第13話・わたしは王子さま(いいのかな?)
夢を見た。
夢の中でわたしは、馬にまたがっていた。
黒いベタ塗りの愛馬は、何故かどー見てもわたしには赤兎馬に思えた。
…そうだ、マンガの三國志読んで、黒く塗られてた赤兎馬がすっごく格好良く見えたんだっけ。
ちなみにわたしは、荊州を守って死んだ時だけ急にアホの子になってた関羽よりも、呂布にずうっと感情移入してた。
だってあれだけ強かったのに、最初っから最後までブレることなくブレまくって、最後は誰にも信じてもらえなくなって死んでしまったのって、自業自得ではあるんだけど何だかとても哀しいことだなって、そう思ったから。
王子さま、王子さま。
馬にまたがるわたしに誰かが声をかけてくる。
うん、そうだった。わたしは王子さま。
王子さまにお話してくれるのは、お姫さま。
はい、お姫さま。なんでしょうか。
お姫さまのお顔が見えないのは、ちょっと残念。
でも、とってもきれいな声だったから、お顔だってわたし好みのきれいな顔なんだろうな。
王子さまはどうしてそんなに傷つくのですか?
そんなつもりはないのだけれど。
わたしだって痛いのはイヤ。でも、痛いって言ってる子をほっておくのもイヤ。
王子さまはどうしてそんなにわたしを構ってくれるのですか?
お姫さまがとても寂しそうだったもの。
寂しい子に差しのべる手が、わたしにはあったのですからね。
……………。
はい、質問はこれくらい?
じゃあ、わたしは…。
王子さまはわたしのことが好きですか?
はい、もちろん大好きですよ。
お姫さまは、わたしのことが好きですか?
はい、王子さま。わたしは王子さまのことが好きです。
ふふ。じゃあ、お姫さまとわたしは相思相愛、ってやつですね。
一緒にしあわせになりましょうね?
・・・・・
「…あれ、どこ?ここ……」
目が覚めたら、見たことのない天井を見上げていた。
「うん、と…あ、動くか」
横になっていたのはすぐ分かったから、手を動かしてみる。
顔を叩かれたんだっけ。それでどうしたのか、って思い出そうとしたところで…。
「あ、麟子センパイ起きたんすね」
いつも通りの、秋埜の声が聞こえてくる。
わたしは起き上がって声の方に向き直ると、体にかけられていた毛布がソファーの下にずり落ちていった。
「あの後大変だったんですよー。もっちーも同じマンションだから手伝ってくれましたけど、センパイずーっとぐーぐー寝てて、運ぶので疲れたんですから」
「え、じゃあここ秋埜の家?」
「そーっす。親はまだ帰ってきてませんけどね。相変わらずで、ちょっと遅めっす」
今何時頃だろう?
時計を探して辺りを見渡す。あった。五時…半過ぎたとこか。
それで秋埜の家…ってことだけど、マンションの一部屋の居間のようで、普段の秋埜の印象からするとびっくりするくらいに片付いていた。
わたしは寝かされていたソファーの上で体を回すと、普通に腰掛ける体勢になって立ち上がろうとする。
「あーっと、センパイそのままそのまま。気分悪かったりしないですか?」
そんなわたしを止めて、秋埜がわたしの前にかがみ込む。
制服は着替えて上がゆるいスウェット、下がひざ下のレギンスと随分ラフな恰好だ。髪だけは制服の時のまま、左側に簡単にシュシュでまとめている。
「顔叩かれてましたし、脳震盪とか心配ですけど…大丈夫です?」
「あ、うん。大丈夫。気分は…まああのドアホに妙なこと言われた時に比べれば大分マシ」
そーっすか、と秋埜はホッとしたように笑って、わたしの両の頬に手の平を当てた。
「…うーん、やっぱりちょっと頬が熱もってるっすね。センパイ、しばらくこれ顔にあてといてください」
と、渡された冷たいタオルを、わたしは顔面に貼り付けた。
そーじゃなくって、叩かれた頬の方です、と秋埜が呆れたように言う。
分かってるんだけど、秋埜の冷えた手が顔から離れたのがちょっと惜しくて、そんな顔を見せたくなかっただけ。
「少し横になっててください。もうすぐチー坊が迎えに来ますんで」
え、大智に知らせたの…?それはそのなんというか………マズい。
「いやうちが直接知らせたわけじゃないっすよ」
秋埜が姿を消したキッチンから、そんな弁解じみた声が聞こえる。
