第14話・雨に迷い

 ちょうど頭は冷えたトコだからいいんだけど。

 秋埜の家から帰る途中の大智のお小言は。

 正直、わたしにはとんでもなく重荷なのだった。


 なんでって。


 「リン姉。これは100パー想像で言うんだけど。俺が今リン姉に言っているのと同じようなこと、アキにも言ってるだろ」


 これが、効いた。

 全く反論の余地が無かった。

 逆に、わたしを心配させたくないから黙ってた、なんて秋埜の考えるのと同じことほぼそのまんま、わたしが大智に対して考えてもいたのだし。


 だから、秋埜と大智とわたし、考えてることが似てるとか違ってるとか、そんなことがわたしたちの置かれた状況とどう関係しているのかなんて、その時のわたしには思いもよらなかったのだ。



 ・・・・・



 「緒妻さんの壮行会?」


 久しぶりに大智からかかってきた電話の内容といえば、やっぱりというか当然というか、緒妻さんに関係することなのだった。


 『そ。そろそろオズ姉も受験に集中しないといけない時期だしさ、受験前に最後にぱーっとやろうかって』


 緒妻さんは地元の…といっても東京だから地元の大学なんか選び放題なんだけど、ともかく国立の医学部を志望すると言っている。

 将来的にはスポーツ医療の分野に携わりたい、って動機が大智なのはまあ相変わらず仲睦まじくて結構なのだけど、それにしてももう十一月になろうって時にその調子なんだから、また随分と余裕のあることだった。実際、学業成績については文句のつけようがないらしいし。


 「それは別に構わないけど、何か考えでもあるの?」

 『いやどうせならどっか遊びに行って気晴らしでも出来ればなー、と。そんくらい』

 「大智…それただ遊びに行きたいだけじゃない」

 『いーじゃん。俺もオズ姉もそこそこ忙しい中だし、こんな口実でも無いと揃って遊びになんか行けないだろ』


 まあそれはそーか。というか、暇人なのはわたしだけ。ちょっと落ち込む。


 『で、アキも連れて来いってオズ姉が言ってるからさ。そっちよろしく』


 ぴた、とわたしの動きが止まる。

 いや、まあ、ねえ。秋埜を呼ぶのは一向に構わないし、秋埜だって喜ぶだろーから文句なんかないんだけど。


 『…なんだよ、アキの都合でも悪かった?』

 「それは聞いてみないと分かんない。大丈夫だとは思うけど」

 『んじゃ決まり、と。来週の日曜。どこ行くとかはオズ姉の意向最優先でいくのでよろしく』

 「はいはい。緒妻さんにも受験頑張って、って伝えてね」


 業務連絡終了。

 早速秋埜にも連絡しようと思ったのだけれど、なんだか直接言った方がいい気がして、わたしはスマホをベッドの上に放り投げて、お風呂に入るために階下に降りていった。




 「あ、緒妻センパイの応援っすか?行く行く。絶対行きますって」

 「そ、そう。じゃあ大智にも連絡しとくけど…」


 案の定、というか予想以上の食いつきだった。

 次の日の昼休み、いつも通りにいつも通りの場所でのお昼休み。最近はだいぶ寒くなってきたから、よっぽど天気のいい時でないとこうもいかないのだけど。


 「あー、チー坊にはうちから連絡しておくっす。ちょうど話もあったんで」

 「話?」

 「…えーと、同窓会するとかなんとか言ってたんで。うちは六年の時に転校してったんで、あんまり関係ないんすけどね」


 なるほど。

 そういえば秋埜が転校してった事情って聞いたことないな。お母さんがいなさそうなのと関係あるだろうから、聞きづらくて聞けてないのだけど。

 それとちょっと気になったのは。


 「…秋埜、いつから緒妻さんのこと緒妻先輩、って呼ぶようになったの?」

 「え?ああ、麟子センパイには言ってなかったでしたっけ。うち、こないだの揉め事のあと直接会ってお礼言ったんすよ。えー、例の連中、あの後うちにももっちーにもちょっかいかけること無くなったんで、緒妻センパイが手を回してくれたのかな、って。確かにお爺さんが働きかけてくれたそーで、緒妻センパイにお礼言ってくれるようお願いしたら、そんなのいいから、それくらいだったら自分も名前で呼んでね、って。いやー、すっげえ素敵な人っすねー、緒妻センパイ」


