檻の中の鼠達

 午後の日差しに白い雪の様に桜の花が舞い落ちていく。

 入学式が終わり、在校生はそのまま帰る事はほとんど無く、玄関先で入部の呼びかけに狂ったように呼び掛ける。新入生は気になる部活動の方へ足を運び、顔を覗かせる。

 スポーツ部は明るく活発で元気がありそうに勧誘。文科系の部は作品やその場で歌ったり等、何かしら披露して勧誘する。

 だが、中には強引なやり方で新入生を入部させようと必死に迫ってくる。そう言う部である程、廃部寸前か、同好会や研究会の名目のままで部に昇格できていない所が多い。


 どこの高等学校でも制服が決まっている。

 ここ、白原高校のブレザーは濃い群青色。ボタンは金色で外側にあるポケットには蓋があり金色のボタンが付いている。

 ズボンとスカートはダークグレー。他の学校では珍しいのだが、夏のスカートは通気性が良く、42cmと短く、冬は65cmと長い。

 カーディガン、ベストは明るい灰色。昔はミルクチョコの様な茶色だったそうだが・・・。

 男子も女子も赤いネクタイとなっている。

 靴は黒、白、茶色でシンプルであれば指定なし。


 パタパタパタパタ…


 校則によりこの学校の上履きはスリッパに近いサンダルだ。このサンダルには現状であれば赤が三年生、青が二年生、黄色が一年生となっている。もし、今の三年生が卒業すれば青が三年生、黄色が二年生、新入生が一年生と繰り越しになっている。

 その為、相手が上級生か下級生かを知りたい時はお辞儀しろ、と言われている。そうすれば自然と相手のサンダルの色で立場が分かり、それなりに対応が出来るという事で暗黙のルール・・・とまではいかないもののマナーとしてお辞儀をするべきとしている。

 因みに今年の新入生は黄色だ。


「ねぇ、今日どこ行く?」


「私は~…」


 目の前に通った女性と2人でも、オシャレの為に一人は敢えてスカートを夏用にして、

 ダッボダボのカーディガンを着て、ネクタイもかなり緩んでいた。

 もう一人は髪をポニーテールに整えて、標準のスカートをはき、カーディガンを着ず、ブレザーを羽織って、ボタンを留めずにはだけていた。


 こうして見ればいくら同じ学校の制服でも、人はそれぞれという事を改めて思わせる。

 2人の女生徒はワイワイと話をしていると一人の男子生徒が通り過ぎる。


 コツコツコツコツ…


「ねぇ、あの人・・・」


「ホントね、じゃあ…」


 注目の的になっていたのは二人の女生徒の前を通った男子生徒だった。

 その男子生徒は斎だった。

 注目の的になっていたのは当然の事だった。何せ黒いキャップを被ったまま入学式に参加していたのだから。おまけに、彼が履いているのは学校指定のサンダルでは無く、緑の紐付きシューズタイプの白い上履きだ。当然校則では認可されていない。最早彼は歩く校則違反と呼んでも過言では無かった。


 斎は入学からこんな格好だったのだが、生徒指導部の教師はおろか、教頭も校長も誰も彼に咎めの言葉が無かったのだ。

 そのせいで入学早々異様な、或いはやんちゃな奴が入ってきたと、ちょっとした話題になっていた。


 だが、斎自身は至って不良では無かった。

 寧ろ、中学の頃では学年で13位。それなりに優秀で体育の授業もそこそこ優秀だった。態度も決して粗暴な振る舞いはなく、ほぼ静かだった。


 そんな斎だが、ワイワイと賑わう玄関先から出ず、高校の裏手にある渡り廊下を利用してそこから外に出た。

 実はクラスで入学式向かう途中その場所を目にしてそこから出ようと考えていた。

 当然そこから出れば入部勧誘してくる在校生に会う事は非常に少ない。後は人目につかず、そっと祖父の言っていた旧校舎の「第三準備室」に向かうだけだった。

 因みに上履きは持って帰り、次の日改めてもう一度持ってくるつもりだ。




(来た時もそうだが、ここまで古風なのも珍しいな)


 渡り廊下から出てもう既に見える旧校舎を見た斎。

 手紙には「レンガと木造の旧校舎」とあったが確かにその通りだった。

 全体的に旧校舎の主な造りは木造だった。ただ、一部の壁や窓枠、土台がレンガ造りになっていた。おまけに旧校舎と言うからにはかなり古臭く、汚れていると斎はそう考えていたのだが、全体的に綺麗で古臭いと言うよりも懐かしくてしょうがないと感じさせる不思議な旧校舎だった。


