第11話voted...2

スマホを触っているように見せながら、チラチラとこちらを見る男。

顔はよく見えなかったが直感的に今日の男だと分かった。

あちらから話しかけてくる様子はなし。メッセージを送っても良かったが面倒だ。


「初めまして。」

満面の貼り付け笑顔で男に話しかけた。

「あ、初めまして。やっぱりあなたでしたか。」

はにかんだように笑う。

その顔がやっぱり好みだったので許してやることにした。


「何食べますか?あ、こういう肉系の料理とか、ポテトも好きですね。ワインに合うんですよ。」

気を遣っているようで自分を抑え切れていない様子が可笑しかった。この男は小さなワインセラーを買う程の赤ワイン好きだった。

「いいですよ。これとこれ、頼みましょう。」

「え、なんか、すいません。僕の好きなものばっかりで。」

「でもワインはあまり得意じゃないのでごめんなさいね。」

「大丈夫です。あ、これなら飲みやすいですよ。ちょっと飲んでみてください。」

そういう意味ではないのだが…

悪酔いすると分かってた赤ワインを一杯、なんとも言えない男のペースにつられて飲んでしまった。


それから私は、どういう経緯でかはわからないが、食器の洗い方について熱く語っていた。

「分かりますよ。僕も小さい器から大きい器で並べて、その後小さい器から大きい器にまた並べるんですよ。」

「分かってくれますか!あれ、そう言えば実家暮らしなのに家事されるなんて偉いですね。」

「母親が去年亡くなって、それで親父と二人暮らしなんですよね。」

「あ…そうだったんですか、すみません何も知らずで…」

沈黙を作ってしまった。まずい。

「うちの親父は無口で無表情で、感情全く読めないんですけど、見ちゃったんですよね。母さんの前で一人で涙流してたところ。」

「うちの両親、仲悪くはないと思ってたけどいいってほどでもなくて、まあどの家族もこんなもんなのかなって思ってたんですよ。でもこの一件で親父はちゃんと母さんを愛していたんだなって。ああうちにもちゃんと家族愛みたいなのがあったんだなって思って。」


---分かる気がする。

うちの両親は私が3歳の時に離婚して、私は母親にずっと育てられた。けど私が就職してすぐの頃、父が病気で亡くなった。離婚してから一切父の話をしない母だったが、父が亡くなったという連絡を受けた時、確かに母の声は震えていた。私は不幸だと思っていたわけじゃない、でもうちには家族の絆なんかないと思っていた。私が産まれたことにはなんの意味もないのだと思っていた。


「…って、え?!どうしたんですか?!」

気づいたら、私の頰には一筋の涙が流れていた。彼を見つめたままポロポロと涙をこぼしていた。

「いえ、ただ、いい家族だなと思って。」

「そうですかね?でもこの日から僕の親父を見る目が変わったってのは感じますね。顔には見せないけど、意外と家族のこと考えてるんだなって。僕もそんな風に思える家族を持ちたいなって。」

そう言って笑顔を見せた。

どこまでもマイペースな男だと思ったが、それに救われた。ここで涙の意味を詮索してくる男は論外だ。私はあまり私を語りたくないし、語るのは苦手だった。あとやっぱりその笑顔に見惚れてしまった。



気づいたら終電はなくなっていた。いや、意図的に逃したというか。

店を出ると笑顔で男は手を繋いできた。

「そういうの苦手なんですけど。」

「僕は好きなんで。」

近い。距離が近すぎる。でも嫌じゃない。


その男は、ベッドの上でもマイペースだった。

一通り終えて満足すると大の字になって鼾をかいて寝ていた。

私は朝まで眠れなくて、その男の横顔を見ながら母との今までを振り返っていた。

授業参観にはいつも途中から教室に入ってきていたが来なかったことはない。部活の朝練があっても毎日お弁当を作ってくれた。初めて彼氏を連れてきたときは自分の息子のように接していて彼氏が引いていた。大学に合格したときは私よりも喜んでくれた。父のことは一切聞けなかった。母がそれをさせまいとしているような気がしたから。それを聞いてしまったら母の努力をすべて無駄にしてしまうような気がしたから。

また涙が流れてきた。

男が起きる前に、涙をまた見られないように、私は支度をしてホテルを後にした。




それから、何度か男に連絡をしたが、そっけない返事が返って来るのみで、会う前のような気を遣ったメッセージは来なかった。身体だけの関係にならないかとも思ったが、それすらできなかった。

こんな私の男関係を、母はどう思うだろう。いっそ母に相談したい。母に聞いてみたい。私の父はどんな人だったのか。どこに惚れたのか。どうして私が産まれたのか。

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