 ふぅん、とわたしちょっとご機嫌斜め前。


 「…妬いてます?」

 「どっちかっていうと、秋埜の方にね。わたしの先輩とらないでね?」

 「だいじょーぶっす。うちの一番好きなのは麟子センパイですから」


 …まただよ、もー。

 あの時以来、なんだか秋埜のわたしへの好意の表現がストレートになってて、ちょっと距離の取り方が分かんなくなってる。

 いや別に好きって言われるのはイヤじゃないんだけどね。秋埜の言う「好き」ってのがどー捉えたらいいのか、分かんなくなってて。

 まあそういうわけだから、「じっとしてると寒いっすねー」なんて首を縮こませている秋埜を、やっぱりかわいいなあ、と思ったりしたことはおくびにも出せないのだった。



 ・・・・・



 「おー、うち動物園って来たことなかったんすよー。うーん、大自然のかおりー」

 「単にケモノくさいだけじゃないのかなあ」


 足繁く通うほどでもないけど、さすがにわたしでも動物園は来たことがある。っていうか、小学校の遠足なんかでは定番なんじゃないの?


 「リン姉、俺らの学校の遠足って登山だったし」

 「あー…」


 そういえばそうだった。何で一年から六年まで、ずっと山登りだったんだろ。


 「ま、それはそれとしてですね。今日は緒妻センパイが主役ですから」

 「はい主役の登場~、拍手はくしゅ~」

 「…大智、後で覚えておきなさいよ」

 「なんで怒るんだよぅ…」


 「出征記念!オズ姉がんばれ!」なんて書かれたタスキを無理矢理かけられれば誰だって機嫌も悪くなると思うけど。この辺の大智のセンスがよく分からない。


 「…お麟ちゃんも秋埜ちゃんも。後でたっっっぷりお礼はしてあげますからね」

 「…すません」

 「…はぁい」


 …一緒になって煽ってたわたしたちにも罪はあるようだった。




 土曜日の不安な天候から一転して…というほどではないにせよ、当面空の心配はしなくて済みそうな空の下。

 わたしたちは現地最寄りの駅前、という大智らしい微妙にめんどくさがりな集合場所で合流すると、歩いて動物園に来た。

 高校生の遊びに行く場所としては正直どうなの?と思わないでもないけど、緒妻さんのゆっくり出来る場所がいい、との意向だったので、反対もなかった…わたしが高校生のよく遊びにいく場所について全く詳しくない、という事情は抜きで。


 まあそうは言っても日本有数の動物園だ。年齢に関係無く楽しめるのは間違いないとこで、「もっちー誘って来週も来ようかなー」とか秋埜が呟いてたのを聞く限りでは、存分に楽しんだことなんだろうな。

 わたしは…まあ、はしゃぐ皆を見てほっこりするのが一番の楽しみだったりする。特に秋埜とか。秋埜とか。




 そうしてお昼を済ませたところで、秋埜が切り出して言う。


 「この後どーします?うちもっかい行きたいとこあるんすけど」


 弁当を作れるのが四人中三人。だったら無理に作ったりしないで園内の食堂でも利用しようか、と言い出したのは大智だったけど、受験生の緒妻さんに弁当を作らせるわけにいかないし、わたしや秋埜に作らせるのもなんか違う、とでも思ってたんじゃないかな。

