学院の落ちこぼれ4

 席へ戻ると秋月さんはいつもと変らない様子で本を読んでいた。僕は彼女を処罰しなければならないと考えると、とてつもなく憂鬱な気分になった。


「ごめん……遅くなって」


「全然大丈夫ですよ。ほら、さっきこの本を見つけたんですけど、面白くて読み込んでいたらあっという間でした」


 そう僕に笑いかける彼女は、とうてい誰かを殺せるようには見えない。何かの間違いなんじゃないかというような気もしてくる。

 しかし、上の出した結論は絶対なのだ。

 魔法士協会日本支部には星詠みの巫女がいて、その占いはこと日本国内においては絶対の的中率を誇る。その巫女が秋月さんを黒と判断したのだから、僕の所感なんかよりもよっぽど信頼できてしまう。

 人や科学は騙せても、星詠みの巫女は欺けない。それは僕が一番知っているはずだった。

 ああ、なんて度し難い。


「秋月さん……」


「どうかしました?」


「……ありがとう」


「ふふ、変な柏木くん」



 勉強会が終わると僕は秋月さんと別れて使われていない教室に入った。一応誰もいない事を確認すると、鞄を机の上に放り出す。もちろん空間処理のされた大容量な一品だ。さっと開けて手を突っ込み中を漁る。

 冷たくて硬いものに指先が触れた。

 思い切ってソレを引きずり出す。


「……はぁ」


 白い仮面だ。落ちこぼれの柏木ヒロを冷酷な死神へと変える魔法の道具。

 それを僕は少しためらって、結局つけた。

 仮面に込められた魔術が展開する。

 来ている服は黒いスーツへと変わり、髪型もかきあげて後ろに流した形になった。自分では分からないが、仮面の正面も『Ⅸ』と書かれた紙が貼り付けられているはずだ。

 気持ちが切り替わっていく。これから同級生を殺す事を何とも感じなくなるまで。

 どこまでも冷たく、堕ちていく――



§



 今日も僕は一人ぼっちで図書館に向かう。

 元は秋月さんと勉強するためだった習慣も、この二週間ほどで寂しいものへと変わってしまった。それでも通うのを止めないのは、僕に未練があるからなのだろう。


 学院は秋月さんが家の事情で休学したと発表した。そんなものは嘘っぱちだ。


 重い足取りで歩いていると、道を塞ぐように三人の生徒が待ち構えていた。銀髪、巨乳、貧乳。龍造寺とその取り巻きの左右だ。相変わらず僕の事を親の敵を見るかのような目で睨んでいる。いや、正確には龍造寺だけが睨んでいて、左は困ったような、右は何を考えているのか分からない表情をしている。


「……だ」


 龍造寺は何かをブツブツと呟いている。


「……遥はどこだ」


 血走った目が僕を写す。


「……」

「お前なら知ってるはずだ! 彼女が居なくなったあの日も、お前と図書館で勉強していたのは分かっているんだ! 言え、何処へやった!」


 勝手に熱くなる龍造寺とは対照的に、僕の心は冷めきっていた。僕がまるで何かの犯人みたいに好き放題言ってくるのはムカつくが、あながち間違いでもないから反応に困る。


 秋月遥は死んだ。

 いや、殺した。


 僕がこの学院に通い続けるために、ユリアさんから出された条件が、魔法士協会の仕事を手伝う事だった。そして、たまたま今回の仕事が秋月遥の殺害だっただけだ。学院と彼女を天秤にかけて、僕は前者をとった。

 なぜ秋月さんは死ななければならなかったのか。それは、彼女が罪を犯したからだ。

『第十三条 一般人への不干渉

会員は、評議会が認める一部の場合を除いて、TGの一般人への超常の力の行使を禁ずる。』

 倫理規定の中で最も処罰の重い十三条を過去に違反していたらしい。それも、殺人という最大の禁忌を犯したというのだ。懲罰委員会による判決はもちろん「D」の死刑。


「おい、なにか言ったらどうなんだ!」


 ドンと肩を押されて、その勢いのまま尻もちをつく。

 こいつはいったい僕に何を求めているんだろう。秋月さんの死に際でも聞かせてやれば満足するのか。


『仁科可憐は何の罰も受けずに生きているのに、どうして私はあのクズなんかのせいで死ななきゃいけないの!?』


 そんな事を言われた時にはあまりの無様に泣きたくなった。

 仁科可憐はたった一人に魔術を見せただけで、その一人もユリアさんの魔法によって記憶を消して事なきを得ている。それでも懲罰委員会による処罰を避けるため、学院はわざわざ彼女を退学させたのだ。

