第7話・秋の夕暮れに一歩
「あちゃー…早く移動しとけばよかった…」
声をかけてきた男子の顔を見て大智がそう嘆息していた。もちろん、相手には聞こえないように、だったけど。
その呟きの内容で、わたしは面倒なことになりそうな予感がして、自分のモードを切り替える。
「あー、稲田先輩。俺らこれから行くとこなんで、失礼します。いこーぜ?」
「ちょ、待てって外村。どこ行くか知らないけど、俺達と一緒に行かねーか?これから打ち上げすんだけどさ」
もちろんそこの女の子たちも一緒に、と言わずとも秋埜とわたしの方をちらちら見ながら言うのだから、当然そのつもりなのだろう。
大智の部活の先輩、となると無下にすると大智の立場が面倒なことになりそうだし。うーん。
「…しゃーない。オズ姉、リン姉。俺先輩らんとこ行くからさ。三人で先行っててくれよ。途中で抜け出してくるよ」
「…そうね。お麟ちゃん、鵜方さん、行こっか」
「へー、リンちゃんっていうのか。俺、二年の稲田覚ってんだけどさ。ポジション、フォワード。そっちの子は?」
「…稲田くん?私達時間も無いから、ね。また今度にしましょう」
緒妻さんがやんわりと断りを入れてくれる。顔見知りっぽいとこを見ると、緒妻さんもサッカー部の子らの間でも有名なのだろうか…って、まああれだけ人目を憚らずいちゃついてれば当然か。
「いやいや保志先輩。外村には先輩がいるんですから、俺らにもおこぼれくらい下さいよ~」
けど向こうもさるもの。道化を装って下手に出てこられると女子としてはそうそう冷たくも扱えず、大智以外には割かしウブな緒妻さんでは困ったように押し黙ることしか出来ない。
「稲田どしたー?早く行こー…って、外村じゃん。先に行ったんじゃねーの」
そうこうしてるうちに、敵に増援。しかも結構いるなあ…ひのふのみの……あーもう、二人以上なら何人でも一緒だ。
「あー、なんか外村がキレイどころ独占しようとしてたからさあ、ちょっとお裾分けもらおうかと」
「へえ…お、結構かわいいじゃん。ほら外村、先輩がこう言ってんだからさ、お前からも言ってくれよ。どうせお前保志先輩いればいいじゃん」
おーおー、人数が多いと思うと増長するなー。
…でも、学校の前でナンパなんかしてたらマズいんじゃない?
こんな状況でもわたしは場所と状況を計算して、どうしようか展開を組み立てる。問題は、大智の立場が悪くならないように穏便に断らないといけないところだ。普段、同じ学校の男の子に対するようでは駄目だろう。
そう思って口を開こうとすると、わたしの少しうしろに下がっていた秋埜が一歩大きく踏み出していた。
…秋埜はちょっとマズい。ギャルっぽい見かけであんまり雑な応対すると大智の見られ方に悪い影響を与えそうだ。
「…ちょ」
「こんにちは。わたし、大智の幼馴染みの中務っていいます。誘ってもらって嬉しいんですけど…」
隣の秋埜を肘で
びっくりしたように固まってわたしを見る秋埜の視線を横顔に感じながら、わたしは続ける。
「…ちょっとこれから用事があるので、ごめんなさい」
「えー、そんなの後でもいいじゃん。リンちゃんだっけ?サッカー興味あるんでしょ?俺らまだレギュラーじゃねーけどさ、結構やれてると思うんだよねー。今度の試合とかの予定とか教えてあげるしさ、少しだけ時間とってもらえないかなー?」
結構食い下がるなあ。体育会系で名門校に所属してるとなると、こんなものなのかな。
「そうですね。試合、見させてもらったんですけど、みんな格好良かったです」
試合内容なんか大智以外さっぱり見てなかったので、当然お世辞。おまけで、苛立ちを全面に
「……え、あ、うん。ありがとお……」
「…あ、あはは…そう言われると、はは…」
…うん、何とか上手くいったっぽい。
それじゃ、あとはこっちの主張を述べて退散させてもらうとしましょーか。
「けど、ごめんなさい。どーしても外せない用事なんです。また今度機会あったら、ってことで…」
「あ、じゃ、じゃあさ、連絡先交換しようぜ?LINEならすぐ連絡とれるからさ、また来てくれよな!」
…あー、なんかだんだんウザ男化してきた。面倒くさいなあ…ホント。
顔面にはりつけた愛想笑いが崩れかけてるのを自覚する。マンガだったら青筋でも描かれてるトコだろうーなー…。
しかたない。ちょっと強めに…
「ダメです!センパイはうちのものなので、あげません!」
「わぷっ!!」
…言おうとしたところで、急に隣から抱き込まれた。というか、秋埜…わたしの顔、胸に埋まってるんだけど…。
「え、あ、あのさ、君ら女の子同士だろ…?そーいうのはちょっと…」
「そ、そうそう。そんな困ったこと言わねーで君も一緒に行こう…ぜ?」
おい。それは秋埜が要らないオマケみたいで、わたしとしても大変腹が立つのだけど。
「うちのことはどーでもいいっす。でもセンパイと一緒がいいので。帰ります」
顔が隠れてるので秋埜の表情は分かんないけど、どーも怒ってはいるっぽい。
いやそれよりも…なんか、いい匂いがして頭がぼーっとしてくる。なんだこれ。秋埜の匂い?