「センパイが落ち着いて、もっちーも家に帰してから保志先輩に電話したんです。最初怒って、それから呆れて、仕方ないからチー坊迎えに寄越す、って」
それはまあ昨日の今日だからなあ。緒妻さんが呆れるのも怒るのも分かる。わたしだって、まさかいきなり翌日に巻き込まれるだなんて思ってもみなかったし。
「保志先輩、ほんとはうちのことも叱りたかったんだと思います。麟子センパイを巻き込むなーって。だけどまあ、軽くお小言言われただけで済みました」
「秋埜、緒妻さんはそんなこと言わないよ。秋埜のこと叱ろうとしたのだって、きっと危ない真似しちゃダメ、ってことだよ」
「…そんなもんすかね」
「そんなもんだよ」
だってねえ。鵜方さん、って最初呼んでたのをわざわざ秋埜ちゃん、って途中で言い換えるくらいなんだもの。
それが緒妻さんにとってどれだけ大転換なのか知ってるのって…わたしくらいのもので、大智すら知らないんじゃないかな、と思うけれど。
「センパイ、あっついお茶と冷たいジュース、どっちがいいすか?」
キッチンの方で何かごそごそしてた秋埜が、よく通る声で注文を聞いてきた。
そういえばのどが渇いてたな、とわたしは今一番ほしいやつをオーダー。
「ぬるいお茶ー」
「…また面倒な注文すねえ」
と言いながらも秋埜は、しばらくすると湯飲みと急須とポットをのせたお盆を持ってきた。
「店員さん、わたしぬるいのを注文したんだけど」
「それはこれからサービスしますって」
「サービス?」
と見るうちに、秋埜は普通にポットから急須にお湯をいれ、十分茶葉が開いたタイミングで湯飲みに注ぐ。
そしてそれをわたしに手わ…
「はい、サービスです。ふー、ふー」
…たさずに、自分の息で冷まし始めた。え。
「ちょっ、何やってるの?!」
「え?ですから注文通りにしてるだけっすけど。あ、もう少し待ってくださいねー」
「いやそこまでやられると流石にちょっと…」
わたしの困惑なんか完全スルーで、秋埜はむしろ楽しそうにそうし続けた。
このコにゃに考えてるのかわかんない。
「…ごちそうさま」
「はい、お粗末さまでした。美味しかったですか?」
「味なんか分かんなかった…」
なんとも気まずい…のはわたしだけだったような気がするけれど、秋埜が手ずから冷ましてくれたお茶をほぼ一息で飲み干すと、わたしの足下でかしづくように待期していた秋埜が持つ盆に、湯飲みを置いた。
「それは残念でした。もう一杯どーすか?ふーふー込みで。今度は味分かるようにしますけど」
「…秋埜、わたしをおちょくってんでしょ」
とんでもないでーす、と舌をぺろっと出して笑った。いつものふにゃっとした笑いよりも、少し大人びて見えた。
「じゃ、片付けてきます。チー坊遅いっすねー」
そうねー、とわたしの気のない返事を背にお盆を持っていく秋埜。
その姿を見送りながら、わたしは疲れた頭で思うことを思った。
結局、あの三条ってコは何だったのか。正直キモい言動で二度と目の当たりになんかしたくないけど、気まぐれでわたしに興味をなくすとかでも無い限り、また絡んできそうだなあ。
秋埜から緒妻さんに連絡が行ったってことは、多分緒妻さんの筋から何か制止するような動きがあるだろうけど、どーもあのコの性格を思うとお構いなしって気がする。
となると、今のところはわたしが会わなければ済むんじゃないのかな…どうも秋埜に興味もった風には見えなかったものね。
ま、わたしとしては、秋埜たちに危害が及ばなければそれでいいのだけれど。
「はーい片付けおーわりー。センパイとのいちゃいちゃターイムぅ!」
なにそれ。
ツッコむ間も無く、飛び込んできた秋埜はわたしの隣にドサッとダイビング着座。ソファー壊れないのかな。
「でーぇ、センパイの期待に応えたいトコなんですけどー…ちょっと先にマジ話、いーすか?」
何の期待してんの、わたし。
けど秋埜の声は真面目なトーンだったから、ん、と頷くだけにしておく。
「…えっと、これを言ったらセンパイ怒ると思いますけど……ホント、すいませんでした」
「………#」
「あ、ほらやっぱり怒った」