 ここ、白原高校は1911年、元号では明治44年にこの学校が設立された。

 白原高校と呼ばれる前は白原農業学校として存在して、後々職業訓練学校、専門学校、そして現在は専門学校兼進学校として白原高校になっている。

 進学組は4クラス構成で、専門は農業科、工業科、加工科、商業科の四つのクラスになっている。


 因みに白原とはこの地方の土地の名前だ。意味は冬になれば辺り一面真っ白な白銀の平原になる為「白原」と呼ばれている。


 旧校舎から声はおろか音もしなかった。窓を見れば誰もいなさそうである事が物語っていた。


(驚くほど誰もいなかったな)


 斎は部室に誰かいるのではと考えていた。しかし、こうまでものの見事に誰もいないと元からこうではないのかと思えてしまう位の静けさだった。

 恐らく旧校舎に構えている部活の在校生のほとんどは入部勧誘に行ってしまったのだろう。斎は持ってきた上履きを履いて旧校舎の中へすんなりと入って行った。


 コツコツコツコツ…


 廊下に響くのは斎の足音だけだった。それ以外は何も聞こえない。

 玄関先は木造の引き戸になっており、同じく木造の下駄箱が置かれていた。

 中は白い壁と木造のオンパレードになっており、掲示板となる場所には黒板が置かれていた。

 廊下は物などが一切置かれておらず、床はフローリングがかけられているのか、独特の艶と光沢が出ていた。まるで新築された校舎の様に綺麗だった。

 そんな校舎の中を見ながら旧校舎の東側の奥へと向かう。






「・・・・・・・」


 斎は部室の前に止まり札を確認する。


「ここか」


 部室には「第三準備室」とあった。

 間違いない。

 ここが例の「プライベートルーム」だ。

 斎は予め職員室から借りた鍵を差し込みそのまま開ける。


「準備室・・・ではあるな」


 目の前には簡素な長机に、いくつかあるパイプ椅子。

 室内はたくさんの書類や何かしらの本が詰まった金属製の大きな本棚。どういう訳かキッチン用の流し台があり、スプーン等の食器が入った大きな食器棚があった。

 それ以外はほとんど準備室らしく何かしらの物が積まれて広さも他の教室と変わらなかった。

 そんな部室を見ていた斎は満足そうな顔をしていると後ろから廊下の奥から足音が聞こえる。誰かいるのかと斎がそう思った時、その足音の主から声が掛かる。


「ここは何の部活?」


 斎は声がする方へ見ると女生徒が立っていた。

 ギリギリポニーテールが出来る位、短いものの黄金色に輝き、なびくと明らかにサラサラである事が分かる程の綺麗な髪。

 最高品質の物はサファイヤにも引けを取らない美しさを持つ宝石のカイヤナイトを連想させる美しい瞳。

 真珠と思わせる様な白い肌に、命を感じさせる頬に出る赤さが見え、決して無生物では無い事を示していた。

 美しくもそれ以上表情変わる事が出来ない美術品にある様な無表情で綺麗な顔だった。

 そんな女生徒が立っていた。


「確か、上条ソフィア、さんだったっけ?」


「そう」


 その女生徒は斎と同じクラスメイトだった。見た目がこれ程に綺麗な為、クラスはおろか学校全体にその名前が知れ渡っている程有名な女生徒だった。

 しかも、地元ではそこそこ有名な旧家で、金持ちとはいかないものの裕福である事は間違いなかった。


「何でここに?」


「私もこの部室を狙っていたの」


「狙っていた?」


「ええ、ここで私だけのプライベートスペースを、と」


 それを聞いた途端、斎は深く被った黒いキャップの下で眉間に皺を寄せた。


「誰も使っていないから、俺もプライベートルームを、と」


「ふ~ん…」


 ソフィアは斎をジッと見る。斎は少し疎ましい気分になる。

 斎にとって、こんな可愛らしい女生徒と共に部活動をするよりも、プライベートルームを作って常に一人でいる様な高校生活を望んでいたからだ。

 だが、そんな考えは何も斎だけでは無かった。

 ソフィアもこの旧校舎で自分だけのプライベートスペースを独占するここまで来たのだ。


「もし、ここをプライベートスペースに使うつもりなら部活動として確保しなければならないわ」


「それは問題ない。今部員となる人がここに二人もいるから」


「部活活動は?」


「その前に名前を決めてからだ」


 例えばここを書道部として名前を付けたとしても、内容があっていなければ意味がない。活動内容を先に決めるよりも、名前を先に決めてからの方が後々楽だろう。


「それもそうね。じゃあ名前は?」


「追々考える。それよりも問題がある」


「問題?」


 一息ついて答える。


「俺は部長になんかやるつもりは無い。面倒だからな・・・」


「・・・奇遇ね。私もよ」


 つまり、部長になる人間がいない。という事は部が設立しても部の責任者である部長がいなければ部として成り立たない。斎は部長になるつもりは毛頭なかった。だが、それはソフィアも同じだった。


「「・・・・・・・」」


 お互いの顔をジッと見ていた。気のせいだろうか、お互いの背後には炎が燃え盛り、龍と虎が威嚇しあい一触即発の様子が見える。

 この無言がどちらも譲る気が無く、対立しているという事がよく分かる。

 そんな状況に痺れを切れたのか先に口を開いたのはソフィアだった。


「じゃあ「ウミガメのスープ」で負けた方が部長になるというのはどうかしら?」


 出題者は難解なクイズを用意して、解答者は出題者に質問をするのだが、出題者は基本的に「Yes」か「No」でしか答えられない。解答者はそんな質問の回答のみを手掛かりにして真相を解き明かさなくてはならない謎解きゲームだ。

