第8話・お昼休みのランナウェイ
「センパーイ、お昼ご飯行きましょーっ!!」
大智の学校に行った一件以来、秋埜は攻勢がすごい。毎日毎日、お昼休みに入るや否やわたしの教室に突撃してくるものだからすっかり有名人だ。今日もわたしに刺さる後ろ指が痛い。
でも不思議と…でもないけど、秋埜自身はクラスメイトから反感とか、そういうのは買っていないようだった。
そりゃまあね。破天荒ですこーしばかり蓮っ葉なトコはあるけど、気遣い出来るいい子だし、何よりも、キレイ。わたしの自慢の後輩だ。
「えっへっへー、きょうはうちお弁当作ってきました。ちょー、かあいいやつっす」
「えっ…?えーと、わたしもお弁当作ってきたんだけど…」
そして、わたしの机にところに来るなり弁当箱を取り出して述べた宣言にわたしは慌てて、自分の持ってきた弁当箱を取り出す。二つ。
「………あちゃー…センパイも同じこと考えてたんすかー…実はそのー、うちも…」
と、後ろから回されてきた秋埜の手に提げられていたのは、ふたつ目の弁当箱。
小食のわたしに合わせて片方は小さめではあったけど、大小の弁当箱が、二組。
「…どうしましょー?」
「どうって…食べられるわけないんだから、誰かにあげるしかないんじゃないかなあ。えーっと、」
「ああ待って待って!センパイのお弁当誰かに渡すくらいならうちが全部食べますって!」
まだ教室を出て行っていないクラスメイトのうち、昼食の手配が済んでいなさそうな子を探すわたしを押し止めて、わたしの弁当箱二つをかっさらう秋埜なのだった。
「思うんですけどね」
秋埜とお昼を一緒にするようになって以来、晴れている日は定位置になった中庭の芝生の上で、わたしの弁当箱大小と、自分の作ってきた二つのうち小さい方をすっかり平らげた秋埜が大きく伸びをして言う。
「センパイ、もーちょっとお肉つけた方がよくないですか?」
「よくない」
「即答だなー」
だって、そりゃあそうだと思うのだけど。
決して背が高い方とは言えないわたしにとって、1キロ2キロでもBMIに与える影響は小さくない。
特に部活動もしてないとあれば、定常的にカロリーを消費する手段だって無いのだから、日頃から消化にいい食事を食べ過ぎないよう心がけるのが一番なのだ。
「でもー、もう少し肉付きいい方が、いろいろ
「いろいろって、何よ」
「それはほらー、抱き心地とか。いや先日センパイをぎゅってした時に思ったんですよねー。『あ、固い』って。どーせ女の子をハグするならふわふわしてた方がいーじゃないですか」
わたしがぼーっとしてたあの時に、この子はそんなことを考えていたのか。失礼極まる。
「…秋埜、わたしが男の子に媚びるよーな真似するのイヤって言ったじゃない。そんなことのために太る気はないからね」
「いえいえ、男の子のためっつーより、うちのために。また、ぎゅってさせてください」
「……機会があったらね」
「期待してます」
まあ内臓脂肪を絞った分、数値的には多少余裕あるはずだ。その分皮下脂肪に回すなら問題ないだろうなあ、なんてことを、秋埜にバレないように思った。
「にこにこ」
…バレてないよね?