わたしよりも大分豊かな胸に包まれて、そんなアホなことを考える。
「はい、センパイ。帰りましょ?じゃ、これで」
秋埜がわたしの頭を抱きかかえたまま踵を返すので、それに思いっきり引きずられるようにわたしも場を去らざるを得なくなる。や、それは別に構わないとゆーか、ありがたいんだけど…もうちょっと、こう、この状況を楽しんでもいたいかもー…とか……。
「ああ、あと校門で女の子をしつこく誘うとか、ちょっとは場所弁えた方がいーっすよ。ほら、あそこでこっち見てるの監督さんだか先生なんじゃないですか」
「ええっ?!…あ、ああ。そうだな」
「…お、おーおー、そういや打ち上げ行くんだった。外村は…ああ、まあいいや。おつかれさん」
「きっ、気をつけて帰れよー…俺らみたいなナンパ男に会わないよーになー…」
ああそうだ。大智の立場とか大丈夫なんだろうか…?
「先輩すいませんっ!俺も失礼します、お疲れ様っしたぁっ!…オズ姉、行こう」
「え?あ、ああ、うん。そうね…」
…まあ心配しても仕方ないか。わたしが庇える状況でもないものね。
・・・・・
「………」
「………」
帰り道。
大智はいつも通りに緒妻さんを送っていくので途中で分かれ、わたしは秋埜と一緒に日の傾き始めた川沿いの土手を歩く。
そういえば秋埜の家ってどこら辺なのか、知らなかったなあ。方角は確かにわたしの家の方だけど、このまま歩いてて大丈夫なのかな。
「………」
そして秋埜の方は、といえば大智や緒妻さんと別れてからはずっと黙りっぱなしなのだった。
怒気…っていうのとはちょっと違って、何か困ったことがあったけど訳あって言い出しかねてる、という感じだろうか。
土手の道は狭いので、並んで歩くのはちょっと危ない。だからわたしは先に立って歩く秋埜の後ろをついていく、という状況。
話す切っ掛けもなんとなく掴めず、わたしは秋埜の背中から目を離さずに、三歩ほど離れた距離をずっと保ったまま。
そんな空気が居心地悪いか、っていうと実のところ全くそんなことはなく、秋埜がどう思ってるのかは分からないのだけど、少なくともわたしは結構足取りなんかも軽く歩いている。
そして、もうすぐ家近くの道に外れるけど、もうすこしこのまま歩いていよーかなー、なんて思い始めた頃だった。
「…センパイ、ちょっといーですか?」
予想通り、というかなんなのか。
やっぱり困った顔で振り返り、わたしが少し見上げないといけないような距離で、ずっと結んでいた口を開いていた。
「えっと。ちょっとお小言、言ってしまいます」
なんだろう。
わたしは返事代わりに首を傾げて、先を促す。
「あーいうの、止めにしません?」
「ああいうの?」
…って、先程の揉め事未満のことを指しているのだろうけど。でもあれはわたしから首突っ込んだわけじゃなく、むしろ絡まれた方だと思うのだけど。
「あれは仕方ないんじゃない?気をつけるべきがあるのだとしたら場所の選択とかだろうけど、でもあの場所だから上手いこと逃げられたようなものだし。そういえば秋埜の機転のお陰だよね。ありがとね」
「…はぅ……あ、いえ、そーいうことじゃなくて。いえお礼の方はどういたしましてといいますか、センパイが無事ならうちはそれでー…じゃなくて」
別にそんなに照れなくてもいいんじゃないかなあ。わたしにしては珍しく素直にお礼を言ってるんだから、むしろ威張ってもいいくらい。
「うち、センパイのあーいうところ見るのイヤなんですよ。そのー…男の子に媚び売ってるみたいで…」
んむ…そっちか。いやそりゃーわたしだって好き好んでやってるわけじゃないけど。
「好きでもなんでもない男の子にああして愛想振りまくのって、疲れません?まー、うちみたいなギャル崩れに言われてお前が言うな、って思うかもしれないっすけどー…」