「当たり前でしょ。どーせ秋埜のことだから、わたしのこと巻き込んでしまって悪かった、って思ってるんでしょーけど、わたしの知らないところで秋埜が傷つけられたりしてたらそっちの方がよっぽど怒るとこよ。主に自分自身にだけど」
「ですよねー」
秋埜の同意のニュアンス的には、わたしの怒るとこはそこだろうなあ、ってとこなんだろう。
なんていうか、再会してまだ一月ちょっと。よくもまあ、この子もわたしのこと理解して、わたしも何となく秋埜が何を考えてるのか読めるようになったものだ。
親友、って感覚がどういうものなのか、明示的に説明するのは難しいとしても、その表現はわたしと秋埜の関係を説明するのに、これ以上ないくらい的確なのだと思える、ここ最近のことなのだった。
「で、もうひとつ謝らないといけないのはですね。センパイ、うちがあのガッコに何か手立てを講じられる伝手持ってるって言ったじゃないですか。あれ、使ってしまおうと思います」
「秋埜?あなたそれはなるべく避けたいって言ってたじゃない」
「言いました。言いましたけど、もううちの問題ってだけじゃなくて、センパイも無関係じゃないんです。だったら、うちの感情だけで止めてないで、使える手段は何でも使おうって。センパイが巻き込まれてイヤな目に遭うの、うちだってイヤですよ」
真剣そのもの。
秋埜はそんな感じの顔で、隣に座るわたしの顔を見ていた。ちょっと近い気もするけど。
でも、そのわたしを見上げる、少し潤んだ瞳を見るとまあ、許してしまってもいいのかな、って気はする。
何だかんだ言って秋埜がわたしのことを心配してくれるのは嬉しいし、それで事態が好転するのなら望むところなんだろうけど。
「…秋埜、ちょっとそれは待って。緒妻さんとこで多分手を回してくれると思うから」
「保志先輩のトコで?どーいうことです?」
「まあかいつまんで話すと、緒妻さんの家が結構な旧家で、律心にも相応の寄付してる関係で校内の不祥事について口を出す機会がある、ってこと。秋埜の方の手立ても重ねてすれば効果あるだろうけど、秋埜に引っかかるトコがあるなら、急いでやることもないんじゃないかな。緒妻さんの家の方で効果無かったら、秋埜の伝手も頼ってみよ?」
…口にはしなかったけど、あの三条ってコの気質考えると、圧力を畳み掛けるとかえって反発しそうでもあるし。
でもこれで秋埜の心の重荷もいくらかは解けるんじゃないかな、って思って顔を見てみたら。
「………むー」
…何故かめっちゃ不満そうにしていた。
「センパイ。うちの手伝いなんて要らないってことです?」
いや何でそうなるの。わたしは秋埜が困らないようにしたいだけだってのに。
「うちのやることでセンパイが助かるなら、それでセンパイに恩売れて良かったなー、って思ったのに。企みが潰えて面白くないっす」
あ、そういうこと。
「ていうかわたしの手伝いとかそーいうことじゃなくて、もともと秋埜と今村さんの問題じゃない。わたしは巻き込まれただけ。だったら少しでも楽な方にしといた方がいいでしょ」
「それはそうなんですけどー」
一体何が不満なの、この子。まあそうやって口を尖らせてる秋埜はかわいいからいいけど。
「…まあいいです」
あや。納得していつもの顔に戻っちゃった。
「それでマジ話、もいっこいいですか?」
「もちろん。でも何を言いたいかは分かるけどね」
「…へー、センパイ随分自信満々ですね。うちのこと、何でも分かってるつもりなんです?」
それも、もちろん。
…とは言わなかったけど。
まあでも、秋埜に「それ」を言われるとわたしは嬉しいから、はにかんでいる秋埜をじっと見つめながら、言う。
「じゃあ、聞かせて?」
「はい。センパイ、助けてくれてありがとうございました」
「うん」
揃って、楽しそうに笑う。
やっぱり秋埜はこうして笑ってる方がかわいい。わたしなんかよりね。
そしてひとしきり笑い合う。
なんだか色々とあったけど、こうして秋埜がわたしの隣で笑ってくれるなら、それで今はいいや、って思う。
それは確かに刹那的…っていうか、なんか危なっかしい時間ではあるのだけれど。
「…じゃ、マジ話終わったので…センパイとのいちゃいちゃタイム!です」
え、それ本気だったの…?
