第6話・初デート、再会付き

 次の日曜日。

 わたしと秋埜は、大智が通う高校のサッカー部の練習試合、というものを見に来ていた。

 よくは知らないけど、冬の選手権とは関係の無い、一、二年生主体の新しいチームによる練習試合が行われるから来てみないか、との誘いだった。

 秋埜の方も大智とは面識あるし、久しぶりに会ったらどうかと提案したところ、殊の外に乗り気で一緒に来ることになったのだ。


 「デートっすねー」


 ちがわい。

 …と無言で毒づいてはみたが、実際隣を歩く秋埜は確かに付き合いの長い二人のデートなんじゃないか、ってくらい絶妙のコーデで、ほとんど近所に散歩するような普段着で来たわたしが場違いに思えるくらいだった。


 まずパンツは制服のときが冗談に思えるようなダメージジーンズを自然に穿きこなし、上半身は多分メンズのものだとは思うけど、シャツをラフに着込んでいながらも胸元のアクセで女の子っぽさを演出している。

 ハーフコートは多分どっかのブランドものだろう品の良さがあって、それを羽織って立つ足下がハイカットのバッシュとなると、アンバランスだけどどことなく男装の麗人というか、女の子がつい振り向くよーなスタイルというか。髪は栗色のクセっ毛を下ろして先に近い所で無造作にまとめているだけなので、余計に男の子っぽく見える。

 …なるほど、わたしと並んでいたらデートに見えなくもないかもしれない。


 「それでチー坊ってそんなにスゴい選手なんですか?」

 「さあ?わたしサッカーのことはよく分かんないし。ユースに落ちたって聞いたことはあるけど」

 「え、ユースってJリーグの?へー、あのチビのチー坊がユースのセレクション受けられるとはねー。不思議なこともあるもんすねー」


 不思議て。そこまで言うか。


 「でも五年生までの大智しか知らないなら多分見違えると思うわよ。ふふふ、惚れるナヨー?」

 「惚れませんて。どんだけチー坊の情けない姿知ってると思ってんすか、うちが」


 それに関しては同感だけど、ギャップで見惚れる、ってことがあるものね。緒妻さんのことを思うとちょっと心配。


 「お麟ちゃーん!」


 と、心配した時に当の本人から声がかかる。

 大智が自分の試合見せるのにわたしだけ呼ぶはずもないのだから、当然緒妻さんもいる。というか、わたしがむしろオマケなのだろう。


 「試合もうすぐ始まるわよ。大智は先発じゃないけど、交代で入るかもって言ってたわ。えと、その子が噂のアキちゃん?」


 秋埜のことはあらかじめ緒妻さんに伝えてあったから、この反応は不思議でもなんでもない。


 「ども。鵜方秋埜です。えーっと、チー坊の彼女さんの保志さんでしたっけ?」

 「そんなぁ、彼女だなんて…」


 いやあなた彼女どころか許婚でしょうが。

 くねくねと身もだえしながら照れる緒妻さんを見て秋埜は、「…おもろいひとっすねー」と感心したようにわたしに言う。なんというか、この子も大概大物だった。




 練習試合は大智と緒妻さんの学校で行われるから、案内を緒妻さんに頼み、校舎の向こう側にあるサッカー部のグラウンドに案内してもら…ったのだが…。


 「…あるとこにはあるもんなんすねー、サッカー部専用のグラウンドって」

 「…え、もしかして緒妻さん、この学校結構な強豪校なんですか?」

 「強豪もなにも、高校選手権全国大会の常連よ?大智もユース落ちたとはいえ、この学校から誘われたんだから十分有望だわよ」


 …知らなかった。

 口をあんぐりあけてむしろ呆れてるわたし。


 「あとこの敷地内のグラウンドの他に専用の練習場あって、部活の時はバス通いしてるわ。お金ある学校ってやりたい放題ねー」

 「…ここまでやんないと高校選手権って勝ち上がれないもんなんすねー。そこらのJリーグのユースチームより設備いいですって、これじゃ」

 「もしかして秋埜ってサッカー好きなの?」

 「父親の影響なんで。週末になると娘ほったらかしにしてユニホーム着て出かけてます」


 苦笑、ではあるけどイヤそうではなかったから、秋埜はお父さんとの仲は悪くないんだろう。


 「あ、ほら選手のみんな出てきたわ。大智、わかる?」


 程なく、試合をする選手たちが姿をあらわし、めいめいに準備運動を開始する。

 両校の選手が同時に出てきたので、ユニホームの見方が分からないわたしにはどっちがどっちか分からなかったけど、まあ流石に大智の背中なら分かる。


 「あそこの背番号40番。名前あるから分かるでしょ?」

 「おー、あれですね?わー…チー坊おっきくなったっすねー。うちと大して変わりなかったのが悪い夢みたいです」


 そりゃ大智にしてみれば芳しくない思い出かもしんないけど。いくらなんでも悪夢級は言い過ぎじゃない?


