第2話・幼馴染みのツートップ(ポジションはゴールキーパーだけど)

 で。

 言われてそのまま会いに行こう、とわたしが思うかというと全く以てそんなつもりはない。

 というか、あんな紹介のされ方(相原教諭がそのつもりだったのだとすれば、だけど)でほいほいと顔を見に行くとかいう方が有り得ないと思う。普通は。


 「そーかなあ、面白そうだと思うんだけど。リン姉も大概ビビりなんだよな、肝心なときには」

 「では逆に聞きたいのだけど。下級生の男の子が自分に対する興味を綴った紙片を見せられて、じゃあ面白そうだから会いに行こう、なんて思うというのかな、キミは」

 「思う思う。つーか俺のファンだと思うとむしろ愛しくなんね?」


 ええい、これだからさわやか体育会系男子は!

 わたしは隣を歩く詰め襟姿の男子を威嚇するように唸り、そして意にも解さぬ様子にさして効き目も無いことを知って落胆し、また一際肩を落とすのだった。

 それはまあ、「ボールはともだちだから!」などとどこかの漫画に影響されたことを大まじめに唱えながら、身体に比べて大きなサッカーボールを追いかけていた子供の頃から知っていれば、向こうだってわたしのこーいう無聊のツボ、みたいなものは心得ているだろう。


 外村大智とのむらだいち

 名前に反して考えるより先に手足が出るような性格に育ったこの子はまあ、小学生以来の付き合いだ。

 といって別に幼馴染みとかそういう親密な付き合いがあった、というものではなく、小学校の頃に身体の小ささから、よくからかわれたり苛められていたりしていたのを、一つ年上であるわたしが助けてあげていただけのことだ。それで一方的に懐かれてたことは、私より二十センチ以上背が高くなった今では微笑ましい思い出と言っていいものなのやら。一度本人に問うてみたいものだ。


 「それで今日は部活の方はよかったわけ?」

 「よくはないけど。でもまあ、他ならぬリン姉のSOSとなれば駆けつけてやるって」


 実は苛立ちをぶつけて憂さ晴らししてやろうと思って、わざわざ隣の学校に通う大智を呼びだしたのだけど。

 でもまあ、部活をサボってまで顔を見せに来てくれたことに免じて、それは勘弁してあげることにする。何せ、あれだけ大事にしているサッカー部より優先してくれたことだから、ね。


 …それにしても、去年に地元Jリーグチームのユースセレクションに落選したと悔し泣きしていた時を思い出すに、随分と逞しくも頼もしく育ったものだと思う。男子三日会わざれば刮目せよ、というが、わたしの背中でぴーぴー泣いてたチビの時分を知っているだけに尚更に感慨深い。

 考えてみれば、人当たりは良くてサッカー選手としても結構有望(ユースチームに入れなかったのは、同期にとんでもない同じゴールキーパーの選手がいたからと言っていた)っぽい。脳筋かと思えば実は抜け目が無いところも多々あり、背は高く顔もどちらかと言えば女子受けは良さそうなのだ。

 年下という点は少し引っかかるが、わたしの将来設計に欠くべからざる要素としてあげることに躊躇いは無い…と言いたいところなのだけど。


 「でも女の子から秋波送られるなんて、お麟ちゃんらしくて微笑ましくない?」


 親同士が決めた許嫁いいなづけ、などとゆー今時昼ドラでも見かけないような存在がある男の子とどうにかなりたい、なんて面倒くさい真似はしたくないのだ。


 「羨ましいよーでしたら喜んで代わってあげますけど、緒妻おづまさん?あとそうと決まったわけじゃないので、あんまり怖いこと言わないでください。というか今時秋波て。あなた幾つなんですか」

 「え、綺麗な日本語って感じで良いと思うんだけどな。それに私には大智がいるから遠慮しておくわね」


 そう言って彼女は、大智の腕をとって心底しやわせそうに、にへらっとするのだった。

 全く。わたしでは到底とり得ない路線をまっしぐらに進める美人だというのに、大智にべた惚れなのを隠そうともしないおかげで相変わらずポンコツ美女な人。それが保志緒妻ほしおづま、その人なのだった。

 …時々思うんだけれど、本当にこの人、高校三年生なんだろうか?


