第11話・わたしはお姉さま(ちょっと待って)
今村さんに誘われて、秋埜とわたしと合わせて三人。
帰り道の途中、近道のつもりで通ったら寄り道のようになった、いつも人気の少ない公園の散歩道。
人目を忍んだ逢い引きなんとやらであるのなら、ベストスポットと呼べるような場所なのだろうけど。
「その目障りな顔を世人に見せることのないよう、しかと申しつけたはずですが。どうしてこんな場所にいるのですか」
「他に誰もいない場所で世人だの言われても説得力ねーっすよ。ホンットにしつこいっつーか、ストーカーですかあんたたちは」
…だよね。
わたしたちの後ろから声をかけてきた、ひと目で分かる、いかにもお金かかってそうな律心の制服が四人。
秋埜がウンザリした様子で返事をしたのが、リーダー格ってとこなんだろう。長身でフレームレスのメガネをかけた、まあ神経質そうにも見えるけどいかにもお嬢さま、って感じの細面の美人…未満?
うん、いや、顔の造作は良さそうなんだけども、なんだろ。一般的じゃない性格が透けてみえるというか。なんか、引っかかるものを感じる。
それに付き従う三人も似たような印象で、端的に言えば無理に親しくしようと思えば思えないこともないけど、どうも向こうにそのつもりは無さそう、なのだった。いやそれ今の状況そのままじゃん。
「妄言を弄するものではありません。私は言いましたよね。町中でそんな恰好をして出歩いていては、町やあなたの品位を落とします。それが嫌なら、大人しく自分の家にでも引きこもっていなさい、と」
「こんなの今時フツーの恰好っすよ。他の人らにもいちいちそんなケチつけて回ってるんすか、あんたらは」
「…っ、な、生意気なことを言うものではありません!とにかく、高校生なら高校生らしい恰好をなさい!あとその蓮っ葉な口の利き方は何なんですか!」
「しゃべり方にまでとーとーケチつけに来ましたか、ったく…」
うわー、ダメだこりゃ。秋埜も半端に相手するもんだから、向こうの自己満刺激しちゃってるんだ。
「…秋埜、中途半端に相手しない方がいーんじゃない?」
「まあそれもそうなんすけど、無視してるとそれはそれで面倒なことになりそうなんで…」
「あっきー、今日は他に人目ないし、先輩の言う通り完全無視でいこ?」
「…そーすねー。今日の連中なら走って逃げれば振り切れそうですし」
「えええ…もしかしてまだ他にも仲間いるの?」
「面倒くさいのが。まあいいっす、麟子センパイに会わせない方がいーんで」
「どういう意味?」
「言葉通りで」
「あなたたち!内緒話はお止めなさい!」
顔を寄せて善後策を講じる中、焦れて長身メガネが喚き始める。ほったらかしにされるのに慣れてないんだろうなあ。
「それにそこのあなた!付き合う友人は選ぶべきですわよ」
「え、わたし?」
そしてやおら指さし指名されてしまう、わたし。
「見たところ学年も違うようですし、何か弱みでも握られているのかもしれませんが…私達が力になってあげますわ」
ムカっ。
何でわたしが好きで付き合っているコらのことで、こうまで言われないといけないの。
「あー、センパイセンパイ落ち着いて。どうどう」
わたしの
「落ち着いている場合じゃないでしょ、秋埜。これだけ悪し様に言われてどーして言い返さないのよ!」
「だから言っても無駄な相手っているんすよ…そんなのとマジメに話したって時間の無駄じゃないすか。っていうかセンパイさっきと言うことが違うっす」
「そーそー。だからさ、先輩?テキトーにはいはい言って今日は帰りましょーよ」
「聞こえてますわよ。今日という今日は、その素行と性根を徹底的にたたき直してさしあげます。逃がしたりしませんので、そのつもりで」
「ちゃこさまの仰る通りです!」
「あなたたちのためなのですから、大人しくなさい!」
長身メガネがまたウザイことを。後ろの三人もそれぞれ嵩に掛かって、勝手なことを言い出していた。
それにしても。
正面から反論しない秋埜にもちょっともにょるのだけれど、どうしてこうも自分たちが正しいと思って他人を悪く言えるのだろう。
逆らわない相手になら何でも言える、って?
