第9話・わたしの中の秋埜

 「ぶっちゃけ聞きますケド」

 「うん?」


 いつも通りに中庭での昼食中。

 十月にも入ると流石にじっとしてれば肌寒い。秋埜もいつもは腰に巻いてるカーディガンを羽織っていた。

 そんな中、いくらか神妙な面持ちで秋埜は、わたしをコロシにきた。


 「…麟子センパイって友だちいませんよね」


 ………うん、秋埜が未来から送られて来たターミネーターだとしたら、それは全く正しい手口だったと言えよう。

 …だけど今はわたしにだって、切り札はある。


 わたしは咥えた箸から手を離し、ゆっくりと伸ばした人差し指で、対面を指す。ビシッ、て。


 「…うち以外にですってば」


 そんなことは分かってる、みたく苦笑しながら秋埜は言った。それでもほんのりと嬉しそうなのがこの子らしい。ホントにこーいうとこ、かわいいなあ。


 「話戻しますけど、保志先輩とチー坊は友だちと言えますよね?で、このガッコでうち以外に」

 「最近の冷食ってなかなか侮れないよね」

 「センパイ、ごまかさないでください」


 …えー、分かってますとも。

 どーせわたしは壁作るよーな真似ばかりしてたせいで、友だちらしい友だちなんか作れてませんー。


 「そんないじけなくてもいーじゃないですか。…うちがいるんだし」


 それはそうなんだけどね。

 でもこのまま卒業するまで学校の友だちが後輩一人ってわけにもいかないしー。


 「まあでも、センパイなら無理しないでも友だちくらいいくらでも出来るっしょ」

 「…根拠も無しにそんなこと言われてもなあ」


 子供っぽい駄々こねだとは思うけど…改めて考えると、わたし友だちの作り方って言われてピンとこないもの。

 秋埜はなんか昔の縁がまた繋がっただけなんだし。


 「根拠っすか…うちが保証する、ってだけじゃダメ、ですかね」


 …まあでも。

 その繋がった縁自身が言ってくれるんだから、何よりも根拠としては充分かな。

 わたしは小さく、ありがとね、と告げて昼食を再開した。

 秋埜はちょっとびっくりしたように目を大きくしたのだけど、すぐいつものようにふにゃっと笑って、どういたしまして、とこちらも小さく呟いたのだった。




 …ところで実際問題、秋埜の方の友達関係とか、どうなっているんだろう。

 お昼は大体わたしと一緒だけど、放課後は時間が合えば一緒することも無くは無いが、基本的には別っていうか何やってるのか知らないんだよなあ。

 友だちと一緒にいる、とか?


 「そりゃ友だちはいますよー。放課後は…ま、うちに用事が無ければ遊びにいったりもするっすねー」


 意外と普通だった。


 「うち、家事は一通りやってんすよ。親が仕事で遅いんで。だから家には結構早く帰るんですけどね。友だちの方は、ま、そこんとこ理解あるんで」

 「ふうん。ちょっと会ってみたいな」

 「うちのですか?いいですよ、今呼びます」


 はやっ。


 「あ、もっちー?今中庭にいるから来ない?センパイいっしょー、うん。じゃ…すぐ来るそーです」

 「あ、あっそう…早いね…」


 今時の若い子はこーでないといけないのだろうか、とか自分が今時の若い子じゃないような気がして、なんだかなあ。


 「今村基子いまむらもとこ、参上!」

 「わぁっ!!」

 「あ、もっちー。ホントにはやいな…」

 「ワンコール娘と呼ぶがいい」

 「電話切って十秒経ってないわよどーいうことよ?!」


 ツッコミがもう追いつかないってば。


 「いえいえ、実はそこの廊下であっきー見かけた時にちょうどコールあったんで。で、廊下の窓からひょい、っと」


 そーですか。

 なんかもう、一つ年下なだけなのにこのノリの違い。いやそういう問題なんじゃなくて、秋埜もそうだけど、この学校では結構異彩を放つタイプ。


 「では改めて。今村基子です。先輩、よろしゅうに」

 「あ、はい。どーも。中務、麟子です。…えーと、よしなに」


 座ったままのわたしの正面に、意外に姿勢正しく正座で挨拶。

 美人系な秋埜とは違って、どちらかというと普通に愛嬌のあるかわいい子、って感じ。

 秋埜は地毛が色薄いけど、こちらはちょっと染めたか脱色したか。生え際はしっかり黒いから、まあこの学校は校則緩いので目を付けられることもないだろうけど。


 ちなみに校則が緩いのは、そんなもの決めてなくても誰も髪弄ったりしないから、だったりする。だからまあ、目立つことは目立つんだろうなあ。


 「センパイがうちの教室初めて来た時に一緒に駄弁ってたヤツですよ。見覚えないですか?」

 「…あー、うん、見覚えはないけど、秋埜が誰かにあっきー、って呼ばれてたのは覚えてる」

 「このガッコでうちのことそう呼ぶの、コイツだけなんすけどねー」


 それはまた、仲の良いことなんだろう。

 で、ちょっとホッとするわたし。

 というのも、わたしが友だちいないのと違う理由で、秋埜にも友だちいないのかと少し心配はしてたから。

 わたしを追っかけてこんな進学校に入って、似合わない真似させてるんじゃないか、ってちょっと責任感じていたからね。


 「ちなみにセンパイ、こいつこれで成績は学年トップ、です」

 「ええっ?!」

 「ふはははは。驚いたでしょー、先輩」

 「あれ、知らないんですか?前期の終わりに表彰されてたんですけど」

 「う、うん…覚えてなかった…」

 「いやー、我が友ながらスカッとしたっすよー。うちと違って髪染めてこのナリして、それで学年最優秀の表彰ですからねー。校長が賞状手渡す時の苦り切った顔、今思い出してもウケますって」

 「ちょー、あっきー?染めてるのは事実だけど、派手な化粧とかアクセは校内じゃしてないんだから、ヤンキーみたいに言わないでおくれよ」

 「何言ってんのー。うちとつるんでるお陰でこないだだっ…とっと。コレは無し無し」


 …?