 「試合終わったらミーティングして解散だから、学校の外で合流しましょう」

 「そうですね」

 「うー、なんかワクワクしてきました。あのー麟子センパイ?ガチで応援してもいいですか?」

 「一緒にいるわたし達が恥ずかしいからやめて…」


 結構この子もお父さんの影響が濃いんじゃないかなあ…。




 試合の方は、というと練習試合ということなのか、メンバーも頻繁に交代する中で大智にも出番があり、何度か味方のピンチを救ったように見えた場面もあった。

 その度に緒妻さんが声援を送り、何やら感情移入でもしてか時折立ち上がって秋埜まで一緒に、この学校のチームを応援してたので、二人の間にいるわたしとしては人目が気になって仕方なかったのだけど…なんてゆーか、美人の先輩に応援されてる大智があとでエラいことにならなければいいなあ、という心配の方が先に立って。

 …まあでも、それくらいは我慢してもらわないとね。ざまーみー。


 「結局試合って勝ったんです?負けたんです?」

 「さあ?スコアボードも使ってなかったし、あまり重要じゃないんじゃないかしら」

 「練習試合ですしねえ…」


 試合が終わり、校舎内に引き上げる両チームの選手を見送る中、あまりわたしに分からない内容の話でかみ合う二人。

 中に入れなくて無聊ぶりょうをかこっていると、秋埜がそれに気付いたのか声をかけてきた。


 「…麟子センパイ、そろそろ行きます?」

 「あー、うん。そうね。緒妻さん、いいですか?」

 「私はいつでも。…それにしても、すごく仲良くなったものね、二人とも」

 「え?」


 立ち上がったわたし達を見上げながら、緒妻さんが感心したように言う。


 「だって、麟子センパイ、秋埜、って呼び合うのって、小学生の頃に会ってたっていっても不思議な感じ。ふふ、大智が繋いだ縁だって思うとちょっと楽しいな」


 思わず秋埜と顔を見合わせる。

 わたしとしては、秋埜が望んだことでわたし自身にも否も応も無かったので、そういうことになっているだけなのだけど。そんなに周りからみて変なコトなのだろうか。


 「…そーですね。うちとしては麟子センパイのコト大好きですから。チー坊には感謝してますよー」

 「あらあら、ごちそうさま。じゃあ、行きましょ?ミーティングっていってもそんな細かい話するわけじゃないみたいだし、そんなに待たなくても出てくるわ」


 うーん。

 緒妻さんは軽く流したみたいだけど。

 なんか、わたしのことが大好き、って言った秋埜の声に、どっか真剣なトーンが感じられたような、気のせいのような…。

 あーいやいや、そんなこと考えるだけで自意識過剰だ。大体、女の子同士じゃない。それは秋埜はギャルっぽい外見の割に結構可愛いとこあって、今日みたいに男の子っぽい恰好も似合うけど、間違い無く女の子だ。何考えてんだろう、わたし。


 「ほら、麟子センパイ。行きますよー。それとも迷子にならないように手でも繋ぎましょうか?」

 「あのね秋埜。わたし、先輩。あなた、後輩。ちょっと考えて」

 「背はうちの方が高いですけどねー」


 それを言うない。ついでに出るトコも、と考えて思考停止。考えたら駄目なことは、人類にいくつもある。

 でもそれでも。

 秋埜に、大好き、と言われてほんの少し、胸が高鳴ったことだけは、考えるのを止められはしなかった。




 「あれ、チー坊先に待ってたんですかね?」

 「え?あ、ホントだ。おーい大智ー」


 三人一緒に校門のところに来ると、意外にも大智の方が先に来て待っていた。

 まだ少し距離はあったのだけど、声をかけると大智も気付いたようで、ボストンバッグを担いだまま両手を振ってくる。なんともワンコのようで、可愛いやっちゃ。


 「大智ー、格好良かったよ!」


 そして我らが緒妻さん。駆け出して飛びつかんばかりの勢いだったのだが、如何せんこの人は属性として運動音痴に属する。あまりカッコ良くなく駆け寄って、抱きつこうとしたところで大智に止められた。