 対して、秋月遥が情状酌量される余地はどこにも無かった。

 あれだけ熱心に仁科可憐を応援していた秋月さん。新聞で近況を追うくらい熱心だったけれど、その本心は自分が助かりたいという一心だったのかもしれない。


「くそ……くそっ……」


 下から龍造寺の苦しそうな表情を見ていると、何かが分かりそうな気がする。地べたでそのもやもやについて考える。

 ああ、もしかして。

 そうか、そうだったのか。

 何かと僕に構ってきたのもそれが原因か。


「す、好きだったんです、ね。秋月さんが」


「……っ」


 龍造寺は顔を赤くして、すぐに青く変えた。

 今にも泣き出しそうだ。


 僕はこいつが更に怒り狂うと思っていたけれど、予想に反して龍造寺は口を噤んだままだ。

 秋月さんとはどんな出会いをして、どんなエピソードを作って、どんな感情を抱いたんだろう。龍造寺も秋月も九州の魔術の名門一族。その辺りで何か付き合いがあったのかもしれない。

 いくら好きでも、秋月さんはもういない。どこを探しても見つかるはずがない。彼女の遺体は協会から遺族へ引き渡され、とっくに埋葬まで済んでいる。もし魂があるとしても今頃はあの世だ。


「お前は、あれだけ世話になった遥が急に休学になって、何も思わないのか?」


「……」


「そうか。俺はやっぱりお前を認めない」


 そう静かに言うと、龍造寺は尻もちをついたままの僕の横を抜けて行く。それを見た左右があわてて後を追おうと走り出す。

 一瞬、右と目が合った。右の口元に笑みが浮かぶ。


「……」


 そうして僕は残される。

 結局、僕はまた一人きりにあと戻りしたわけだ。これはもう仕方がないのかもしれない。なぜなら僕は懲罰委員会の執行官にして、九番目の【死神】なのだから。



§



 とある少女が九州奥地で生を受けた。今からおよそ十五年前の話だ。

 少女の両親は妖怪を使役する妖術師で、彼女自身も生まれつきある特殊な能力を持っていた。それは、死んだ生物の魂が見えるというものだ。

 きっかけは何気なく踏み潰したアリだった。夜寝ようと横になり、身体を這う黒い虫に気が付いた。いくら手で払っても消えず、それどころかすり抜けてしまう。それもそのはず、虫の正体は死んだアリの亡霊とも怨念とも言うべきものなのだ。ほんの数時間でそれは消えたが、時おり自分だけに見えた生き物の正体が、死後の魂だという事を悟った。


 死後の魂にはいくつかのルールがある。

 一つ、生者に干渉する事はできない。

 一つ、生者が干渉する事はできない。

 一つ、取り付くのは自らの命を奪った者。

 一つ、長くとも二週間で消える。


 見えてしまうのは気味悪いが、魂それ自体に害はない。日常生活には何ら関係ないそれを、少女は胸に秘めたまま誰にも告げずに成長していった。

 幸い少女は魔法士としての資質があった。

 両親から妖術を学び、霊感のおかげもあってか、そこそこの評価を受けた。


 優秀な魔法士はどこでも受け入れられる。


 父親の実家、つまりは妖術師の本家から声がかかったのは、少女が十歳の夏だ。そこで彼女は運命の出会いを果たす。相手は本家の嫡男、秋月雄一である。初めて出会う少し年上の好青年に彼女は夢中になった。雄一の妹にまで嫉妬するほどの入れ込みようで、周囲もそれを持て余し気味だった。

 しかし、少女と雄一が結ばれる事はなかった。

 雄一は全く魔法士としての素養のない一般人だったのだ。


 魔法士はただでさえ秘密が多い。だから、配偶者には同じ魔法士を選ぶのが普通である。もしも一般人と結ばれても、その後は一生アンダーグラウンドの事を隠して過ごさなければならない。

 妖術士の家系に連なる少女が一般人と結ばれるなど、とても不可能な事だった。


 しかし、真に不幸なのは雄一の方だ。彼は魔法士の名家に生まれたにも関わらず、その素養を持たなかったばかりに、家族で唯一アンダーグラウンドの事を隠されてきた。もちろん家を継ぐのは妹という話になっていたらしい。