 「まあ、うちがなんとか勉強ついていけてるのも、コイツのお陰ですからねー。センパイ、数少ない同高オナコーの友だち無くしたくなかったら、拝んでおいた方がいーっすよ?」

 「そうなの?」

 「確かに勉強教えてますけど、あっきー物覚えいいから、すぐ教えること無くなるんで。教える方としては楽しいんですけどねー」


 そっかあ。わたしの心配なんて余計なお世話だったってことか。ちょっと安心。

 …あ、でも。


 「…秋埜?物覚えいいんだったら、ちゃんと授業聞いてれば今村さんに手間かけさせることもないんじゃない?」

 「あーいや、それ言いますか?だって教えるの下手な先生の授業聞いてたって、分かるわけないじゃないですか」


 一応は市内最上位の進学校の教師陣が聞いたら、悔し涙流しそうな台詞だった。



 ・・・・・



 昼休みの残り時間はたいしてなかったけど、その後はいろんな話が聞けて楽しかった。

 特に、わたしが秋埜のところへ最初に訪れて、逃げ出すように去った後にどんな様子だったか、なんてことを聞かされた時の秋埜の顔は最高にかわいかったと思う。


 「中務さん、何にやにやしてるの?」


 …とっと、顔に出てたか。


 「ちょっと思いだし笑いを、ね。星野さん、部活?」

 「いーえ。放課後まで諸先生方の御用聞きを申しつけられて我が身の不幸を呪ってるところ」


 さっさと帰ればいいものを、わたしは放課後になっても自分の机で昼間の出来事を反芻してたものだから、憤懣遣ふんまんやる方無い…ってほどでもないけど、楽しまない様子のクラス委員長に絡まれる羽目になった。


 「まーったく。クラス委員長ってものを何だと思ってるのかしらね」

 「逆にどんなつもりでクラス委員長をやってるのか、伺ってみたいところだけれど。立候補…したんだっけ?」

 「するわけないでしょう、こんな面倒な肩書き。単に世話好きだから任されただけよ」


 わたしの前の席に座り、椅子の背もたれに右腕を乗せて愚痴る形。普段ならあまり見られないような姿だ。

 それにしても、世話好きを自他共に認めるならクラス委員長っていうのは適任だと思うのだけど。

 いっそ生徒会長とか向いてるんじゃないかな、って言ったら。


 「冗談でしょ。そんな大層なものになんか、なりたかないわよ。進学校の生徒会長なんて何の箔付けにもなりゃしないってのに」

 「そういうもの?逆に推薦入試なんか有利になりそうなものだけど」

 「大学なんか実力で入ります。何のために進学校に入ったか意味分かんないわよ、推薦なんか」


 そういうものかな。進学校の方が推薦の口多そうだけど。

 あるいは進学校で学力付けたんだから、ちゃんと力試ししてみたい、って考え方なのだろうか。まあそういう考え方はわたしも嫌いじゃないけど。


 「…そういえば、毎日来る下級生のあの子。仲良いのね」

 「ん?秋埜のこと?いいコだよー」


 何だか自慢したくて言ったら、ちょっと興味深そうに軽く身を乗り出してくる。


 「冗談で彼女も告白のクチか、って言っちゃったけど、案外本当かもね」


 あー、そういえばそんなことも言ってたっけ。

 別にそういう想像をして妙な気分になったりはしないけど、ちょっと最近ぐいぐい来すぎてる気も確かにするかな。まあそれが秋埜のかわいいとこなんだけどねー。


 「…むしろ中務さんの方が満更でも無いって感じ」

 「うぇっ?!…そ、そう?」

 「冗談よ。ちょっと突飛な感じはするし、後輩先輩の関係にしては近すぎかもしれないけど、仲のいい友達にしか見えないわ。どこで知り合ったの?」

 「どこっていっても。小学生の時ちょっと、ってだけ。それでどうしてあれだけ懐いてくれるのか、全然分からない」

 「ふーん…」


 友だち。

 わたしと秋埜は、友だち。

 まあ、その通りなんだろうけど。

 このしっくり来ない感じ、一体何なんだろう。


 「…ね、星野さんとわたしって、友だちだと思う?」

 「え?違うんじゃない?」


 …速攻で否定されると流石に厳しい。


 「いや、そんなにガッカリしなくても。友達の定義なんて一意に決めるようなものじゃないんだから、別に中務さんが私のことを友達だと思ってても拒みはしないわ。まあでも、」


 そろそろ時間なのか、星野さんは立ち上がって帰り支度を始める。


 「…立場とか状況だとか、そういうもので出来た繋がりがあって、それらが変わっても繋がりが続くんなら、それは友達関係だって言ってもいいんじゃない?私はそう思うけど」

 「そういうものかな」

 「さあ?シェークスピアか誰かが何か言ってたか、調べてみたら?」


 それは随分と不毛な作業になりそう、と苦笑するわたしを見て、ようやく笑う星野さん。


 「じゃあね。また先生に捕まる前に帰るとするわ」

 「うん、また明日」


 星野さんの定義に従うなら、結局結果からでしか友だちかどうか決められない。

 だから彼女の話を全面的に受け入れることは出来ないけど。

 それでもなー。


 「秋埜って、わたしの一体なんだろうね」


 そして逆に、秋埜にとってわたしは一体何なのか。

 考えても仕方ないことなのだけれど、考えることそのものは楽しめている自分に、少し感心していた。

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