第3話・ふぁーすとこんたくと
…いや、待って。
ちょっと待って。
冷静に考えると、一言目がまずおかしい。
この子、相原教諭によればわたしのパーソナルデータとか調べ上げて持っていたって話のはず。
なのに、本人目の前にして「どちら様?」ってのはないと思う。
あり得るとすれば、この子はわたしの容姿その他外見の情報を一切持っていなかったか、あるいはわたしが相原教諭に担がれていたか。
前者は…うん、まず無い。絶対無い。というか、わたしに興味持つのに私の顔を見たことがないなんてことはあり得ない。というか許さない。わたしの努力をなんだと思っているのだ。
となれば後者…相原教諭に担がれていたか、からかわれていたか。
恨みを買う理由はないし、わたしがからかいたくなような面白い性格をしていると言われれば、否定こそしないが、愉快なはずもない。でも好きな子を構いたくなる気持ちというなら、それはありかもしれない。理解したいとは露程にも思わないけれど。
つまり、だ。
真のヒロインは相原教諭だったということなのか。これはもう冒頭を書き直してもらわなければならなくなってきた。どこの誰が何を書き直すかは知らないけれど。
「もしもーし、センパイ聞いてます?」
「待って。いろいろ行き違いあってこれから相原先生シメに行かないといけないから」
「あ、オバさんのトコです?面白そうだからついてっていーですか?」
「…オバさんていくら何でも酷くない?先生三十にはなってなかったと思うのだけど」
「二十八でしたね、確か。婚期がどーのこーのってこないだお酒飲みながら青くなってましたよ。親戚の人らには面白がられてましたけど」
「え、何その面白エピソード。興味あるから聞かせてもらえない?反撃のいい手が…じゃなくて」
身を乗り出しかけたところで我に返る。
なんか全体的に派手で緊迫感のあるナリの割に、ふにゃっと柔らかく笑う彼女には何か、気を許せてしまいそうなものがあった。
わたしは初対面の相手には、自分のイメージの植え付けが完了する前はそれほど素を見せることはないようにしてるのだけれど、いくら混乱していたからって、長年の習慣をあっさり忘れてしまうとは、不覚。
「とにかく、これは助言だけれど三十前の女性に『オバさん』なんて言うのは止した方がいいと思うよ。いえ三十越えてたって止めた方がいいくらい」
「あれ、センパイ何か勘違いしてません?うち名前呼んでただけですって」
名前?
ああ、そういえばわたし、相原教諭の名前知らなかったのだっけ。
「相原大葉。大きい葉っぱ、って書いて『おおば』。あの刻んで薬味にすると美味しいヤツですよ。本人は煮ても焼いても食えないお人ですけどね」
あはははー、と気取り無く笑う。なんか、焦ったり戸惑ったりしてる自分が滑稽に思えるような笑い方だった。
「…大葉は本来煮たり焼いたりするものじゃないのだけれどね。まあでも何か勘違いがあったみたいだから、後で話をしにいくことにするわね」
「うい。何があったか知らないけど、悪い人じゃないんで、どーかお手柔らかに、っす」
にこっと笑って彼女は軽く頭を下げた。
…なんていうか、ギャルっぽい見かけに先入観を抱いてしまってたけれど。
確かにちょっと雑っていうか、礼儀正しいとかゆー秩序っぽい振る舞いはなかった。
でも、…不快じゃない人懐っこさで、どことなぁく、ちょっと不思議にささくれ立っ…イライラしてたわたしの気分が溶解するような気はした。
…まあいいか。話の行き違いみたいなのはあったけれど、それが分かっただけでも来た甲斐はあったってものかも。
「それでは失礼するわ。えっと、鵜方さん、またね」
と、一応の問題が解決したのならさっさと退散するに越したことはない。が、これは本気で言った。
派手な外見は正直言ってわたし自身好き好んで真似するようなものではないけれど、とても好感の持てる笑い方をする子だと思ったし、あとはまあ何よりもキレイな女の子である、というのが大きい。この点に限れば見習いたいものだと、思う。
まあそういうことだから、繋ぎを作っておくのも悪くないのかな、と我ながら打算的なんだか素直なんだか分からない気分で一年三組の教室を出ようとした時、何かを思いだしたように彼女が背中から声をかけてきた。
「センパーイ。うち、まだセンパイの名前聞いてませんケド」
…そうだっけ?確か名乗ったような覚えはあるんだけど、と考えたところでハタと手を打つ。そういえば、最初に迎え出てくれた子には名乗ったのだけれど、この子には名乗っていなかった。
なんかもう、凄く今更な感じがしてどうなのコレ、と苦笑。
けど、なんだかそういうことを曖昧にしておくのを勿体なく感じていた。や、勿体ないってのも意味不明なんだけれども。
ともかく、踏み出した右足を軸に、回れ右。彼女に名前を名乗れることが、なんとなく誇らしく思えて軽く胸を張る。
…それでも間近にいた彼女を見上げる羽目になって、先輩らしさってなんだろう、と思う。
仕方ないので手を後ろに組んで、ちょっと格好いい男の子に向けた仕様に、チェンジ。実際にやったことは無くって、練習だけはたっぷりやってというのが、少し情けない。
けど、これならこの子みたく飾らない系の女の子には少し効果あると思うんだ。
そうしてニコリと、スマイル一発。それから、余裕ぶって、名乗る。
「それもそうだったね。わたし、中務麟子。二年二組。よろ…し……く?」
…のだったけれど、わたしの、自己主張をたっぷり込めた自己紹介は、最後の方が途切れてしまって変なコトに。
あれ、もしかして効果ありすぎた…?
………なんて、自意識過剰に類するバカげたことを考えてしまうのも、わたしの名乗りを受けた彼女の表情が一変していて、ついそこに注意が向かってしまったからだった。
それは、懐っこいわんこのようなそれとは真逆の落ち着きの無さとでも言うか。
さながら子猫が失敗を取り繕うように気まずい雰囲気を醸し出しているような。
そんな感想を抱いてしまう程に、目の前の鵜方秋埜という女の子はうろたえた姿をわたしに見せてしまっていた。
というか、わたしの名前でこんなに動揺するってことは…まさかとは思うけど心配ごとが当たってしまった、ということなのだろうか。
「…マズったなー……」
聞こえているとは思ってないだろう、彼女のつぶやきが余計に不安をあおる。だからそーやって顔を赤くしながら気まずそうにチラチラこっち見るのをやめて欲しいのだけど。そういう反応は慣れてるといえば慣れてるけど、余計な前情報押しつけられたせいで居心地悪くなるんだってば!
思わず二、三歩後ずさり。
それに気づいた先方は「あ…」という顔をして何事か言いかけたけど、それが切っ掛けみたいなもので、わたしは挨拶もそぞろに、多分「じゃあ!」くらいは言ったと思うんだけれど、ともかく辛うじて一目散という表現は逃れるくらいの勢いで、その場を後にしたのだった。
振り返る間なんかなかったから、去り際にあの子が悲しげにしてたかどうかなんて、わたしには分からない。
…分からないんだってば。
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