 三人で会ったのは久しぶり、というより高校生になってからは初めてだったんじゃないだろうか。

 小学生の頃は、互いの家が近いことと、緒妻さんと大智がそんなにべったりじゃなかったこともあって、わたしも揃って一緒だったことが多いように思うのだけれど、大智が中学に入る頃になると…それはまあ、なんというかこの子もそーゆー年頃で緒妻さんを意識し始めたり、なんだか思い出すと少しカユくなる話なのでわたしとしても深くツッコミはしない。

 …しないんだってば。


 「たまにはお麟ちゃんと遊ぶのもね。また三人でどこか行かない?」

 「って、オズ姉は俺の知らないところでリン姉と会ってんだろー。どうせ俺が合わせられないんだし、無理に決まってんじゃん」

 「ぶー。お麟ちゃん口実にすれば部活だってサボるくせに」

 「オズ姉はしょーもないことで何度も呼びだしてくるから、とっくに狼少年状態なの!…でもまあ、部活が本当にヤバい時には呼びださないだけまだマシなんだけどさ」


 そうなのだ。

 わたしと緒妻さんは、違う学校とはいえそこそこ顔を合わせているのに、大智とわたしはまあ、すっかりそんな機会が無くなっている。

 もっとも、緒妻さんが目を光らせてるというかわたしと大智が会うことにやきもち妬くせいもあるんだろうけど。ちょっと嫉妬深い姉さん女房、っていうポジションをすっかり確立しているものだからなあ。

 そんな心配しなくたって、わたしも大智もそんなつもりないってのにね。




 そして学校帰りで合流し、秋も深まるこの時期のこととて暗くなるのも早い。

 わたしの悩み相談、的なものは早々にうっちゃられてしまっているので、互いの近況についてとか、毒にも薬にもならない話をするうちに、緒妻さんが別れる角に辿り着いた。わたしと大智の家は三軒離れただけなので、本来であれば緒妻さんとはここで「またね」と手を振って去って行く場面なのだろうけど。

 いつ頃からか、こうなった時にはわたしが何か用事を思いついて一人家から離れる方角へ歩み去り、大智はそれじゃあと緒妻さんを送っていくのが当たり前になっている。

 だから、今日も同じように買い物でもして帰ろうかと思った時だった。


 「…お麟ちゃん、ちょっといいかな?」

 「え?」


 寄り道の口実を口にしかけたわたしを制するように、緒妻さんが声をかけてくる。

 大智の方も、何事かと首を突っ込んできたのだが、


 「あ、大智はごめん、女の子同士の話するから先に帰ってて。今日は送らなくてもいいから」


 と、普段に似合わない強い調子で拒まれ、一応は待とうとでもしたのか口元をむにょむにょ動かしていたのだけど、緒妻さんに軽く睨むように上目遣いの視線を向けられると、肩を落として一人で立ち去っていった。


