第25話 カーテン・コール

 石畳を駆け鳥居を潜る。長い石段は半分も登る頃には息があがってしまった。

「はぁ……はぁ……」

 もしアケビだったら難なく登りきっていただろう。およそ一年の入院生活がイクコをすっかり運動不足にしていた。

「くっ……急がなきゃ」

 《ジェミナイ・シーカー》は既にダチアの姿を捉えていた。境内に立ち、社を眺めている。かれこれ十数分はそうしているようだった。

 他に参拝客は居ない。平日でも多少なりとも人は居るはずだったが、朝早いせいなのか、周囲に気配はまるでなかった。


「ダチア!」

「…………イクコ」

 ダチアは驚いたような顔で此方に振り向く。だがすぐに納得したように頷くと、再び社に向き直った。

「ダチア……もう、心配したんだから」

「……つくづく 愚か者だな。何をしにきたかは……だいたい 予想つく が」

 イクコもまたダチアの傍まで歩み寄る。そういえば退院してからこういった場所には一度も足を運んでいなかった。

「ぼく、考えたの。確かにダチアには生きる理由がないかもしれない。けど、ぼくはそれでもダチアに死んでほしくないって」

「馬鹿な こと を。おまえには わたしの居場所になることなど」

「なるよ」


 ダチアに向き直る。彼女もまた、イクコを見ていた。

「なる。ダチアの生きがいを一緒に探すよ。あなたが望むことなら、なんだって」

「どうして そこまで」

「理由は要らないの」

 恵まれない境遇があった。イクコとダチアは似ていた。同情を誘うような悲壮感が彼女にはあった。だが、最早そんなことは関係ない。そんなことはどうだっていい。

「ぼくがそうしたいからそうする。それが全てなの。身勝手だろうが自己満足だろうが、"関係ない"」

「…………ああ そう か」

 ふとダチアは目を伏せる。

「おまえは アケビの 妹だったな」


 柔らかな風が頬を撫でた。上目遣いにこちらを見るダチアの双眸には、微かだが、これまでになかった光が見える。


「まだ わたしでも 希望を持っていいのだろう か」

「一緒に探そう?ぼくと、あなたの希望を」

「──いや、貴様らに希望はない。痛みに苦しみ悶え……ただただ死ぬだけだ」


 全身総毛立ち、心臓が縮こまる。《ジェミナイ・シーカー》の異能具現体アイドルを呼び出しながら振り返ると、そこには『POLICE』と刻印されたケプラーアーマーを着込んだ機動隊員のような男が一人立っていた。