…なんていうか、とにかく上機嫌の秋埜を見て、軽く引く。
どーしてこの子にこんなに懐かれているのだか、正直自分でも分からないのだけど。
そうでなくなる時が来るのかなー、なんて、柄にも無い不安にかられる時もある。
「んっ、くぅ~~~、んっ!」
…と、しょーもないことを思っていたら、正面の秋埜が座ったまま大きく伸びをしていた。声がちょっと色っぽくてドキリとするのだけれど、あぐらかいたままなので色気は無い。
「…秋埜、女の子があぐらってどうかと思うのだけど」
なんだか勿体ない光景のような気がして、要らないお節介。
「しょーがないじゃないですかー。うち、骨格の関係なのか女の子座りって苦手なんですよ」
「体硬いだけじゃないのかなあ。柔軟体操でもすればいいと思う。でなければ横座りするとか」
「えー…横座りって姿勢悪くなりそうな気がしません?」
「…そうかも」
自分がしてる横座りで、腰にかかる力を再認識するとそう言えなくも無い気がする。わたしはどちらかと言えば体は柔らかい方だからあまり気にはならないけど、固いと自覚出来るくらいなら、腰に負担かかるのかも。
でもねー…。
「前も言ったけど、スカート短いと座り方の選択も出来なくなるんだから、もう少しなんとかしない?」
「えー、前も言いましたけど、下スパッツですよ?ショート丈の。見えたって平気ですってー」
と言いながら自分のスカートをぱたぱためくって見せる秋埜。
「やめなさい、はしたない」
ぺしりと、その手を叩いて止めさせる。
「うー、センパイ固いっすよ」
「しょーがないじゃない、ガード堅くするのに慣れているんだから。あのね、秋埜。確かに男の子向けのみっともない真似はしてたけど、わたし隙だけは作らないようにしてたんだからね?」
「そのガード、うちにだけ下ろしてくれません?」
「あなた女の子でしょーに。わたしがガード堅くする理由なんてないわよ」
「やたっ!」
何故かガッツポーズの秋埜。何が嬉しいんだろ。まったく。
「…うーん、それじゃ代わりにセンパイが今よりスカート短くしてくれたら、うちもその長さに合わせて長くします」
「いや、だからなんでそうなるの」
「変化っす、変化。ファッションだと思えば試してみる価値あるでしょ?」
「イヤに決まってるでしょ。わたし、あなたと違ってスパッツなんか穿いてないもの」
「…へー、そうなんですか。どれ拝見」
ぺろん。
「なるほど、白か…ってセンパーイ、も少し色っぽいショーツ穿いた方がいいっすよ。これじゃショーツというよりズロース………あの、センパイ?」
一瞬で。
わたしの隙を突いて。
秋埜がわたしのスカートを、スリップごとめくって中身を確認し、したり顔をしていた。
………さて、わたしはこの
「セ、センパイ?…こっ、こんなの女の子同士のよくある可愛いじゃれ合いじゃないすか?!」
「あ・ん・た・が・や・る・と!何だか身の危険を覚えるのよ!!あと同性だからってやっていいことと悪いことがあるわよ!!」
…まあ、なんというか、ね。
ちゃんと礼儀の線は引いておいた方が良いと思うんだ。
・・・・・
「仲良くやってるみたいで結構じゃない」
学校半分使ったアスレチック鬼ごっこが仲良くやってる証というなら、その通りなんだろうけれど。
今日保健室に来たのは、珍しく本来の用事からだった。
まあつまり、昼休みの鬼ごっこで出来た擦り傷なんかの手当をお願いしにきたということで、ついでに秋埜との間にあった何やかんやを報告に来たのだった。
秋埜のケガ?知らないわよそんなの。つばでもつけとけば治るでしょ。
「直接は聞いてないけど、秋埜最近明るくなったらしいわ。中務のおかげ、ってことにしておく」
「わたしの功績でないとしたら他の誰の功績だっていうんですか」
それよりも、最近明るくなった…っていうのはどういうことなんだろう?少なくともわたしには、明るく気遣い出来ていつも元気な女の子、にしか見えないのだけれど。
「だから功績を讃えてとっておきのブルーマウンテンを下賜しているんじゃない。何か不満でも?」
下賜品が不満です。
…とも言えず、わたしは生産量より消費量の方が遙かに多いと聞くブルーマウンテンとやらを頂く。
何だかこの先生のコーヒー趣味も、分かってやってるのか天然なのか、半端な印象。いやまあ、あまりコーヒー好きでもないわたしでも、悪くない香りだな、ってくらいには思えるけれど。
午後の授業が終わる頃に降り出した雨は次第に強さを増していて、傘の用意も無かったわたしは雨宿りついでの保健室。
秋埜は…どうしているんだろう?お昼休み以後はずっと顔出さなかったけど。
「気になる?」
「何がですか?」
いや、我ながら白々しい。けど、女の子には分かってても意地をはらないといけない時があるのだ。
「雨。傘の用意が無いなら車で送ってあげてもいいけど。内緒でね」
…分かってて話逸らすんだから、ほんとーにこの先生もタヌキだなあ。