 なぜ自分は認められないのか。

 そんな素朴な疑問の答えすら与えられず、彼はただ現状を受け入れるしかなかった。

 雄一は小動物をストレスの捌け口にしていた節がある。羽をもがれた鳥や、尻尾を切られた犬が彼の部屋には隠されていた。また、屋敷の敷地からは大量の猫の死骸が見付かった事があり、誰も詮索はしなかったが彼の仕業である事は暗黙の了解となっていた。

 少女も小動物に取り憑かれる雄一を見てそれを察していた。それでも気持ちに変わりはなかった。彼女は恋に対して盲目になっていたのだ。


 九州という箱庭の名家に存在する汚点、それが秋月雄一だった。後継者の資格は妹の秋月遥に奪われ、しかし、家から追い出されることもない。まるで腫れものに対するような扱いは、秋月家の当主の苦悩を表していたのかもしれない。いくら出来が悪くとも、性根が腐っていようとも、肉親の情を捨てきれなかったということか。

 少女に言わせれば、魔法士としての資格がないから不出来というのは早計で、そのような扱いをするから雄一が苦しんでいるのだ。もっと愛情をもって接すれば、本来の優しい彼が戻ってきてくれる。だから、少女は雄一を決して見捨てなかった。


 そして、とうとうその日は来てしまった。


 秋月雄一が自室で亡くなったという連絡が来たのだ。死因は首を吊っての窒息死。父親からその事を聞かされた少女は、真っ先に秋月家の当主を疑った。邪魔になったから処分したのかと。それほどあからさまで怪しすぎた。

 しかし、父親の見解は違った。


「秋月さんは本当に雄一くんの事を大切に思っていたんだ。こうなって一番悲しんでいるのはきっとあの人だろうね」


 確かに、殺すならもっと早くにやっていただろう。それを今の今までしなかったのだから、急にというのもおかしな話だ。やるにしても勘当などの穏当な手段もあったはず。


「それに、雄一くんはこう言っては悪いが……魔法士ではなかったからね。例え親でも一般人に手を出せば協会が黙っていないんだよ」


 倫理規定がある限り、妖術で危害を加えることは出来ない。

 なら、妖術を使わなければ?

 そんな薄暗い考えを抱きながらも、一応は父親の言葉に納得してみせた。葬式には当然自分も呼ばれるだろう。そこで真実を明らかにする。それだけの力が彼女にはあった。


 あんなに優しかった雄一さん。なぜあなたが死ななければならなかったのか。私が仇を取ります。


 葬式は数日もしないうちに行われ、少女は通夜から参加した。もとより付き合いもある親戚だから、秋月家も彼女を拒むような事はなかった。式場の受付を親と共に抜けると、周囲からいくらか声を掛けられた。彼女はそのどれにも反応を示さなかった。気付かないうちに心が乾ききっていた。

 雄一の死後の魂に会う、それだけが彼女を支えていた。

 遺影や棺桶などが奥に置かれており、その前にパイプ椅子が並んでいる。最前列は家族や親戚の席のはずだが、まだ誰も座っていない。少女は真っ先に棺桶の前へ行くと、小窓を開けて中を確認した。


「……」


 そこには何の表情も浮かべていない雄一の遺体が入っていた。

 頭で理解していたつもりでも、心のどこかでは雄一が生きている事を望んでいたらしい。それも、目の前にある冷たくなったそれを見て、現実を受け入れるしかなかった。


「大丈夫かい?」


 父親からそんな言葉を投げかけられて戸惑う。

 悲しげな瞳が頬に向けられていて、そこで初めて気がついた。少女は泣いていたのだ。


「……」


 声を押し殺して泣く。

 誰よりも雄一の死を悲しんでいた。秋月家の誰にもこの気持ちで負ける気はしなかった。ポッカリと心に空いた穴を埋めるように彼女は涙を流した。


 そこへ、秋月家の当主――つまり雄一の父親が現れた。


「今晩は雄一のためにご足労頂き感謝します」


「いえ、当然の事ですから。雄一君も本当に残念で……」


「お嬢さんにこれ程悲しんでいただけて、息子もあちらで喜んでいるかもしれませんね。君も雄一に本当によくしてくれてありがとう」


「……あぅ」


 少女は言葉が出なかった。それは向けられた感謝に困惑したからでも、悲しみに浸っていたからでもない。

 秋月家の当主には憑いて・・・いなかったからだ。

 雄一を殺した犯人として目星をつけていた男はハズレだった。ならばと遅れて顔を出した夫人の方を見ても、やはりそこに雄一の魂はない。

 まさか、本当に雄一は自ら命を断ったのか?