 正確には一般的な名称はシチュエーションパズル、或いは水平思考パズル事、LTPと呼ばれている。

 全員参加型の謎解きクイズゲームで、SNS等のインターネットの掲示板等では人気がある。

 但し、ルールが少し特殊な為、現実でやろうと思うと少し難しいゲームだ。


 そんな難しいクイズゲームをソフィアはここでやろうと提案してきたのだ。

 普通であれば即座に別の勝負に変えるか、考え込むか2択になる。だが、斎はそんな2択に当てはまらなかった。


「・・・いいだろう。言っておくけど「ウミガメのスープ」の答えは知っているからな?」


 ほぼ即答だった。しかも、それなりに自信があった。


「そんなものじゃないわ。私からの出題は「地下室の扉」・・・」


「ああ、「女の子が両親によって地下室に閉じ込められていて、彼女は地下室の扉を開けて外の世界を見てしまった」からだろ?」


 即答した斎の答えに顔から色が抜け落ちて別の問題を出題しようと考えた。


「・・・・・もぉ、定番だから・・・」


 ソフィアは斎に背を見せて目を泳がせてソワソワし始める。どうやら知っているネタがかなり少ない様だ。

 何かネタが無いかと自分のスマホを取り出して目を向ける。するとスマホの画面には猫が映っていた。それを見た彼女はすぐに閃いた。


「「檻の中の鼠達」・・・」


「・・・「鼠」?」


 その言葉を聞いたソフィアは斎の方へ振り返り、頭を縦に振る。

 斎の様子を見たソフィアはこれならいけると確信を持った。

 何故ならその場で思い付いた即席の「ウミガメのスープ」だったからだ。


「「檻に入った鼠達」を猫に見せるとすぐに飛びつきました。さてそれは何故でしょう」


「本物の鼠が入っていた?」


「No」


 当然ではあるが「ウミガメのスープ」は筋こそ通るが理不尽なまでに予想ができない真相である事が多い。

 まぁ、一筋縄ではいかないかと、少し考えて違う質問をする。


「・・・二つ目の質問。猫はその鼠達が欲しくてしょうがない位の反応だった?」


「Yes」


「・・・・・」


 猫は鼠の様な物であれば何でも欲しがろうとはしない。何か猫が欲してやまない要素があるはず、と考えた斎は質問を変える。


「鼠達は動くか?」


「No」


「鼠達は無生物か?」


「Yes」


 鼠達が動けば猫は本能的に動くだろうがそれも無かった。

 動かず無生物。

 という事は鼠に近いリスなどの小動物やねじまき式や電池式の様な鼠の玩具では無かった。


「鼠達の材質はマタタビで出来ていた」


「No」


 それを聞いた斎は少し顔を曇らせる。


「鼠達の材質は木材ではない?」


「ノーコメント」


「・・・・・」


 斎の顔が更に曇らせる。

 実は「ウミガメのスープ」ではYesでもNoでも答えられない質問がある。その時は詳しく言う場合もあればさっきの様に一言だけの場合がある。

 後者の場合であれば二つ可能性がある

 一つはさっきの質問で何か関係ない事柄があったから。

 もう一つはYesでもありNoでもあるという可能性がある。


 この場合であればどちらになるのか。

 それが斎にとって大きな問題になった。


の数は二匹だ」


「!・・・Yes」


 急に質問の内容が微妙に変わった事に動揺するソフィア。


「鼠の身体はどちらも、或るいはどちらかが肉質が柔らかい」


「No」


の材質はマタタビか?」


「・・・Yes」