「な……っ!」

 気を抜いていたわけではない。半径一キロ圏内は観測を続けていた。帽子を目深にかぶった男は、たった今この瞬間に、何の前触れもなく姿を現したのだ。


「下がれ!イク──」

 イクコの前に立ちはだかったダチアが、右方へ吹き飛ばされた。いつの間にかイクコの側面に回り込んでいた男がダチアを蹴り飛ばしたのだ。

「ジ、《ジェミナイ・シーカー》!」『Fooo!!』

 シーカーに手刀を繰り出させながら、同時に感染を試みた。だがそのいずれもが失敗に終わった。何故ならイクコが攻撃した先には誰も居なかったからだ。


「常盤、郁子イクコ。こともあろうに──ブカレストの破綻者を匿うなどとは」

 背後から耳元を撫でるように、害意のこもった声が囁かれる。

「くっ……シーカー!」

 振り返りながらシーカーに攻撃させたが、やはりそこに彼は居なかった。

「う あ イ イク コ……!」

 ダチアが此方に向けて発砲する。狙いはイクコから逸れていたが、着弾点には誰も居ない。彼女が何を狙ったのかイクコには分からなかった。


「えっ!」

 この時点でイクコは発砲するダチアしか見えていなかった。ダチアしか居なかったのだ。だが瞬きした次の瞬間、視界にはあの男が映っており、ダチアの腹部に拳を沈めていた。

 正体不明の攻撃が相次いでいる。恐らく彼は何かしらの能力を行使しているはずだった。そしてこれを直ちに見切らなければ、二人とも殺されると確信した。


「この……《ジェミナイ・シーカー》!」『Fooo!!』


 シーカーをあえて頭上へ飛ばし、この神社一帯を観測する。

「逃げ ろ イクコ!」

 ダチアの声が響いたのと、イクコの頭部に強い衝撃が加わったのはほぼ同時だった。

「がはっ……!」

 石畳に強く身体を打ち付けられる。打撃を食らい、倒れたのだと理解した。その直前に見えた一瞬の光景を、イクコの眼球は"映像記憶"で捉えていた。

「こ、これは……瞬間移動テレポーテーション!」

 ダチアに攻撃していた彼は、次のコンマ一秒にはイクコを攻撃していた。互いの距離は二十メートルほどある。

 その僅かな間に男が移動した形跡は全くなく、コマ落ちしたかのようにイクコの傍まで移動していたのだ。


「《カーテン・コール》。死ぬがいい、県警に盾突く売女め」

「う ああああ!」

 ダチアがイクコの背後に発砲した。一発、二発、三発、四発。五発目が撃たれる前に、瞬間移動した男がダチアに蹴りを放つ瞬間が見えた。

 だがそれを見越していたのか、ダチアは《同期性空間稜線転移》を用いたようだった。風切り音が響くほどの蹴りと拳との応酬が、半透明になったダチアをすり抜けていく。

「くだらんな。やはり常盤から始末するか」

 男の頬にナイフが掠め、紅い筋が奔った。

「やめ ろ わたしが 相手だ!」

 そう言ったダチアは、次の瞬間には顎を蹴りあげられて宙に浮く。攻撃する為に能力を解除した瞬間を狙われていたのだ。


「死ね、ブカレストの破綻者」

「ダチアを助けて、シーカー!」


 追撃をかけようとする男に《ジェミナイ・シーカー》を突撃させる。構えられていた必殺の一撃は、シーカーの顔面に直撃し、その顎を粉砕した。

「シーカー!」

 だらんと垂れ下がった下顎から、口腔に隠していた目玉が覗く。男はそのまま身をよじりながら直上へ跳び、開脚した両脚でダチアとシーカーの両方を吹き飛ばした。

「う が はぐ……」『Fooo...』

「ダチア!シーカー!」

 駆けつけようとしたイクコの前に、瞬間移動してきた男が立ちふさがる。異能具現体アイドルが傍にいないイクコに、対抗する手段はない。

 迫りくる死をただ受け入れるしかなかった。


『Check it Ooooooooutttt!!』

 男の踵落としと、《レット・ミー・ヒア》の拳がぶつかり合う。間一髪で間に入ってきたのは、紛れもなくアケビの異能具現体アイドルだった。

「おねえちゃん!セペット!」

 駆けつけてきたアケビは、肩で息をしながらもL.M.Hの射程圏内まで接近していた。

 その近くにはセペットもいる。おそらく彼がアケビを呼び出してくれたのだ。

『やっぱナイスガイとしてはよぉー、見殺しには、できねえよなあ!』

「イクコ……!ごめん、あたし……」

「おねえちゃん危ない!」

 イクコは見た。アケビのすぐ背後に、前兆なく現れた男の姿を。


『Check it , Check it Out!!』

 アケビは振り返りもせず、背後にL.M.Hの連撃を叩き込ませる。アケビに向けて繰り出されていた攻撃の全てを相殺してみせた。

「うちの妹が世話になったみたいね」

「苦しんで死ね、害虫共」

 くだんの決戦を経て、アケビの能力は強化されていた。シーカーが見ている景色をアケビも見ることができる。だから死角からの攻撃にも精密な反応ができたのだろう。


「《レット・ミー・ヒア》!」

「《カーテン・コール》!」

 アケビの頭上に瞬間移動した男へ、L.M.Hが目にも留まらぬ連撃を繰り出す。すると再び男は瞬間移動し、アケビの背後を取りながら足払いを放った。

『Check it Out!!』

 L.M.Hも蹴りを放ち、相殺する。

「苦しむのはあんたの方よ、《レット・ミー・ヒア》!」

『Check it ,Check it ,Check it ,Check it  ……』

 男が居た場所に連撃を放つ。連発される瞬間移動で絶えず男の位置は変わるが、その都度L.M.Hは向き直って途切れることのない拳を放った。


「なるほど、視えてきたぞ。カラクリが」

「え──」

 次の瞬間、男はイクコの目の前に現れていた。最短距離で心臓に向けて掌底が突き出される、

『Check it Oooooooouttt!!』

 だがそれが命中するより速く、L.M.Hの蹴りが男を横薙ぎに吹き飛ばした。石畳に何度も叩きつけられていく様が見える。

「よそ見できるほど甘くないよ、あたしの《レット・ミー・ヒア》はさ」

「く、くく……"読み通り"だ、蛆虫が」

 男が吹っ飛ばされていく先には、半壊した《ジェミナイ・シーカー》が居た。その勢いを逆利用し、全体重をかけた跳び蹴りを、シーカーの口腔にねじ込んできた。

「シ、シーカー!」

 口腔内の眼球が潰され、横倒しになる。男はさらに着地する際、下半身にある巨大な眼球も踏み潰した。

 イクコのネクティバイトから光が失われる。

「シーカー!《ジェミナイ・シーカー》!」

 何度呼んでも再びイクコの異能具現体アイドルが動き出すことはなかった。


「な、なんなのあいつ……こうなることが分かって、あえて攻撃を食らったってこと……?いったいこいつは」

「ジ ジョ、"ジョーカー" だ」

 アケビの問いに答えたのはダチアだった。

「き 桐生の命令で県警に潜入していた時 聞いたことがある。と 東京にいた異能犯罪者掃討のエキスパート……"清掃者"、城下ジョウカトキヒト……」

「東京の……」

 そう聞いて真っ先に思い浮かんだのは、破綻者"桐生"だった。目の前に居るジョーカーと呼ばれた男は、間違いなくあの桐生と同等か、それ以上の実力を有していた。

 何故東京の清掃者が茨城に居るのかは不明だが、今分かっている現実はただひとつ。


 このままでは《ジェミナイ・シーカー》同様に、ひとりずつ殺されるということだった。

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