わたしは、かわいい。
河藤十無
第1話・すとーかーが男子だなんて誰が言った?
口幅ったい物言いだとは思うのだけれど、わたしは可愛く生まれついたものだと思う。
や、もちろん某アイドルグループで中心に立てるほど、などとは思っていない。あれはあれで、努力とか才能とか、そういったものが必要とされる世界であって、生まれ持ったものもさることながら、どちらかといえば怠け者に属するわたしなどが関わっていい場所ではない。
けれどそこまでは行かずとも、少なくとも自分の目が届く範囲…町内とか学校内とか…であれば、同じような年代の少女の中でも群を抜いた容姿に生んでくれた両親に感謝をするのは吝かではない、というくらいには恵まれているようには思う。
であればせいぜいそれを無駄にせぬよう、愛想を振りまき反感を買わない程度に慎ましやかに振る舞い、なるべくなら将来性があってそれをゼロにしてしまわないくらいには先が読めて、それでいて人よりすこしだけ外見もいい男性を掴まえて、才能を磨いた努力に見合ったイージーな人生をおくれたらいい、というのがわたしの人生のモットーのはずだったのだけれど。
「…ん、んふ。ふぅ…ん、ん…」
…一体どうして、睫毛さえ触れそうな距離で、下級生の、それも同性と
本当に、誰か、教えてほしい。
・・・・・・
「
「先生、それ以上はいくらなんでもセクハラだと思うのですけど」
「私が調べたわけじゃないわよ。というか立場利用すれば調べられることばかりだし」
「本人を前にして言うのがセクハラだと言っているんです」
それ以前に調べようと思えば、とか教師が言っていいものなのか。いくらさばけた性格で教師生徒を問わず何かと人気のある身とはいえ、個人情報の保護とかいろいろふっちゃけ過ぎではないのか。
そんな意を込めて軽く睨んでやると、流石に思うところがあるのか、保健室の主たる相原教諭は居心地悪そうに身動ぎしていた。
「…で、セクハラかますために放課後の帰宅時間にわざわざ呼びだしたというわけでしょうか?」
「別に急ぐ用事があるわけでもないでしょう、帰宅部。別にこんなレポート読み聞かせるために呼びだしたんじゃないんだから、本題聞いてから帰りなさい」
そうだった。
指摘されて首肯するのも業腹なので黙っているけど、確かに特別部活動に身を入れてるわけでもないし、時間はある。定期テストの時期からも外れた今時分、教師からの呼びだしを無視する程に勉学に力を入れてるわけでもない。
だからといって、こうして一人だけ、さして普段から親しく接しているわけでもない教師と個人的な話をする理由にはならないんじゃあないだろうか。
「…ま、嫌がらせをしたいわけじゃないから少し落ち着きなさい。コーヒー飲む?インスタントだけど」
茜色の光刺す窓外をちらと一瞥してから、相原教諭はデスクの上にあるポットを指さして言った。
カフェイン中毒の気がある、と専らの噂の彼女らしい気遣いではあろうが、わたしは丁重にお断りする。長居をするつもりは無いし。
そんなわたしの反応につまらなそうに口を尖らせると、先程わたしに読み聞かせたA4サイズの紙片をひらひらと揺すりながら、さてこれからが本番だ、みたいな調子でリップメイクの薄い唇をひと舐めして告げてくる。
「…コレ、持ってたの私のいとこなんだけれどね。知ってる?」
知ってるも何も、この教諭の個人的な血縁関係など、興味も無いのだけど。
「一年にいるんだけどねえ…こないだあの子の自宅で見つけてしまってね。同じ学校に勤めている身内としてはちょ~っと看過出来ない内容だったので、本人に問い糾してみようかと思って」
「問い糾す相手間違えていませんか?内容に問題があるのであれば、それを書いた本人にまず話を聞くのが筋だと思いますが」
「いやあ、内容が内容なので少し慎重に取り扱った方が良さそうだったもんだから。あなたなら冷静に対処してくれそうだし」
どーいう見方をされているのだ、わたしは。
身内がストーカーまがいの行為に及んでいることで慎重になっているのだとしても、その対処を被害者に丸投げするのはどうかと思うのだけど。
「…とにかく、わたしは先生の従兄弟とやらに心当たりは無いので。今始めて聞いた話でどうするとか聞かれても」
