第10話・そこにある悪意
夢をみた。
夢の中でわたしは。
赤兎馬にまたがった王子様だった。
なんだこれ。
・・・・・
三学期制の中学から二学期制の高校に上がってこれで二年目なのだけれど、今年もどうやら慣れそうにないなあ、と思う。
「秋休み」という存在が、聞き慣れない分どう過ごしたらいいのか分かんなくて、分かんないまま一週間が無為に過ぎるという、最悪の過ごし方を繰り返してしまったわたしなのだった。
「徐晃って吉川版だと一回死んでその後何事もなく登場してる気がするのって、わたしだけ?」
「…一週間ぶりに会った第一声がそれっすか、センパイ……」
「だって暇だったんもの。横山版と吉川版二回ずつ読んじゃった」
「うち三國志はキョーミ無いんで」
一週間ぶりに会った秋埜がつれなかった。
秋埜は秋埜でなんかお父さんの実家に帰ってたとかだったりで、電話でこそ毎晩話はしてたけど、一週間も会わないなんて再会してから初めてのことで、長い休みの間なにしてたか話題にするのが友だちってものじゃないのだろうか?
「いや、三國志の話なら毎晩センパイしてたのでハマってたのは分かりますけどー、もーちょっとじょしこーせーらしい話題ってないんですか、まったく」
「じゃあ化粧の話でもする?はい、秋埜からどーぞ」
「センパイもうちもそんなに化粧っ気ないのに、どーやって話するんすか」
「相原先生がね、若いうちにあんまり化粧で顔いじりすぎると、お肌の曲がり角を迎える頃めちゃくちゃ後悔する羽目になるって言ってた」
「うわそれ実感こもってて怖いすね…今度会ったらどう後悔したのか聞いてみます…って、これ女子高生による化粧の話に入るんですか?」
「さあ?知ってる話しただけだし」
不毛過ぎる…と秋埜が頭を抱えていた。
まーなんていうか、わたしと秋埜の場合、昼休み一緒に過ごすのが日常になって会話のタネというものが尽きてきたような気もする。倦怠期、ってアレなのだろうか。
わたしは別に、秋埜が楽しそーにしてるの見てるだけでも結構満足出来るから構わないんだけど。
「どっか遊びにでも行きたいっすねー…」
それこそ秋休みにやるべきことだったかもしれないなあ。
でも緒妻さんと大智の学校は三学期制でわたしたちと休み被らなかったから、どーしようもなかったのだけど。
「今村さんとは普段どっか遊びにいったりしないの?」
「もっちーですか?週に一回くらい、学校帰りにミスドとかで駄弁ったりはしてますけど。でもいつの間にか勉強会になっててあんまり遊びにいってるって感じしないんすよ」
健全だなあ。
「あー、でもこないだ………いえ、何でもないです」
「ほー。わたしに隠し事とはいい度胸してるわね」
「いえいえ、隠し事なんてとんでもない。口が滑っただけっす」
「それ隠し事と何が違うの。えー、ちゃんと話さないととんでもないことになるわよ?」
「具体的にどーなるんすか」
「たった一人の友だちに隠し事されたってひきもりになってやるから!」
「情けないこと言わないでくださいよー……あー、しょーがない。一応話はしますけど、首突っ込んだりしないでくださいね」
「それは話の内容によるけど」
「約束してください」
「…分かった」
殊の外真剣な秋埜の剣幕に、少し気圧されるわたし。
スマホで時間確認すると、予鈴までにはまだちょっと余裕がある。
秋休み明けに寒気が入ったとかで、今日は外も薄寒かったので学食の隅っこに陣取っていたのだけど、同じ考えの子は多いみたいで、いつもに比べると人は多い。
「…センパイ、
「知ってるも何も、ここら辺で一番のおじょーさま学校じゃない」
「あそこ、そんないいもんじゃないですよ?大学まで一貫したエレベーター学校なんで、勉強もしないお金だけはある家のあーぱー娘が集ってるだけっすから」
またえらくぶった斬るなあ。
まあ確かに、寄付金だとか授業料だとかでめちゃくちゃお金かかって、しかも途中から編入したり転出出来ないもんだから、人数は少ないしどんな学校なのかもよく知られてないっぽいけど。
ここから先、声をひそめながら秋埜がわたしに語った内容によると、今村さんと例によってミスタードーナツで教科書挟んでたら、その学校のあんまり素行のよくなさそうな人たちに絡まれた、ということのようだった。
一見したところギャルっぽい秋埜たちがマジメに勉強してる姿が面白くなかった、ってとこなんだろうけど、ともかくその時は秋埜が機転を利かせて退散したとのことだったが、目を付けられた…って程じゃないにしても、とかく目立つ秋埜のことだから、その後も二度ほど接触があって、あんまり街角で会いたくはない状況にはなっている、らしい。
「…センパイ、顔がこわいっす」
話し終えた秋埜が、わたしの顔から目を逸らしながら言った。
そりゃあそうだと思う。秋埜が危ない目にあってるってのに、呑気に笑ってられるほど、わたしは人でなしじゃない。
「だから念押ししたんすよ…麟子センパイ、昔っからこーいう話放っておかないし」
「だって…」
「だっては無し。いーすか?相手はお金とコネだけは持ってんですから、揉め事起こしたって何も得はないんですよ」
「…秋埜は大丈夫なの?」
「うちはまあ、いざとなったらそーゆー方面に伝手あるんで。あんまり関わり合いにはなりたくないんで、最後の手段ですけど」
それに根本的にはおじょーさんなんだから、そんなめんどーなことにはなりませんよ、と、わたしを安心させるように笑う秋埜は、その通りだとしてもなんだか痛々しくて、いつものようにほにゃっとした笑顔を、わたしは正面からは見ていられなかった。
・・・・・