 少女はますます混乱した。


「そういえば、娘さんは……」


「遥はやはりショックを受けているようで、部屋で休ませております」


 秋月遥は雄一の妹で、少女はあまりいい印象を持っていなかった。家を継ぐ問題で関係が悪かったとはいえ、実の兄の通夜にも参加しないのは薄情である。ショックを受けたというのもどこまで本当なのか怪しいところだ。

 結局、遥は通夜の間一切姿を見せなかった。


 夜になると少女達は夕食に招待された。この地域では通夜の後に親戚で集まり食事をする風習があるのだ。当然彼女の父親はそれを受け、少女も参加する事になった。

 白けた雰囲気の中で食事は進んだ。

 会話は途切れる事なく続くのだが、それらは雄一とは何も関係ないものばかり。誰も彼について話題になるような事もなければ興味もないらしかった。そもそも、雄一の事は秋月家が触れてほしくないという空気を出しているのだから、ますます話題にし辛くなる。奇妙な晩餐が続いていた。

 少女は味のしない食事を黙々と口に詰め込んでいく。


 ソレは唐突に現れた。


 真っ黒な、おどろおどろしい、人型の影。炎のように揺らめくよくないもの・・・・・・が、襖を開けて部屋へと入ってきたのだ。あまりの恐ろしさに少女は固まった。

 しかし、周囲の大人たちはソレを見て余裕な笑みまで浮かべている。それどころか、親しげに声までかけ始めた。


「おお、遥ちゃん。体調はもうよくなったのかい?」


 一瞬、思考が止まる。


 遥ちゃん?

 アレが?

 どう見たって悪霊――


 そして、少女は全てを悟った。

 秋月遥を覆うソレは、雄一の成れの果てなのだ。死後の魂が強い想念によって変性し、それでも自らを死に追いやった者に取り憑いている。間違いない、この女があの人を――殺したのである。


 葬式が終わってしばらくしてから、秋月遥が東京の魔術学院に行くという話を聞いた。少女は父親に自分も行くと頼み込んだ。生まれて初めてのわがままを父親は快諾し、秋月家と親交もある龍造寺家の伝手で学院に入る事が出来た。

 全ては秋月遥に復讐をするため。

 その機会を探し続け、またもソレは唐突に現れた。学院の中で秋月遥と親しげに話す真っ黒な影。どうやら柏木ヒロという人物らしいが、明らかに真っ当な学生ではなかった。少女は龍造寺恭弥に付き従うフリをしてヒロを観察した。落ちこぼれだと龍造寺は言っていたが、そんな人間が常に死者の魂に取り憑かれているなんてあるのだろうか?

 観察を続けているうちにヒロが本当に落ちこぼれであるらしいという事が分かってきた。魔力だけはあるがそれを扱うセンスがないという、非魔法士の家系のぽっと出魔法士によくいるタイプだ。これを理由に血統主義が幅を効かせていたりもする。

 少女は不安になってきた。こんな頼りない人物に秋月遥が殺せるだろうかと。返り討ちにあう光景しか浮かばない。これ以上、雄一の二の舞を出してはいけない。

 だから、少女はヒロへ忠告した。


「これ以上、秋月遥に関わらない方がいい」


 いつの間にかヒロを雄一と重ねている自分がいた。

 少女はそれを嫌とは思わなかった。

 雄一への想いはまだ枯れていないと確認てきてほっとしたくらいだ。

 復讐の方はというとまったく進展がなかった。まず、学院の中では龍造寺が張り付いているので迂闊なことができない。どうやら龍造寺は少女が秋月遥へ抱える憎悪を見抜いているらしかった。


 柏木ヒロへと忠告をした帰り道、龍造寺のぼんぼんが待ち構えていた。


「……遥を、許してやってくれないか」


 突然そんな事を言い出した。


「彼女は悪くないんだ。君が雄一さんを慕っていたという話は聞いている。そして、あの人の死に彼女が関わっているというのも、とっくに気付いていたのも、だいたい察したよ。気持ちは分かる……とは言えない。でも、君は雄一さんのいい面しか見てこなかっただろうから、あの人の本当の姿を知らないんだ」