でも、ご褒美としてはコーヒーよりもよっぽどありがたい。お願いします、と空いたカップをソーサーに乗せて返しながら、言った。
「じゃあ、ケガの手当しましょうか。ほら、足出して」
「別にいいですよ、そんなの。話する口実だったんですから」
「よかないわよ。女の子なんだから肌は大事にしなさい」
「…はい」
といって、藪に突っ込んだ時に下草で切ったくらいのものだし。
靴下は結構傷んだけど、跡の残るケガってほどのものはなー…。
…そういえば秋埜はハイソックスのわたしと違って、アンクレットだったけど。
直接素足に草があたってたんだから、ちゃんと手当しないとダメだと思うんだけれどな。
「心配?」
「はい」
「……え、まさか素直に答えるとは思わなかった」
…悪かったですねー。どうせ素直じゃないですよ。
ぶんむくれの顔で、わたしの足に消毒液を丁寧に塗布している先生を見下ろす。
後ろ頭だけしか見えないのだけれど、愉快そうなのは分かる。
わたしはそれが余計に面白くなくて、先生の手当を邪魔するように押さえられていない方の足をぶらぶらと振る。
「こら、やりにくいからじっとしていなさい。子供か、あんたは」
子供。
なのかな。
あまり褒められない動機でやってた長年の習慣を、最近知り合った後輩の苦言で止めてからは、ちょっと支えにしてた何かが外されたような気がしてどこか宙ぶらりんになっている心が、ここにある。
それを持て余している、っていう感覚はあるのだけれど、気持ちの持って行き場が見つかってないことに一番苛立っているんじゃ、ないのかな。
それを子供っぽい、と言われてしまうのは心楽しまないけど。
「…はい、終わり。反対側、するわよ」
「はーい」
ガーゼを巻かれた素足の上に、靴下を引き上げる。普段にない感触がくすぐったかった。
先生は左足の靴下を下ろして、同じように手当を始める。わたしは先生のそんな手元をただぼーっと、眺めるしかなかった。
…それでも、考えるのを止めてされるがままに任せていると、次第に退屈は覚えるものだ。
「先生、一つ聞いていいですか?」
「一つと言わずいくつでも。秋埜に関することならば、だけど。それなら教職関係無くあの子と仲良くしてくれてる友人への態度として、接してあげるわよ」
別にそんな難しいことを聞きたいわけじゃない。といって、教職としてであれば、秋埜の個人的な事情をわたしに明かすわけにはいかない、という配慮だろう。
どーせなら、その配慮はわたしの
「じゃあ遠慮なく。えっと、先生と秋埜って従姉妹どうしなんですよね?どういう関係なんですか」
「どういうって言われてもね…秋埜の父親がわたしの母と姉弟…見当つくと思うけど、わたしの母の方が姉だわね。それだけのことよ」
「従姉妹にしてはけっこー歳離れてるなーって思ってました」
「あ、手元が狂ってヨードチンキをこぼしてしまいそう」
「やめて下さい!!…って、今時ヨードチンキなんて置いてあるんですか?」
「あるわよー?聞き分けの無い怪我人に使おうと思って、個人的に持ち込んでるわ」
まるで拷問器具みたいな扱いだった。
「冗談はさておき、確かにわたしの母と秋埜の父だと十歳くらい離れてたからね。でもまあ、問題は…っと、はい、終わり」
話しながらだったせいか、いくらか雑に巻かれたガーゼの上に、同じように靴下を履く。
特に痛みとか痒みもないし、家に帰るまで濡らさなければ大丈夫と思う。
「それで先生?問題が何ですって」
「問題?」
「さっき言いかけたじゃないですか。秋埜と先生が従姉妹同士だってこと以外の問題って」
「…勘のいい子供は嫌われるわよ」
「察しの悪い大人も嫌われますけどね」
言うわね、と先生苦笑して降参の態。わたし、勝利。
…じゃなくて。
「こればかりは秋埜本人が口にするのを待つしかないわね。世間的にはありふれた話だけど、本人にしてみれば
と、結局聞き出せたのはそれだけ。
今のわたしから秋埜に問いただせるかっていうとー…まあ無理だろうなあ。
ただ。
わたしにはちょっとした見当が付いていた。
わたしたちそれぞれの家族について、秋埜と話になると、必ず避けられる話題があったからだ。
それは、秋埜の母親のことだ。
どんな事情があるのかは分からないけど、秋埜の生活には母親の影が無い。
…ただ、踏み込むにはまだちょっとなー、って自信のなさが、我ながらもどかしい。
結局、先生に送ってもらうようなことは無かった。
ちょうど時間的におばあちゃんが車で買い物に出ている時間だったので、学校まで寄ってもらえることになったからだ。
ま、先生に変な負い目作って、秋埜に踏み込む時に足枷はめられるよりはマシだと思うのだけど。
なんの根拠もなくそう強気に思えるだけの積み重ねだけなら、それなりに出来てきているように、わたしは思い始めていた。
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