『呪いの手紙:第一章』

あめ玉をひろった猫:壱

「おや、これは……っ!」


 暖房のきいた部屋でうとうとしていた俺は琴葉のやかましい声で目が覚めた。本格的な冬も目前と天気予報でもやっていたっけ。ぬくぬくな部室は家よりも居心地がいいかもしれない。

 要するに、俺の安眠を邪魔した琴葉には制裁を加えないと。

 なにやら驚いた様子だったが……。


「なんだ琴葉? ことによってはお前をねこじゃらしの刑に処するが」

「猫のおもちゃでそんな残酷な刑を思いつくとはゆうやくんは末恐ろしいです……じゃなくてっ! ダンボールを整理してたらこんなものが出てきて」


 琴葉が手にしていたのは一枚のA4用紙だった。

 それも中央に、漢字のようで漢字でない、不思議な形が印刷されていた。


「……『呪い』の事件か。懐かしいな」

「思えばこれが初めての怪奇事件でしたよね」

「そうだなあ。お前に無理やり入部させられたのもその辺りだっけ」

「無理やりじゃないですよっ! ゆうやくんってば相変わらずツンデレですよね」

「……執行する」

「にゃっ、猫じゃらしはダメっくしゅっ!」


 言葉とは不思議なものだ。

 単なる音と記号の組み合わせでしかないのに、人間の主なる行動原理につながる。

 いつだってそうだった。

 俺の言葉と琴葉のあめ玉。

 短いようで、遠いような記憶に、この身をゆだねる。



 …………



 転校という物語にありがちな出来事は現実においてそうあるものではない。現実とフィクションはまったくの別物だということだ。見かけがそっくりなだけで、中身のシステム、規則等、なにもかもが異なっている。

 転校という物語にありがちな出来事は俺にとってはじめてのことだった。父親から転勤を告げられたときは青天の霹靂だったが物事は滞ることなく進んでいった。

 これがつい一週間前のこと。


「昨日の動画まだ見てないの? めっちゃ話題になってるよ」

「さすがにエロゲ持ってくるのは怒られるだろ……」

「あの公園に猫死んでたんだよね。登校ときに見つけちゃってさぁー」


 教室は他愛もない談笑であふれていた。冷房のためにドアが閉めきられているため、廊下は比較的静かだ。あるのはセミのあえぐ声だけ。……あえぐって上手いこといったと思う。言葉遊びが好きな俺としてはちょっぴり嬉しかったりする。

夏の残暑がまだまだ残る九月の頭。


「…………」


 片方に流した前髪を指でもてあそぶ。俺の前髪は三日月のように弧を描いていて他はそれほど強くないくせっ毛。目だけは愛嬌があるといわれる。身長はクラスで五番目に高いくらい。

 俺は机の中からうすっぺらい雑誌を取り出した。表紙には『真実の言葉とは。あなたの語彙力、試させていただきますわ』と書かれてある。まったくもってセンスを感じないタイトルだ。

ふせんを頼りに目的のページを探す。これは言葉の性質を利用したなぞ解きで、暇なときにもってこいの一冊だ。

 見開いたページには次のように書かれていた。


 問い 神 = ネ + 申

 このとき、ネの読み方を答えなさい。(国立大レベル)


「……ふむ」


 神という漢字の『ネ』の部分はころもへんと読む。

 しかしこれはなぞ解きだ。言葉の性質をうまく利用して作られている。頭を柔らかくしないと正解にたどりつくことはできない。


「まずは問題のポイントがどこかを見極めないと」


 数式が重要なのは間違いない。解答が何を求めているのかを考えることも大切だ。つまり読み方を意識しながら数式を紐解いていけば自ずと道が切り開かれるだろう。


「さてさて」


 神を音読みすると『しん・じん』となり、訓読みは『かみ、かん、こう』と発音する。ときたま『たましい』とも読むらしい。雑誌のすみっこに記載されていた。

 問題はネの読み方を答えること。

 ネ + 申 が何を意味しているかを解けば、自然と答えにたどり着く。


「…………いや、こいつは難しいな」


 思いのほか頭が回らない。

 一息つこうと顔をあげてクラスを見渡した。

転校して一週間。クラス内ではある程度の居場所を確保できていた。体育でペアを組むときはすぐに見つけられるし、授業内のディスカッションだってお手のものだ。

 ただ休み時間に話しかけられることはない。愛想をふりまくだけで友達以上の関係へと進まないからだ。

 けれど、これでいい。

 俺は自由な時間を奪われることを心底嫌った。登校するための時間だとか、テストのための勉強だとか、最低限の時間はかまわない。それは必要出費というやつだ。

 だが放課後の遊びといった不必要なものに自由を割くことは避けたい。俺には解き切っていないなぞ解きがあるのだから。


 これこそが稲荷佑哉(いなりゆうや)の信条だ。

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