「別に秋埜のこと、そんな風には思ってないよ?でもわたしがああいうことに慣れてるって、どうしてそんなこと知ってるの」
「まー、前の話の続きみたいになりますけど…うち、センパイのこと追いかけるみたいにして今のガッコー入ったじゃないですか。で、センパイの評判みたいなのっていろいろ耳に入るんですよ。でも、うちの知ってる麟子センパイとはなんか違うなー、って思って。小学生の頃、センパイってそのー、女の子らしくするの、意図的に避けてましたよね?」
まあ別に隠すようなことでもないので、その指摘には頷いておく。
「で、こないだ実際に会って、センパイの中身はそんな変わってないなー、って思ったら、そーいう風に振る舞ってるのって好きでやってるわけじゃないのかな、って気がついて」
……わたし、固まる。
あるいは大智とか緒妻さんは気がついているのかもしれないけど、実のところそんな風に咎められたりはしてなかった。
二人ともわたしが女の子らしくすること自体は、別に悪いこととも思ってない風だし、二人への接し方なんてわたしの方で意図的に変えようと思ったことはあったけど、結局うまくいかなくって結構素のまんま。変わったのだとしたらきっと、作った方にひきずられて、って程度だと思う。
だけど、再会して数日の秋埜にそう指摘されるとは思ってなかった。
「らしくないです。ああいえ、うちがそんなこと言うのは図々しいっていうか余計なお世話かもしんないですけどー…あの、センパイ」
身動ぎ一つしないわたしを不審に思ったのだろうか、秋埜は一歩下がってわたしの様子をうかがう。
けど。
まあ。
何て言うか。
「…秋埜はほんとーに、いい子だよね」
その点だけは、伝えておかないといけないのだろう。
「うん、確かにわたしは思うところがあって、こーいう風に振る舞うことを心がけてたよ。でもね、最近それも無駄になるかなー、って思ってちょっと迷ってた。だから、秋埜がイヤだって言うなら、止めるよ」
ホッとした顔。秋埜のそんな表情で、不思議とわたしも安堵する。
「………えーと」
そんな中でもまだ何か聞きたいことでもあるのか、言葉を探す様子。
「…いえ、もう大丈夫です。センパイ、うちのワガママ聞いてくれて、ありがとーございます」
その迷った先に何を言い出そうとしたのか。
気にはなったけど、今のわたし達の間で持ち出すことでもないんだろう。
不意に風が吹く。
秋埜の背中から吹いたそれは、彼女のざっくばらんにまとめた栗色の髪を揺らし、わたしの全身を覆う。
その中に秋埜の気配を感じ、わたしは欲しいな、と思ったものをそのままに乞う。
「…あーきーの。ちょっとこっち来て?」
「はい?」
さっき下がった一歩を取り戻す。
わたしは、手を後ろに組んで身体を曲げ、目の前の秋埜の胸先に顔を寄せた。
「…すんすん。うん、やっぱり秋埜の匂いだ」
「ちょっ、センパイなにやってんすか?!」
胸元を両手で隠して後ずさる秋埜。もったいないなー。
「いーじゃない。わたし、秋埜の匂い好きだな」
かるくむくれて、けど次の瞬間浮かんだ笑顔はわたしの本心。
慌てた秋埜は顔を赤くして抗議の声をあげる。
「センパイっ!!そーいうのは止めてくれるって言ったじゃないですか!」
「えー?男の子に愛想でするのは止めるって言ったよ。でも秋埜に本気でするなら構わないよね」
「セーンーパーイー…勘弁してくださいよ、もぉ……」
好きなものを好きっていうのの、何が悪い。
まあ、開き直りと言ってしまえばそうかもしれないけど、言うことをきいてあげたのだから、ご褒美の一つだとでも思えばいいや、とまだドギマギしてる秋埜の様子に、愁眉を解くわたしだった。
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