「……」


「遥は悪くない。あの人がやった事、やろうとした事を知れば、君の誤解だって解けるはず。あの人は――」


「うるさいっ!!」


 少女に言い返されるとは思っていなかった龍造寺は目を見開いた。しかし、すぐに悲しげに目を伏せる。


「同じ九州の魔法士同士がこのままいがみ合うなんて間違っている。俺はあきらめないからな。君の誤解を解いて、遥と仲直りさせる。これはあくまで俺の目標だ、嫌だなんて言わせない」


 龍造寺が少女に近付いて、ぽんと肩に手を置いた。


「話はそれだけだ」


 そのまま立ち去る龍造寺を少女は振り返らなかった。全てはもう遅いのだ。川の水が遡ることがないように、既に取り返しがつかない所まで来てしまっている。

 少女は鞄から紙を取り出した。そこには「魔法師協会」の文字が入っている。


『倫理規定違反疑惑についての情報提供、誠にありがとうございました。精査の結果、当該魔法士が一般人を超常の力を用いて殺害したと認定されました――』


 これは少女の復讐の証だ。

 魔法士協会への垂れ込みをして数カ月、とうとう協会からの返答がきた。

 仁科可憐は倫理規定に反したために学校を去ることになった。なら、もっと罪深い行いをした秋月遥は果たしてどうなるのだろうか。【死神】がやってくるかもしれない。そうなればあの女は終わりだ。


「ふふっ」


 声こそ控え目だが、くるくるとその場で回り出す。全身で楽しそうに踊る少女は、どこか妖精のような、ふと消えてしまいそうな儚さがあった。


 それからさらに数日、秋月遥は行方不明となった。

 学院からは転校という説明があったが、龍造寺が本気で調べても掴めない居場所など、この日本にはそうそうない。それこそあの世にでもいない限りは。もっとも、UGアンダーグラウンドに絶対なんてものは存在しないので、本当にどこかで安穏と暮らしている可能性はある。

 少女も龍造寺の後について少しばかり秋月遥の足取りを追った。そうしているうちに、最後に遥と会っていたのが柏木ヒロだという事が分かってきた。龍造寺は直ぐにヒロを問い詰めるつもりだと聞いて、少女もついていく事にした。実はここ数日はヒロを見ていなかったので、確かめたい事があったからだ。


 すっかり憔悴した龍造寺に着いて道の真ん中に立つ。

 ヒロは秋月遥が消えてからも図書館に通っているそうだ。だから、彼が通りそうな道で待ち構えるのは簡単な事である。その証拠に、ソレは直ぐに姿を現した。

 どす黒い残留思念。

 髪の長い女の幽霊に取り憑かれた男がやってきた。

 龍造寺はさっそく男に喰ってかかるが、少女はそれを他人事のように眺めていた。九州の名家のぼんぼんなんてどうでもいい。なぜなら、彼女が望んでやまなかったものが目の前にいたからだ。

 彼女から最愛の人物を奪った女が、秋月遥が幽霊としてそこにいたのだ。


 雄一さん、仇はとりました。


 少女は心のなかでそう呟く。龍造寺とヒロの言い争いも、秋月遥の残りカスの呻きも、全ては些細な事だった。ようやく少女は初恋に区切りをつけることができたのだ。

 なんだか重荷を降ろしたような軽やかな気分だった。


 ふと柏木ヒロと目があった。

 少女――秋月小春は笑みを浮かべる。


 まさか彼が死神だったとは。人は見かけによらないものだ。しかし、あの憎き秋月遥にしかるべき報いを与えてくれたのだから、相応の感謝はするべきだろう。

 ああ、でも。

 この世での用事を済ませたのだから、これ以上雄一さんを待たせるのはまずい。ヒロには申し訳ないけれど、お礼は後にさせてもらおう。なに、いずれは彼もやってくるのだからその時でも十分だ。


「すぐそちらに向かいます、雄一さん」


 夜の帳が降りた空は、すっかりと暗くなっている。少女の表情は闇に紛れてやがて見えなくなった。

 そして、その日を境に彼女は姿をくらまして、二度と現れることはなかった。



§



 魔法士は大なり小なりどこか狂っているものだ。

 だから、倫理規定は必要なのである。

 外法を操る彼らが道を違えぬように、死神達は今日も鎌を振るっている。

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9番目の死神〜学院の落ちこぼれは最強魔法士でした〜 @kinoko03

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