まあ本人の知らないところで個人情報を集められるのは心楽しまないけれど、率直に好意を寄せられているのであれば、興味無しということもない。
今のところ男の子と付き合ったことは無いわたしだが、将来設計において不可欠な存在ではあるのだ。時期としては少し早い気はするものの、顔くらい見ておいた方がいいかもしれない。
「心構えくらいはしておきます。本当に危なかったら注意して下さいね?あと、当人の名前だけ教えておいて下さい」
あっちばかりこちらの事を知っているというのもアンフェアなのだし、くらいのつもりで訊いたのだが、相原教諭はといえば意外なものを見たような顔でこっちを見ていた。
いちいち反応が不穏だ。怖がらせて面白がっているのか。本当に、わたしという人間は教える側から見てどう捉えられているのか、一度じっくり膝突き合わせて伺ってみたいものだ。在学中はごめんこうむるけれども。
「…先生、もしかしてその従兄弟さんというのは何か人格的に問題でもあるのですか?品行方正を絵に描いた順良な女生徒が関わったらいけないような人物なのでしたら、さっさとわたしに接触しないよう身内として教師として指導して下さい。でないとどちらの立場としても世間様に顔向け出来ない状況になりますよ」
我ながら辛辣な物言いだとは思うのだけれど、我が身を守るためだ。というか、こんな言い方を生徒にさせる教師という時点で、いろいろ失格要素が多いんじゃないだろうか、この先生は。
「…うーん、中務のと私の不安では全然性質が違うと思うけどね。人格的にはそう…一般的ではないと思うけど、別に危ない子じゃないから。まあいいわ、興味があったら会いにいってみなさいな」
それでわたしの不安が払拭されると思っているんだろうか、この人は。
とは言うものの、接触するにせよ避けるにせよ、名前と居場所くらい知っておかなければ話にもならない。最重要情報を聞き出すべく口を開いたわたしの機先を制して、しかし相原教諭は耳を疑うようなことを口にした。
「一年三組の
………。
…………。
……………は?
今何と言ったか、この人は。わたしの耳が確かならー…。
「あの、先生。従兄弟さんですよね?」
「ええ、間違い無く従姉妹だけれど?」
思わず眉根に指を当てて考え込むわたし。何か、決定的な齟齬がわたし達の間にはあるようなのだけれど。
「もう一度聞きますが、従兄弟ですよね?確かに」
「ええ、一点の曇りも無く確かに、従姉妹だけれど」
面を上げて再度問うたわたしは、何を言っているのかこいつは、みたいな目で見られる。もしかしてわたしが生まれる前から決まっていたレベルで何か間違っているのだろうか。
そう根源的な窮愁に囚われているわたしを見て、相原教諭は気がついたようにハタと手を打って、疑問の氷解した明るい顔で告げる。
「だから、中務のことをこうして調べ上げていた私の従姉妹は、紛う方無き女の子。いえ別にそういう興味の持ち方だと決まったワケじゃ無いんだから、そう悩まなくてもいいでしょうに」
そりゃそうですけどね。でも会ったことも話したこともない相手に向ける興味の持ち方としては、あんまり健全と言い難いというか、一方的に過ぎませんかね、それは。
これがわたしが男の子だったら、ちょっと腰が退けながらも興味津々で食いつくところなんだろうけれど。
割と結構可愛く生まれついた女子の身としては、少し警戒レベルを上げた方がいいんじゃないだろうか。
「まああんまり困る事態になったら私から言ってあげるから、下級生の友達が一人増えるかもなあ、くらいに思っておけば?」
「気楽に言ってくれますね…」
仮に結果的にそうなるのだとしても、知らされ方としては最悪極まるだろう、これは。
わたしにとっても、そのまだ見知らぬ下級生の女子にとっても、気遣いゼロな引き合わせに翻弄されそうな予感と共に、無責任な取り持ち方をした大人に辞去を告げ、入ってきた時とあんまり変わらぬうんざりした気分で、宵闇への抵抗を図るように蛍光灯が灯された保健室をあとにするわたしなのだった。
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