『私にそれを相談したのは正解ね、お麟ちゃん』
もちろんわたしは、一人で抱え込んだりしなかった。
そうして秋埜が傷つくようなことにだけはしたくないから、その晩早速緒妻さんに相談したのだ。
『うちの爺さま知ってるでしょ?その律心って学校には結構寄付してたはずだから、万一の時には力になってくれるように掛け合ってみるわ』
「助かります。けど、緒妻さんとこって本当に顔広いんですね」
『まあねー。私が威張ることじゃないから詳しくは言わないけど』
緒妻さんの家は割とここらでも古い家で、いわゆる旧家とか名士を輩出してるとか、そういう存在だ。
許婚、なんて大時代な決めごとが通るのもそのことによるので、わたしとしてはちょっと複雑だったりもするのだけど。
『…でもね、今のところ子供のケンカ、って言ってしまえばそれまでだから、一番は鵜方さんが巻き込まれないことよね。そこはお麟ちゃんが見ててあげないとね』
「分かってます。秋埜にも何か嫌々ながら対抗手段があるみたいなこと言ってましたけど、そんなことにはさせませんから」
握ったスマホが手に食い込むくらい力を込めて、わたしは宣言する。
『私はそういうお麟ちゃんも少し心配なんだけど』
「え?」
電話の向こうの緒妻さんは、相変わらずのほんわかした口振りを少しも崩さないものだから、わたしは一瞬自分のことを言われたことに気がつかなかった。
『えっとね、小学生の時とは少し話が違うんだから、無茶したらダメだからね、ってこと。鵜方さん…秋埜ちゃんは自分の周りのゴタゴタでお麟ちゃんを嫌な気持ちにさせたくなくて、黙ってたんでしょう?だったら、少しくらいはその気持ちも汲んであげなさいな』
…そんなこと言ったって。
秋埜を守りたいわたしの気持ちは、どうすればいいんだろう。
『秋埜ちゃんが大事なのは分かるわよ。でもね、お麟ちゃんを大事に思ってる人だっているんだから、それだけは忘れないで。私が今のところ言ってあげられるのはそれだけだから』
「…はい」
きっと、大事に思ってくれてる人本人から諭されたのでは、頷く他ないわけで。
『あと、おじさんとおばさんたちには…まあ、うちから言っておくわ』
そうなんだよなあ。
緒妻さんとこと違って、うちはごくごく普通のサラリーマンの一般家庭。
言ってしまえば何なんだけども、わたしにとっては大事な友だちであっても、家族じゃない秋埜に入れ込んで一人娘が危なっかしいことに巻き込まれるくらいなら、きっと必死に止めようとするだろうなあ。
だったら、後ろ盾になってくれる緒妻さんの家から口添えしてもらう方が、まだ穏便に済むだろうとは思うし。
「…そうですね。すみませんけど、お願いします」
『うん、任されたわ』
あー、あと一人。
「えっと、大智には…」
『言えるわけないでしょ?知ったら何をおいてもお麟ちゃんの傍から離れないわよ、あの子』
「ですよねー…」
見えないけど、まず間違い無く苦笑しているんだろうなあ。わたしも多分そうだろうし。
なんだか大分大事になってきた気はするけど。
それだけ秋埜のことが心配であり、大事でもあるのだから、やれることはやっておこうと思う。
・・・・・
…とは言うものの、翌日になればいつもの秋埜で、いつものわたし。
「ん?センパイ、うちの顔に見蕩れてどーしたんです?」
「どうしたもこうしたも、見蕩れてるんだけど。今日も秋埜はかわいい」
「やだなー、センパイほどじゃないですよー」
「…ねー、あっきー。いつもそんな頭悪い会話してるの?」
何度か三人で会ってるけど、今村さんは意外に手厳しい、というか口が悪い。仲のいいセンパイコーハイの間の心温まる会話に、頭悪い、はないんじゃないだろうか。
「もっちー、うちとセンパイがいつもどうしてるか知りたいから今日の帰りはセンパイも誘おうつったのは自分じゃん」
「言ったけどー、まさか目の前でこんなイチャイチャ見せつけられるとは思わなかった」
イチャイチャて。別に思ったことをそのまま言ってるだけなんだけど。
「傍からしたら、どー見たって付き合い始めたばかりのカップルの会話だよー、それ。頭に『バ』つけないだけ友人への節度と先輩への礼儀忘れてないと思って欲しい」
ううん、難しい注文だなあ。
加減を忘れず、かつ秋埜を愛でる表現を、周囲に引かれないように、する…。
「秋埜、結婚しよ?」
「あー、いいですねーそれ。差し当たってどっちがお嫁さんになります?」
「悪化してる悪化してる。先輩も悪ノリしないで」
「えー…わたしとしては本音に冗談を織り交ぜた一級の表現のつもりだったんだけど…」
「それ本音がベースになってるんですがー…もー、誰か助けてー!」
と言いながらも今村さんは、楽しそうにお腹を抱えていた。
秋埜もいー友だちもったなあ。なんか、本音で付き合えてる感じ。
正直なところ、秋埜にわたし以外の友だちがいるところを見てたら、自分が嫉妬でもするんじゃないかと思っていた。
でも、そんなことなかった。
秋埜に友だちだと思えるひとがいるなら、それはとても素敵なことなんだろうな、と心から思える…いや、我が身を省みて少し思うところはあるけれど。
そんなことを考えながら賑やかな時間を過ごして、自分もその中にいられるとはつい二月も前には思いもよらなかった。わたし、結構しあわせもの。
…けれど。
「この辺りを徘徊しないように幾度も言い含めたはずですけれど」
悪意はどこにでも潜んでいて。
「………まーた、あんたたちっすか」
時折ひょっこり顔を出して、
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