あー、ムカつく…って、ちょっと下品か。でもこれくらいでもいいよね。こいつらの方がよっぽど品が無いのだし。
「…黙って聞いてれば、何なのあんたたち」
「ちょ、センパイ穏便に、穏便に…」
「秋埜、後であなたも説教ね」
「なんでっ?!」
背中の秋埜をじろりと一睨み。あなたが黙ってるからこいつらがつけ上がるんじゃないの。もう少し自分の矜持ってものを大事にしてよね。わたしの大好きな秋埜なら。
わたしの一喝に怯んだ秋埜を置いて、一歩前に。
長身メガネはふんぞり返ってわたしを迎え撃つけど、それ以外の三人は少し気後れしたのか怯えたのか、腰が退け気味。ふん。
「威勢のいいことですけれど。それであなたに私達の正論を論破出来る根拠とやらが、おありなのですか」
根拠?そんなもんあんたたちに言ったって勿体ないだけでしょ。
「うるさいクソメガネ」
「は、はあ…?」
言っても無駄か。確かに秋埜の言う通りかもね。正しいとか間違ってないとか、自分の決めたものを他人に押しつけるだけしか出来ないバカに、理屈言ったって通じるわけがない。
だったら。
「わたしの友だちにこれ以上酷いことを言うのなら、ただじゃおかないから」
自分の好きを押し通すだけだっての。
「…あら、随分と強気なことですわね。ではあなたのお友達の素行が世間に迷惑をかけるのだとしたら、世の中全てを敵に回すおつもりなのかしら?」
「そこまで悪いことをするコだったらわたしがぶん殴ってでも止めてやるわよ!けどね、秋埜や今村さんが何をしたってのよ。ちょっとあんたたちが気に食わない恰好しててだけじゃない!」
「わたしたちは良識の府たる律心の生徒ですわよ。そのわたしたちが苦言を呈しいるのですから、それを聞き入れるのが…」
「親の金がないと入れない良識の府?聞いて呆れるわよこのスネかじり」
「す、臑かじり…ですって?」
「スネかじりが気に入らなければタカリとでも言い換えようか?!」
…ああ、全く。お金だけはある家のあーぱー娘、と秋埜の言ったことは正しい。
どれだけ増長していたら、自分の力に寄らないで手に入れた立場でこんなに威張れるんだろう。
「そ、それならば後ろのお二人の世人に与える悪影響を鑑みてお止めになればいいではありませんか。それが友人の務めというものでしょう!?」
「悪影響?どこが?」
「ですから、風紀に明らかに悪い影響を及ぼしているのは間違いのないところでしょうに!」
「誰が言ってんのよ、そんなこと」
「私達が言っております。それで充分でしょう」
「笑わせんじゃねーわよ!」
とうとう怒鳴り声になるわたし。
長身メガネは「ひっ…」とか言って後ずさる。その後ろの三人に至っては言わずもがなだ。
「わたしが止めるとか止めないとか、そんなことわたしが決めるわよ!全っ然関係ないあんたたちに指図される謂われなんかこれっぽちも無い!」
「あ、あなただって勝手な基準で善し悪しを決めているじゃありませんの!」
「わたしの基準なんか、わたしの好き嫌いだけよ!わたしはこの二人が好きで一緒にいることを選んだんだから、誰の文句も聞くもんか!!」
「センパイ…ありがとっす…」
「先輩かっけー…」
「………」
秋埜と今村さんの感嘆が、心地よい。なんかこう言ってくれるだけでもう、わたしは充分に思う。
「さあ、まだ何か言いたいことある?!」
冷静に考えればわたしの主張なんか、ただの感情だ。議論には全くなってやしない。
けど、わたしが秋埜と一緒にいたいな、って思ったのは感情であって理屈じゃない。なら、感情でわたしがわたしの行動を決めることに何の問題があるっていうのか。
それをぶつけて
「…そ、その、そこまでお怒りになるほどのことを私達がしたとは…」
「そんなことどーでもいいわよ。いい?これ以上わたしたちに構わないで。それならあなたたちが何処で何をしようかなんて知ったこっちゃないわ。自分らが正しいと思うなら勝手にやってて。けど、そんな手前勝手な『正しいこと』を振りかざしてわたしたちの間を掻き乱すようなら、思いっきり噛み付いてやるからそのつもりでいて」
「は、はい…」
ほとんど恫喝じみたわたしの物言い。
ほんのちょっとだけど、怯えた姿には「悪いことしたかな」と思わないでもな…。
「あの…ごめんなさい」
「…はい?」
ちょ…少しばかり後ろめたさ覚えた瞬間にそうやってしおらしくなるのやめてよ!