っていうかいちゃいちゃって、何する気なんだろ。
ま、秋埜のことだから無茶は言わないよね、とゆるーく見守っていたわたしの意に反して…ってこともなく、隣に座った秋埜は、ぱたんとわたしの肩に頭を預けてきた。背の高さの違い上、結構な高さから体重を預けられる形になったのだけれど、わたしは先輩の意地として微動だにしないのだった。いやわたし、先輩の意地とか使うべき場所間違っているだろう。
「…んー、センパイ。いい匂いっすー」
わたしの肩のトコで、秋埜はふにゃ、っと溶けながら言う。
「そっかな。秋埜の方がいい匂いだと思うよ」
この部屋に連れ込まれる前、秋埜の胸に顔を埋めたことを思い出す。
ほとんど気絶するばかりの勢いで寝転けたのだけど、あれは勿体ないことをした。もう少し堪能できればよかった。
「そんなことないですよー。センパイの方が…って……そういえばセンパイ。いつぞやうちの胸の匂い、くんかくんかしてましたね」
いや、くんかくんかて。しかも胸の匂い、とかを目的語にされると変態度が一気に上がってわたし何者か分からなくなるんだけど。
「…えーと、あれ。また…してみません?」
……………………………あの。
あの、秋埜が、何を言ってるのかわかんない。
「…センパイが、いい匂いって思ってくれるの…うち、結構好きっすから」
待って。
ちょっと待って。
何イッテルノ?
いつの間にか秋埜は、腰を捻ってわたしに突き出している。
それも、とても恥ずかしそうに、ではあるけど、服の上から想像するよりも結構ある、胸を、だ。
…ヤバい。
何がヤバいって、そうしてわたしから顔を逸らしてもじもじしている秋埜がかわいすぎて、ヤバい。
秋埜って、こんなにかわいかったっけ…?
いやもちろんずっとかわいいしわたしもそう言ってきたんだけれどこうわたしの頭がぼーっとするようなかわいさっていうかちょっと待ってこれ同性に抱いたらアウトーッ!な感情と違うの待って待ってわたし秋埜は確かに大好きって言ってきたけどなんでこんなこと今思い出したらストップストーップわ・た・し!!
「ぴんぽーん」
はいお約束頂きましたーっ!!ありがとうぅ!!なんかいろいろ助かったわたし!!
「………はーい今行くっすー。多分チー坊っすよ」
…今日ほど大智に感謝したことは無かった。あのまま誰も来なかったら、どーなっていたか、自分に自信が無い。
わたしは煮えた頭をぶんぶん振って冷ます。
そうしているうちに、まだいくらか上気したままの顔の秋埜が、大智を連れてきた。
「リン姉。このドアホ」
そしてその第一声は、わたしの頭を常温に戻してくれて。
そのことに感謝はしているけども。
なんだかいいとこを邪魔されたような恨み節も微かに残ってはいて。
比率としては、七対三…いや、八対二、かな。
そんな具合の複雑な感情を抱えながらも。
「じゃあリン姉。帰り道はずっと説教な」
一つ年下の大智のお小言を久しぶりに聞きながら辞去したのは。
…なんだかまだ熱の残っているように見えた、秋埜の家だった。
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