 まあでも、おかげで朝は比較的ゆっくり出来たし、動物園での食事、というのも割と珍しかったからね。


 「そうねえ。混んでてパンダ見られなかったし、私は今度こそ行っておきたいんだけれど」

 「オズ姉、昼過ぎじゃ余計に混んでるだろうし、やめといた方がいいんじゃね?」

 「あ、そういうこと言うんだ。いーわよ、私一人でも行ってやるから」

 「いやあの、そういう意味で言ったわけじゃなくて。オズ姉人混み好きじゃないだろうし、帰る前とかでもいいんじゃないか?ちょっと延ばせば大分人減るって、多分」

 「チー坊がついてれば大丈夫じゃないの?今日の主役は緒妻センパイなんだし、ついてってあげればいーじゃん」

 「…ぐ、それを言われると言い返せない………ああ、分かったって。俺が付き合うからオズ姉好きなとこ行けよ、もう…」

 「やったね。だから大智大好きだよ!」


 ちょっと気取って隣の大智にウィンク。仕草は大人っぽいのにどこか無邪気な印象で、そんな様子は誰が見ても許してしまいそう。

 まったく、見てて飽きない二人だった。


 「………それじゃー、うちは麟子センパイとデートとしけこみますねー。センパイ、どこに行きたいっす?」

 「どこって、別に…秋埜の行きたいトコでいーんじゃない?」

 「あ、そゆこと言っていーんですか?うちが行きたいとこ全部行ったらセンパイ倒れますよ?」

 「もー、ひとをおばーちゃんみたいに言わないでよ」


 デートは否定しないんですねー、みたいなことを秋埜がぼそっと言ってたけど、別にいいんじゃない?と、流したら変な顔をされた。なんでだろ。


 「…じゃあ、私はお会計してくるわね。みんな先に出てて」


 頃合いと見たか、わたしたちに全部おごってくれるという緒妻さんがポシェットを下げて立ち上がる。

 今日は緒妻さんの壮行会だから、という趣旨に反するといったんは多数決で否定されたのだけど、お爺さんからもらった小遣いだ、という一万円札の威力は絶大で、現ナマを前にして評決はあっさりと覆されたのだった。ごちそうさまです。


 「あ、俺ちょっとトイレ」

 「うちお土産見てきます。センパイは?」

 「…あー、なんかひとりで日光を浴びたい気分。秋埜、ちょっと待ってて」

 「ういうい。そこにお土産屋さんあるので、眺めてます」


 …なんか期せずして、全員勝手な行動を取り始めた。まあどうせはぐれても今日日メールだのLINEだので簡単に連絡はとれるのだから、別に構うことないんだろうね。

 何が楽しいのか分かんないけど、ちっこいキーホルダーをあれこれ触って楽しそうな秋埜をよそに、わたしはお土産屋さん兼任のレストランを出る。

 日光浴が、とか言っておいてなんだけど、どー見ても今にも雨が降りそうな見事な曇天。

 傘は…トートバッグの中に入ってるけど、小さいからあんまり激しい雨では使えないし。


 「どーしよ…」


 やっぱり戻って…と思ったところで、LINEじゃなくて珍しくメールの着信。

 なんだろ、って大智から?なんで?…と思いつつも開いてみる。


 【池のテラスのところで待ち合わせしよーぜ】


 …どきん。

 心臓の跳ね上がる音がした。

 大智が、わたしを誘ってる……?

 …………って、いやいやいやいやそんなことあるわけがない。ほら緒妻さんと間違えて送信しただけだし。全くあのおっちょこちょいめ。このまま緒妻さんトコに転送すれば万事解決。わたしマジキューピッド。


 ………なんだけど。


 わたしはスマホを握ったまま、そうすることも出来なくてついふらふらと、どこへともなく歩き出した。

 …にしてもなんなの。自分の彼女ともうひとりの姉的存在を間違えるなんて。うん、これは説教だね。このメール直接見せて思う存分からかってやろう。


 そんなことを思って浮き立つ気分を抱えたまま、わたしは大智が指定していた場所へ趣く。地に足が付いていないなあ、とは自分でも思ったのだけれど、不思議と危なっかしさは覚えなかった。それよりも、何故だか急がないといけない気がして、余計に足が急いた。

 そうしてやってきたテラスは、お昼ごはんも皆済んだのか割とまばらな人しかいなかったのだけど、その中にいた大智の姿は否が応でもわたしの目に入り、一瞬足を止めたわたしは「さあて、どうおちょくってあげようか」と笑みを浮かべながら、その元へ歩き出すのだった。

 けど。


 ッドォォォン!!


 「きゃっ?!」


 稲光もなく豪雷が鳴り響く。

 みっともなく短い悲鳴をあげたわたしは、その場で耳を塞いで座り込んでしまう。近くに落雷したのかもしれない。わたしだけでなく、テラスに残っていた人も幾人か、体を硬くして表の様子をうかがっていた。

 …雷はなんか苦手なんだよなあ、昔から。

 そういえば確か、遊んでいたときに近くに雷が落ちて身動きとれなくなってた時…


 「リン姉?!なんでここに…」


 そうそう、大智がやってきて…って。え。


 「あっ、あれ?オズ姉にメールしたと思ったのに、あれ?っていうかどーしてここに、いんの…?」


 …気まずいわたしの焦りを誤魔化すように、激しい雨が降り出していた。

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