 「止めろってオズ姉!まだ他のみんなが出てくるんだからさ!」

 「そんなの関係ないわよ、大智格好良かったんだから、褒めさせて!」

 「今日はそーいうことする日じゃねーだろってば!ほら、リン姉もアキも来てんだろ、呆れてるぞ!」


 うん、こればっかりは大智に同意する。

 ごちそーさま、とすら既に言えない領域に踏み込まれている。食べ放題の餃子を三十個ばかり無理矢理食べさせられたような気分だった。


 「…久しぶりに小学校の同級生に会ったらとんだドンファンになっていた件」


 秋埜もわけのわかんないことを言っていた。

 他に出待ちの女の子でもいれば話は別だけど、高校のサッカー部くらいでそんなものがあるわけもなく、悪目立ちする中で緒妻さんを秋埜と二人がかりで引っぺがすのだった。


 「…ったく、オズ姉の暴走も段々磨きが掛かってきてやってられないって。なあリン姉、俺とオズ姉会う時は一緒にいてくんない?も、最近止めるのに苦労してもー」

 「…わたしに転校しろとでも言うつもり?人生の責任とってくれるなら考えてもいーけど」

 「んな学校変わるくらいで大袈裟な…いや冗談だからそんな睨むなって」


 緒妻さんのことでわたしに無茶振りするのだけは許しません。

 まあ気分としてはそんなところ。


 「で、そっちが…あー、アキ?なんか随分デッカくなったなあ…」

 「女の子に言う台詞かね、それ。大体デッカくなったっていうならチー坊の方がよっぽどでしょ」


 大智が百八十…の一とか二だったっけ。秋埜も女の子としては背が高い方に入るだろうけど、男子としても図抜けてる大智に比べると、もう話になんない。いや、そもそも比べることじゃない、ってことだけど。

 ホントにね。わたしが知ってる頃から…えっと、四年くらいでここまで差がついちゃうんだなー、って。そんな変な感慨に浸る、わたし。


 「…それにしても、大智のことを『チー坊』なんて呼ぶ子初めて見たわ。ねえ鵜方さん、その呼び方何か謂われでもあるのかしら」


 一方、変なコトに興味を持ったのは緒妻さんの方。


 「いえ別に謂われとかいう程のものは無かったよーな…」

 「あるって。確かあの頃俺よりアキの方が、ほんーのちょっとだけ背が高かったもんだから、それで俺をバカにしてチー坊って呼んでた。チー、の方は知らんけど」

 「チーは普通に大智のチー。別にバカにしてたわけじゃないと思うけど」

 「いやしてただろ。ってかあの時リン姉が助けにきてくれるの、お前ワクワクして待ってたじゃん。あれどういうことだよ」

 「そんなことしてない!」

 「いや、してたね。二回目以降はなんか余裕だったもんな。俺がビクビクしてる横でワクワクとかって、無いわー」

 「勝手なこと言ってんじゃねーわよこのウドの大木!」


 …うーん、なんかわたしにとっても聞き捨てならない話になってきてる。まあでも、久々の再会でいきなりケンカするっていうのも勿体ない話だし、一応止めておくかな。


 「あーきーのー?ケンカするならもう帰るわよー?」

 「あう…えと、麟子センパイ…怒ってます?」

 「怒ってはいないけど。でも勿体ないよな、って。折角久しぶりに会ったんだから、もうちょっと実のある会話したらどうかな、と思うんだけれど」

 「…ハイ、その通りです…スミマセン…」


 …うーん、友だち付き合い初めて僅か数日だけど、普段わたしのコトは転がして遊ぶような真似する割に、わたしがちゃんと注意する時はこうやって素直なんだよね、この子。

 聞き分けがいい?っていうか…そういうのとはちょっと違って、わたしが怒ることにちゃんと正当性を認めているっていうか…うーん、上手く言葉に出来ない。


 「ほら、大智も。女の子と喧嘩するよーな男に育てた覚えないからね?」

 「オズ姉に育てられた覚えはなー…あー、はい。悪かった、アキ」

 「ん。お互い頭上がらない相手いて、なんだかねえ…」

 「だな…」


 そんなことで意気投合しないで欲しい。

 頭上がらない相手同士、ということで顔を見合わせて苦笑する、緒妻さんとわたしだった。


 …そしてそれはそれで、心和むやりとりが落ち着くと。


 「あ、外村まだいたのかよ。先急ぐからって行ったのに何して……何してんの?」


 無粋というか、面倒というか、ともかくこの場に似つかわしくない声が、聞こえてきた。

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