第5話 ある加速

「 ある加速 」


自動車はどんどん加速していった

道路にはゲージの目盛りがどこまでも続いている

時折向こうからやってくる外灯は、既に何万キロメートルの間隔でゆっくりと近付き横を流れていく

加速しないと追い付いていけないものがある

老翁が言っていた言葉だ

やがて点となって見えはじめた赤いポルシェが、ゆっくりと近付いてきて横に並ぶ

席でハンドルを握っているのは、何年もの先のわたしの姿

やっと同じ速度になったので呼び掛けてみたが、わたしである彼は前方を凝視したマネキンのようで応えてくれなかった

この道路は果てまで続いている

果ては秒速で遠ざかっているという

遠ざかる果てに何があるのか

遠ざかる果てに追い付くにはもっと速度を上げなければいけないという

アクセルのない自動車のアクセルを踏む

その先ではもう総てのものが溶けだして密度も体積も均一になるという

追い付いたとしても果ての先は人間の目ではもう測ることはできない、そこは電磁波も流れていけなくなっている

総てのものを変換しないとわからなくなる世界まで自動車は加速していく

溶けだしたものに会うことができれば、均一なものから一から総てがもう一度始まるはずだと教わっていた

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