『死の牛乳』

死の牛乳:壱

 その日、俺たち『ゲンカク』は演劇部寮へと遊びにでかけた。演劇部は以前『呪いの手紙』で付き合いが生まれた幸太と仁和(にんな)が所属する部活だ。

 なんでも心霊現象?のようなものに悩まされてる部員がいるようで俺たちを呼んだらしいが……、


『ごめん、タイミング悪く急用ができたらしいんだ』


 というわけで本人不在だった。

 まあ久しぶりに二人と話ができる機会だったのでそのまま談笑することに。

 帰る間際で幸太が用事があると席を外したのは残念だったが、また遊びに行けばいい。それに幸太のことだ。すぐうちの部室に遊びに来るだろう。

 そんでもって今は帰り道。

 俺たちは部室の荷物を取りに戻っていた。


「それにしたってひどくないですか? わたしのおっぱいもまだ発展途上なのに」

「こ、琴葉ちゃん……っ。男の子の前でおっぱいって言うのは……」

「……もここんもおっぱい言ってる。おっぱい星人が反応するぞ」

「誰がおっぱい星人だ」


 自分の胸をもみしだく琴葉の隣であわてふためくもここ。泡子の余計な一言のせいでさらに目を回しているじゃないか。

 こんな話題が出るのもすべて幸太が原因だ。

 演劇部で話をしているとき、


『琴葉も変わらないよなあ。いつまでたっても無邪気というか』

『むっ、失礼ですね。わたしだって素敵なレディに成長してるんです』

『その地平線のような胸で言われても……』

『もーっ! いつか火山が噴火して隆起するんですよ!』


 バカ丸出しのトークだった。

 いくら子供っぽい二人とはいえ周りのことを考えてほしい。仁和なんて顔を真っ赤にしてうつむいていた。

 まあ、俺に関してはおっぱい以上に琴葉の舐めたあめ玉を口にしてるわけで。

 …………なんというか、その。

 ……。


「……あっ、おっぱい星人の顔が赤くなってる」

「ゆうやくんてば、さてはわたしのおっぱいを想像しましたね!」

「い、いやらしいのはダメだよっ!」

「冤罪だ! 冤罪を主張する!」


 まったく……こいつらといるとどうも疲れる。

 肉体より精神的にだ。歯医者に行った後の疲労感に近いかもしれない……。

 そうこうしているうちに部室へと到着する。


「……ちょっと待って。今鍵を」

「一番乗りですーっ!」


 と泡子の言葉を待たず琴葉が勢いよく扉を開いた。


「なんだ、空いてるじゃないか」

「……鍵かけ忘れたっぽい」

「しっかりしてくれ。俺たちの荷物もあるんだから」

「……これから気をつける」


 まあ泡子をとがめても仕方ない。人間誰しも失敗はあるものだ。……俺も昨日鍵をかけ忘れていたからな。

 ただ荷物のほうが少し気になるので先を急ぐ。

 ……が。


「どうした?」


 なぜか琴葉は扉の先に入ろうとしなかった。入り口がふさがれたことで俺たちは立ち往生してしまう。


「なあ琴葉。お前が動かないと入れないんだけど……」

「む、無理です。わたしはこれ以上進めません……っ!」


 肩をかたかた震わせて青ざめる琴葉。なんだ? いったいなにが琴葉をこんなふうにさせてるんだ……?

 まさかこの季節にゴキブリでも出たのかと彼女の背中越しに部室をのぞいてみる。

 壁際の本棚に、掃除用具入れ。

 幸太からもったソファ。

 特別異常なものはないように思えたが。

 机の上に見慣れないものが置かれていた。


「あれは……牛乳か?」

「にゅやーっ! その名前を口にしないでください!!」

「こ、琴葉?」


 見たこともない琴葉の形相に俺は思わず目を疑った。こいつがおかしいのはいつものことだけど、これほど狂って泣き叫んだことはなかったはずだ。

 うおおおおっ! と母性あふれるもここの胸に飛びつく琴葉。

 俺の視線を察してくれたのか、もここが苦笑いで教えてくれる。


「実は琴葉ちゃん、大の牛乳嫌いなんだ」

「……だからおっぱいが育たない」

「なるほど」

「なに納得してるんですかゆうやくん!」


 いやまあ、身長を伸ばすには牛乳。骨を強くするには牛乳。健康のために牛乳というように、成長に欠かせないのが牛乳だ。

 胸の場合も例外でないのだろう。

 世界の真理に触れたところで部室に入って一息つく。


「なにも襲ってくるわけじゃないんだからそこまで怖がることはないだろ」

「突然牛乳に触手絡めにされて鼻から噴き出すことが考えられます」

「お前はどこからそんな影響を受けてるんだ……」

「お兄ちゃんの漫画にありました」


 そういうのは隠しとけよ琴葉兄、と心の中でぼやいておく。

 とりあえずソファに座って落ち着くことはできたようだ。まあ、足の震えは止まっていないようだけど……。


「は、早く帰りましょうよ! そうだ、今日はお腹が痛いので早退します!」

「牛乳でも飲んでお腹壊したのか?」

「そんな恐ろしいことよく口にできますね……っ!!」

「お前、牛乳に何されたんだよ」


 琴葉の過去はともかく、早く帰れるならそれに越したことはない。なにせ今日はスーパーの特売日だ。牛乳をはじめとした乳製品が安い。万歳、ビフィズス菌。

 カバンを手に取り、肩にかける。


「そんじゃ今日は解散だな」

「そうですね! はやくこの場から立ち去りましょう!」

「……そういうわけにはいかないらしい」

「「え?」」


 まさかここで止められるとは思ってもみなかった。

 声の主は泡子だ。

 机のそばにたって牛乳を観察している。


「……これ」


 と言って牛乳の裏面を俺たちに見せた。

 ……?

 なにやらマジックペンのようなもので書かれてある。


 4/2、4/2


 4月2日の文字が二つ、縦書きに並んでいる。

 賞味期限のことか……?

 にしたって同じ日付なのはおかしい。

 賞味期限と消費期限を表しているのなら、一つだけで十分だからだ。一般的な牛乳の表示も賞味期限のみが記されている。

 ともすれば消費期限ではないと考えるのが妥当だ。

 すると琴葉が何かに気づいたようで悲鳴をあげた。


「こ、これ! 『死の牛乳』ですよ!」

「……は? 死の牛乳?」

「だって4月2日って『死に』って読めるじゃないですか! ひいいい、これだから牛乳は恐ろしいんです!」


 どこまで錯乱してるんだ。

 ちょっぴり琴葉の将来が心配になった。

 おてんば少女は叫ぶ。


「こいつは心霊現象の類です……っ! 部長命令を発動します! ゲンカク一同、速やかにこの『死の牛乳』事件を解決するように!!」

「「「は、はあ……?」」」


 こんなしょうもないことで初めての部長命令をされてもな、と呆れて物も言えない。

 まあ、いいだろう。

 たまには部長をねぎらうことにしよう。

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