「私達が言いすぎましたわ。お友達のことを思うことに善悪は関係ありませんものね。ほら、あなたたちも…」
「は、はい、申し訳ありませんでした…」
「ちゃこさまの仰る通りですわ!」
「あなたたちのために言ったこととはいえ、大人げなかったですわ」
後ろの三人も…いや、なんか相変わらず勝手なことを言ってるような気がするのだけれど。
…でもまあいいか。これなら秋埜と今村さんに変なちょっかい出すことももう無さそうだし。
「…いーわよ、別に。さっき言った通り、わたしはわたしたちに構わなければ別に気にしないし」
「まあ、なんという寛大なお心ですの…あの、もしよろしければ私達とも友誼を結びませんか?」
あああ、なんかまた面倒な流れに…わたしは放っておいて欲しいだけなんだってば!
「いえ、むしろお友達などとそんなことでは私の感動は示しきれません。いっそ、お姉さまとお慕いしても構わないでしょうか…?」
構う、めっちゃ構う!冗談じゃ無いって!
大体、律心の制服なんか知らないけど、このコたちどう見たってわたしと同学年か一つ上よね?!なんでそれでお姉さまとかそういう流れに…やっぱ女子校ってそーいうところなの?!
「わー、センパイもてるっすねー」
「誰のせいだと思ってんのよこのコはっ!!反省が足りない反省がっ!!」
「いたっ、センパイ痛いっす!首はうちよわわ…」
思わずわたしより長身の秋埜に飛びかかってチョークスリーパー。
なんか「センパイがデレデレしてるのが悪いっす!」とか寝言が聞こえるが、してねーから!
「お姉さま、暴力はいけません」
「誰がお姉さまよっ!」
この態度の急変は一体何なんだ。本質的にはお嬢さま気質で素直だって言っても程があるでしょーに。
「そうっす!麟子センパイはうちだけのお姉さまです!」
「ややこしくなるからあんたはしゃべるなぁっ!!」
秋埜は秋埜で何なんだ。対抗意識でも燃やしてるのか。
あーもう、今村さんになんとかしてと顔を向けたら…
「…ぐっ!」
…と、満面の笑顔でサムズアップされたのだった。ダレカタスケテ。
「それはよくないね、
…不意に聞こえた一言に、場にいた全員が凍り付いた。
わたしはこの状況を面白がっているだろう、ふざけた声色に腹が立って。
でも、わたし以外の六人には、それぞれの怖れや警戒の気色によって、だったことだろう。
「そんなことをいつ許可したのかな?千也呼のお姉さまはボク一人だけって、あの時誓ったじゃないか。ああ、ボクは悲しいよ」
きっとずっと見てたんだろう。趣味の悪いことだ。
木陰から姿を現した小柄な人影に、わたしは秋埜の首を解放して正対した。
…そのなんていうか。
同じよーな引きで進歩ないなあ我ながら、と思う。
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