弐
『くるみ割り人形』の正体を暴くべく、俺たちはまず噂の出所たる新聞部の部室を訪れた。
担当者を呼ぶとのことで待機中だ。
入り口付近で待つには訳があって、なにぶん部室内は非常に込み合っている。出版社の編集部といえばイメージしやすいかもしれない。高校生だというのに仕事量が半端じゃなさそうだ。俺なら死んでる。
ややあって丸メガネをかけた男子生徒が顔を出した。比較的顔立ちが整っているので丸メガネといえどオシャレに見える。
「お待たせしました。僕が『くるみ割り人形』の記事を書いた藤ノ森(ふじのもり)です」
「お忙しいところすみません、わたしたちはこういうものなんですが」
と言って琴葉は藤ノ森に名刺のようなものを渡した。ちょっと待て、明らかに怪しい宗教団体みたいなデザインをしてるぞ。やめなさい。
「これはご丁寧にどうも。……ああ、噂に名高いゲンカクの皆様ですね」
「俺たちのこと知ってるのか?」
「色んな怪奇現象を解決してるって耳にするからね。いつかは取材させてもらいたいな」
「……有名人は大変」
「泡子、威張るところじゃないぞ」
薄々は感じていたけど、やっぱり俺たちの活動は噂になっているのか。はあ、この調子だといずれ怪奇現象の依頼の山に呑まれそうだ。
心中を察したらしいもここが優しく背中をたたいてくれる。この部活の唯一の癒しはあんたしかいないよ……。
「それで今回はどのようなご用件で?」
「『くるみ割り人形』についていくつか聞きたいことがある。手短に済ませるから付き合ってくれないか?」
「もちろんです。自分で書いた記事の責任は持たないとね」
「助かる」
俺たちは場所を変え、校舎の裏手のベンチに座った。そばの自販機で缶コーヒーを二つ購入し、一つを藤ノ森に渡す。
「質問料だと思ってくれ」
「ありがとう。ただ僕はコーヒーが飲めなくてね」
「そ、そうか。それはすまん」
差し出したコーヒーを琴葉に譲り、もう一つ本人希望のサイダーを渡してやった。たしかに飲めないものをもらっても仕方ないから正直に申すのは妥当だろう。ただ、その……体裁というやつをだな。
「……ちょっと気取ってみたけど失敗して羞恥にまみれた顔をしてる」
「そこまで分かってるなら口にするな。悪いのはこの口か」
「……むにょおー」
泡子の頬をお餅みたいに伸ばしてやった。我ながら女子に対してここまでできるようになるとは成長したものだ。
あはは、と藤ノ森が苦笑する。
「ごめんね、僕は昔から正直すぎてさ。そうだと思ったらそう行動しちゃうんだ」
「気にしないでくれ。悪は成敗した」
「……痛かった」
「もおー、ゆうやくん! このままだと話が進みませんよ!」
琴葉のいうように悪ノリはここまでにしよう。
一つ目の質問だ。
「藤ノ森は『くるみ割り人形』の怪奇現象にあったことがあるのか?」
「いいやないよ」
「それじゃあどこで『くるみ割り人形』の話を仕入れた?」
「昔、この学校の生徒だった人に聞いたことがあるんだよ。それを先日思い出す機会があってね。だから記事にした」
「なるほど」
琴葉に目配せしたが、特に彼が嘘をついているわけではないようだ。嘘をつくときの世界は少し濁るという。
今の話だと『くるみ割り人形』の噂は昔からあったようだ。
そうなるともう一つの質問が鍵となる。
俺は端的にこう尋ねた。
「実際『くるみ割り人形』の被害にあった生徒はいるのか?」
「僕もたいがい取材したけどいないようだね。あくまで噂だけみたい」
「そうか」
つまり、まとめるとこうだ。
『くるみ割り人形』はあくまで噂にすぎない。
昔からあった噂で、たまたま藤ノ森が記事にしたから再熱しただけ。
意外と事件はあっけなく解決しそうだな。
「なにも害はないってことかな……?」
理解に少し時間のかかっているもここ。
俺は一言にまとめた。
「つまりは根も葉もないただの作り話ってことだ」
「あ、そういうことか」
「それは違うよ」
もここと俺のさりげない会話に藤ノ森が割り入った。
彼の柔らかい雰囲気は消え失せている。
もここはごくりと喉を鳴らした。
「……ちがうって?」
「ここだけの話…………『くるみ割り人形』の被害者が一人、いたんだ」
「さっきいないと言ったばかりだろう」
「気が変わった。君たちだけには真実を話そう」
その口調はもはや別人だった。
彼は隠されてきた物語を、丁重に、扱う。
*
土砂降りに見舞われそうな真夏の夕方。
とある男子生徒は急ぎ足で自宅を急いだ。夕立がくるなんて聞いていない。
彼はやむをえず普段なら使わない近道を使った。
というのもこの近道には妙な噂があるからだ。
カチカチカチッ
「――――ッ」
心臓が飛び跳ねた。
聞こえもしないはずの音がしたから。
幻聴だと彼は否定した。
噂話を気にし過ぎただけだと。
カチカチカチッ
二度聞こえてしまえばもうダメだった。
やつに見つかってしまった。
この場から即刻抜け出さなければならない。
カチカチカチッ
いくら走ったところで冷酷な金属音が近づいてくる。
くるみ割り人形。
この近道には呪われたくるみ割り人形が出没する。
その音を聞いたなら、最後。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッッ
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
頭をくるみのようにカチ割られて、死ぬ。
次の日、男子生徒の無残な死体が見つかったという。
彼の頭部は原型をとどめていなかった。
*
「「「もうトイレにいけないよおおお~~!!」」」
ゲンカクの女性陣がそろって悲鳴をあげた。
お嫁みたいにいうな。
仲睦まじく肩を寄せ合う三人はさておき……、
「今の話は作り話だろ。語り手が死んでいる時点でおかしい」
「多少の脚色は否めないね。ただ、似たような事件があったのは確かだ。うちの新聞にも載ったらしいよ。まあすぐ廃刊になったけどね」
生徒の一人が亡くなってるんだから学校側からストップが出るのも当然だな。
しかしながら、データがある時点で間違いなく事実だ。
唐突に頭が重くなった気がした。
これは思ったよりも厄介な事件になりそうだぞ。
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