惹かれていた。
放棄都市・東京へやってきた当時は投げやりで、誰も信じられなくなっていて、つらくて苦しかった。自分が犠牲になれば良いのだと、思い詰めていた。
今もそんなに考えは変わっていないけれど、気持ちはちょっと前向きになっている。
「引きこもり……ユウさんは社交的に見えるけど」
「ははは、そう見える?」
長い間、他人と会っていなかったから、自分がどう見えるか気になっていた。どうやら、薄汚いとか目付きが悪いとかってこともなく、普通に見えるみたいだ。良かった。
和やかに会話している途中、不意に地面が揺れた。
少し時間を置いて遠雷のような音が響く。
「何……?」
「上の階に登れば、付近を一望できる。葉月ちゃん、体力は残ってる?」
「……うん」
一人で置いていかれるのが嫌だったのか、葉月は俺と一緒にホテルの高層に登ることにした。
エレベーターは動かないので、非常階段を地道に上がる。
八階のラウンジから周囲を見渡すと、隣の街に火の手が上がっていた。
「あれは、
葉月はガラスにくっつくようにして、火事の方向を凝視する。
「あそこに停まってるの、イズモCESTの支援車両だわ!」
「何?」
火事の近くに、赤と白のツートンカラーに塗られた消防車のような車が停まっている。車の外では、武器を持った男が
「知り合いがいるかも……ユウさん、私はあそこに行きたい」
葉月に見つめられて、俺は少し黙って考えた。
おそらくイズモCESTとやらを援護して戦うことになるだろうが、敵だと誤解されないだろうか。それに、あんな戦闘の中に入っていくとなると、俺はともかく葉月は流れ弾に当たる可能性がある。
しかし、葉月をイズモの近くまで送るよりも、イズモCESTに彼女を渡して保護してもらったほうが、話は簡単だ。
「……どうなるか分からないが、行ってみるか」
ここまで来れば乗り掛かった船だ。
俺は葉月と共に夜の街を、火事の方向へ向かって走り始めた。
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