 ソフィアの反応と答えを聞いた斎は目を細め、更に質問する。


「鼠は鰹節で出来ている」


「・・・・・Yes」


 それを聞いた斎は何か納得して質問をした。


「最後の質問だ。マタタビと鰹節で出来た彫刻の鼠達だったから猫が飛びついた」


「・・・・・正解」


 この瞬間、斎に白星が入った。斎は静かに勝ち誇った様な顔をした。それに対して、ソフィアはムスッとむくれた様な顔で斎に訊ねる。


「どうして分かったの?」


「そうだな、まず最初に鼠に秘密があると思ったのは上条さんが・・・」


「ソフィアでいいわ。「さん」付けとかもいらない」


 少し躊躇いながらもソフィアの名前を呼ぶ。


「・・・ソフィアが何か出題に困っていた時、スマホの猫の画面を見て何か閃いたよな」


「ええ・・・って、そこで分かったの?」


 斎は頷いた。


「即席で思い付き、猫に関わっていると考えれば、答えは理不尽ではあるが、それほど難しくなく、筋が通っている真相と考えるべきだ」


「・・・・・」


 ソフィアは何か言う事も無く、ただ無言になって聞いていた。


「まず、最初の質問で本物ではない事を証明した。次に猫の執着心はどれ位かを計った。三問目、四問目だったかな?鼠が動くかどうか、無生物かどうかを確かめた。ここで俺は猫の反応が、鼠達が欲しくてしょうがない位で思い浮かんだのがマタタビだ」


「猫にマタタビ」という言葉があるように、猫はマタタビが大好物だ。斎の質問で「欲しくてしょうがない位」で連想するとすればマタタビしかなかった。


「だが、次の質問でソフィアはNoと答えた。推理ゲームだから当然何かしらのトリックがあってもおかしくない。では俺はどこでつまづいてしまったのか。それでふと思い浮かんだのがだ」


「それで数を聞いたのね」


 斎は頷いた。


「鼠は複数だ。だが、どの位かが分からない。だから次の質問が鼠は二匹かどうかを確かめた。そして、俺はここで重要な質問をしたんだ」


「「鼠の身体はどちらも、或るいはどちらかが肉質が柔らかい」ね?」


「ああ、それで鼠の身体は硬い事が分かった。マタタビ以外で無生物で硬くて猫の好物、と言われたら連想したのが鰹節だ」


 斎がそう答えるとソフィアは何かに気が付いて質問する。


「でも、何で鼠達が鰹節だったって答えなかったの?」


「今回の出題で非常に重要なキーワードがでは無くだからだ」


「・・・・・」


 ソフィアは無言になった。この沈黙こそが答えだった。斎は答え合わせするように答える。


「俺は当てるつもりで鼠達がマタタビと答えた。だが、それは違っていた。この時俺はつまづいていた。となれば、「鼠達は鰹節」も恐らく間違いと考えたんだ。つまり、マタタビだったとか鰹節だったとかでは答えにならない。という事はと考えるべきだ」


 斎は完全に結論を出す為の様に一息をついて締めくくる。


「鼠は二匹でそれぞれ材質が違う。身体が硬くて猫の好物。「どちらもマタタビ」と言う答えでつまづいた事を考えれば一体がマタタビで出来ており、もう一体が鰹節で出来ている、という答えになった」


 そこまで聞いたソフィアは大きく溜息を付いた。


「お見事ね、正解よ」


 斎は改めて静かに勝ち誇ったような顔になった。ソフィアはムスッとした顔にならず、呆れているがどこか清々しいような顔になっていた。

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