 「…えーっと、いいんですか?」


 気のせいかもしれないけど、こちらを振り向いていた大智が未練がましく見えて少し気の毒に思い、なんとなく緒妻さんを咎めるような口調になってしまった。


 「いいってば。…で、ちょっと歩こうか?」


 わたしの同意を待たずに先に立って歩き始める緒妻さん。なんていうか、迷いつつ、って感じの少し頼り無い感じがした。

 仕方なく後をついていくわたし。この方角だと確かに緒妻さんの家の方だけど、なんだか家に戻るつもりはない、というか家に帰りたくなさそうにも見えて、不安が募る。

 放っておかない方がよさそうな雰囲気だ。

 そのまましばらく、前後になって歩く。誰かの背中だけを見て歩くなんて、小さい頃に親の後をついて歩いた時以来のような気がする。


 「ううん…何から言えばいいのか」


 わたしの方から声をかけるのも何が違う気がして黙って歩くことがしばらく続いた後、不意に立ち止まった緒妻さんはやおら振り返り、困った顔でそんなことを言う。

 一体何を言い出すつもりなんだろう、とついクセで小首を傾げながら次の言葉を待った。


 「道ばたで聞くような内容じゃないのかもしれないけど、もしかしてお麟ちゃんって、大智のこと好きだったり、する?」

 「…はい?」


 いや、ちょっと待って。本当にこの人は何を言い出すのだ。


 「唐突でごめん、一応確認しておいた方が良いかなって思って。いやでも確認したからって私が態度変えるわけじゃないけどね」


 それはまあ確かに、どー見ても大智に首ったけって感じのこの人が、他の誰かが大智を好きだからって何か変えるとも思えないんだけど。

 でも、それをわたしに一々宣言する必要なんか無いんじゃないかなあ。

 それは大智は小さい頃からわたしの周りをうろちょろしてた可愛い弟分だったし、付き合いの長さだけで言えば緒妻さんよりもわたしの方が長い、なんてこともある。

 それでも、今大智のことを一番好きなのは緒妻さんだし、大智だって満更でもないどころか、中学入ってからの頃を見てれば、そーいうことだっていうのは分かる。

 そしてわたしは、こうして仲良くしてる二人を見るのは、結構好きなのだ。

 自分が知ってる二人が、お互いを好きでいて大事にしている、って分かるとほんのりと自分もしあわせにひたれるのだ。

 だからわたしのことなんか気にしなくてもいい。

 …って、ことをかいつまんで緒妻さんに、伝えたのだったが。


「無理してないんだよね?」


 何か伝わらなかったことでもあったんだろうか。少し懐疑的…という言い方が正確じゃあなければ、探るようなニュアンスで念押しされ、流石にしつこいなあといくらか辟易する。

 それでも表情だけでわたしのそんな気分は伝わったっぽく、緒妻さんは矛を収めていつも通りののんきな空気に戻り、あとはここにいない大智のこと…とは無関係な言葉をいくつか交わしただけで、特に何事もなく別れたのだ。


 …まあでも、少し疲れたかな、とは思ったものだ。



 ・・・・・



 翌日の放課後、わたしは一年三組の教室に向かっていた。


 ………いや、待って欲しい。

 別に心変わりしたとかそんなんじゃなくって、昨日家に帰ったらなんだかそんな気分になっただけだ。他意はない。

 とにかく、一時の気の迷いとかそーいうものじゃない証拠に、朝になっても昼を過ぎても放課後を迎えても、わたしの行動は変わっていない。だから何も問題は、ない。ないよね…?

 いや誰に聞いているんだ、わたし。なんだか落ち着きがない気がする。大丈夫、わたしはわたし。今日もわたしは、かわいい。おーけー、何も問題ない。


 「………ん」


 意を決して目的の教室の前に立つ。放課後のこととて人の出入りが激しいのか、扉は前も後ろも開きっぱなしだ。教室の中は丸見えだった。

 不審に思われないよう気をつけながら、だけど体を伸ばして教室の中の様子をうかがってみる。

 …考えてみたら名前と性別以外は何も知らないんだった。ダメ過ぎるだろう、わたし。


 「あのー、何かご用です?」


 開いてる扉に額をもたれかけさせて悩んでいたわたしに、救いの手は下された。

 じゃなくて、普通に訊けばよかっただけじゃない。本当に今日のわたしはどうかしてる。


 「ああっと、ごめんなさい。えっとわたしは……たのもう?」

 「頼母さん?二年の先輩ですよね。誰か呼んできます?」


 そうじゃない。道場破りじゃあるまいし。中からこっちに寄ってきて声をかけてくれた下級生に、テンパっている姿を晒して混乱に拍車をかけてる場合じゃ無い。

 落ち着けわたし。わたしは、かわいい。いやそれ二度目。

 でもお陰でセルフコントロールする余裕は出来た。いつも通り、初対面の対人モードに切り替えてにっこり笑う。ほんの少し、首を傾げて上目遣いをするのも忘れない…って、下級生の女の子相手に自然に上目遣いになるのもちょっと情けないなあ。


