第2話 対話

 ジリジリ迫ってくる狂犬型悪魔レイビスドッグの群れに、少女は弾かれたように逃げ出す。

 犬たちも少女を追って走り出した。


「こっちだ!」


 俺はショッピングモールの建物の入り口で、少女を手招きする。

 少女は俺を見て驚愕したようだが、すぐに指示に従って駆け込んできた。

 

「……お前らはお呼びじゃないぞ」


 少女を追ってショッピングモールへ殺到する犬に、俺は冷たい視線を向ける。少女が俺の横を通り抜けた直後に、"力"を発動。

 犬が見た俺の瞳は、きっと真っ赤に染まっている。


「"茜射す雨"」


 赤い硝子の欠片のような光が、数十個、俺の前の空間に出現する。

 俺が腕を振ると、赤い硝子の破片は、雨のように犬たちに向かって降り注いだ。犬たちの半数近くは、俺の放った破片に切り裂かれて絶命する。


 下がれ。

 そういう意思を込めて睨むと、残りの犬たちは後退りした。

 俺を恨めしそうに見た後、一斉に退却していく。


 ああいう雑魚ざこは相手にすると疲れるだけだからな。

 瞳の色を元に戻すと、少女を振り返った。


「大丈夫?」

「ありがとう、ございます……」


 少女は息を切らしている。

 彼女は、何故か俺を上目遣いに見て頬を染め、唇をほころばせた。

 一般人に力を見せると怯えられると思っていた俺は、予想外の反応に顔を引きつらせる。気のせいだろうか、少女は俺を尊敬と憧れの眼差しで見ているようだ。


「すごいESPですね!」

「は? イーエスピー?」

「学校の先輩にも、あなたほど攻撃にすぐれた異能を持っている人を、見たことがありません!」


 異能? イーエスピー?

 十年近く世間と関わらないうちに、俺の知らない常識ができたのだろうか。


「待って、意味が分からない。落ち着いて話をしよう。えーと、そこのカフェででも」


 廃墟になっているが、ショッピングモールの二階にある、日当たりの良い丸テーブルと椅子を指差して、俺は提案した。

 どうせ悪魔イービルは、俺を恐れて近寄って来ないだろう。

 俺といる限り、彼女は安全だ。

 彼女はベルトで腕を拘束されていたので、携帯していたサバイバルナイフで切って外してやる。そうして一緒にショッピングモールを歩き始めた。


「はい。……放棄都市・東京、意外と綺麗ですね」


 屋内は人がいないだけで、床が割れたり死体が転がっている、ということもなく、非常に保存状態がいい。

 

「東京に来たことはあるの?」

「いえ。私が生まれた頃には、もう既にここは立ち入り禁止地帯でした」


 俺の後をついて、階段を上がりながら、彼女はキョロキョロと周囲を興味深そうに見回している。

 彼女の返事を聞いて、俺は不意に日時を失念していたことを思い出した。


「あー、えっと。今って何年だっけ」

「二〇五六年ですよ」


 どうしてそんなことを聞くの? という感じの彼女の様子に、俺は誤魔化し笑いをした。

 放棄都市・東京で暮らし始める直前、最後に新聞を読んだ時の日付が確か、二〇三八年。やば、十八年も経ってるぞ。

 一人でのんびり暮らし過ぎて、時間を確認するのを忘れてた。


 冷や汗をかきながら、彼女とカフェ廃墟に入る。

 適当にその辺にあった布で椅子をふいて、二人で向かい合って座った。


「お茶も出せずにごめんね」

「いえ、落ち着きました」


 少女は椅子に座って休憩している。

 俺は会話の糸口を探った。

 まずは、初対面の鉄板ネタ、出身地を聞くところから始めよう。


「君の名前、良かったら教えてくれるかな。あと、どこから来たの?」

「私はイズモCE私立学院の二年生、桜井葉月さくらいはづきです!」


 うん、全然分からん。

 名前だけは分かったけど。葉月、綺麗な良い名前だ。

 しかし、イズモって何だろう。地名か?

 聞いたら変に思われるかな……。

 俺は話題を変えた。


「あー、さっき、異能って言ってたけど、何のこと?」

「ESPですか。Uファクターに反応して覚醒した力のことですが……」


 悪いけど単語の意味から教えて欲しい。

 そろそろ俺の反応がおかしいことに気付いたのか、葉月の顔に不審が浮かび始めている。


「えっと……あなたはどういう人なんですか? どうして放棄都市にいるのか、聞いてもいいですか?」

「…………ごめん!!」


 俺は素直にゲロって謝ることにした。

 十八年の時間差は大きい。

 ここは良いそうな葉月を信頼してみることにしよう。


「俺は事情があって、放棄都市でずーっと野宿してて……正直、ここ以外のことは分からないんだ!」

「はい??」


 今度は、葉月が呆気にとられる番だった。


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