 「ごめんね、初めて来た教室だからちょっとドキドキして」

 「…あ、いえ別に大丈夫です。そっ、それで誰かに用です?」


 よし、わたしが本気出してしまえばこんなものだ。

 完全に調子を取り戻したわたしは、微かに顔を赤らめた親切な下級生のパーソナルスペースを侵すべく一歩前に出て、ついでに体の前に合わせていた両手を胸に当てて、困ったように見上げて言うのだった。


 「二年二組の中務麟子です。鵜方秋埜さんにお会いしたいんですけど、今いらっしゃいます?」

 「…えっ?」


 その子はわたしの告げた名前を聞いて、動揺を見せた。

 あの、クラスメイトが名前を聞いて驚くような子だなんて聞いてないんですけど。相原教諭の言によれば確かー…。


 「あっきー、客みたいだよー」


 …それは、わたしの目の前の子からではなく、教室の奥の方から聞こえた。どうも今のやり取りが教室のそこかしこの注目を集めていたらしい。目立つのも考えものだ。


 「…あ、あの今来ると思いますから……私はこれで…」

 「あ、う、うん。どうもありがと…」


 そそくさと逃げ出すように立ち去られる。礼が耳に入ったかどうかすら分からないスピードだった。

 そうして、なんだか間の抜けた空気にとらわれて気勢が削がれたその時。


 「うーい、さんきゅー」


 近くまで来るのも面倒くさい、的なニュアンスを含ませた怠そうな声が、聞こえる。

 まだ距離を置いた教室の中、わたしに近付く人影で、当人と知る。

 西日が射す窓を背にしたその姿は。

 クセの強そうな髪は豪奢な金髪に彩られ、それを物憂げに弄る指先は細くしなやかだった。

 それから、わたしよりも大分高い背丈と、小さい顔。その眼は大きく開かれてわたしを見つめ、眼は気の強さを思わせる吊り目が不思議とぴったりに思える。

 スカートの裾はショート丈のスパッツの裾が見えるほどに引き上げられているけれど、そこから覗く足はバランス良く、細さよりも長さを強調しているかのようだ。

 詰まるところ。凜々しい美人という態で。

 こんなキレイな子校内にいたっけ?とわたしでさえも見とれることしきりなのだった。

 そんな彼女が一歩、一歩と寄ってくる。その事実に我知らずどぎまぎし、こんな有様でどーすると内心で叱咤する間もあればこそ。


 「…………」


 わたしに出来ることといえば、わたしより頭半分背の高い彼女を見上げて、息を呑むことしか無かった。


 彼女の口が開く。

 その美しい形の唇からどんな言葉が紡がれるのか。

 神の啓示を待つ信徒のような心持ちで、待ち焦がれるわたし。

 そうして開かれた口から放たれたのは。


 「ういーっす。うちが鵜方秋埜っすけど。センパイどちら様?」


 ………よくよく見れば、金髪と見紛ったのは脱色だか染色だかしたのか薄めの栗色の髪。

 単に日が透けて金色に見えていただけらしかった。

 豪奢、と見たのも単に手入れがなってなくってボサボサなだけ。

 そして何よりも、そのぞんざいな口調。


 …相原教諭の言によれば確か、人格的には一般的ではない、と。


 わたしは、思う。

 ギャルを「一般的ではない」というのは間違ってはいませんが、正確でもないんじゃないでしょうか……。

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