第2話
――行員――
残りのお客を、順番に通用口から外へと誘導するために、僕は入口付近に立っていた。複数の靴音がした。ダッダッと重たげなスニーカーのたてる足音。振り向いた僕のすぐ側を男が駆け抜けた。そして――
最初何が起こったのかわからなかった。いきなりの破裂音に飛びあがった。拳銃を見るのは初めてだった。音をきくのも。
男が窓口の女性客をひっつかみ頭に拳銃を押し付けた。男が僕の方を向き、ドアを閉めるように首を動かした。言われたとおり開いているドアを閉めた。カウンターの中の同僚たちは氷ついている。フロア側のお客ももちろん。奥の窓口で目を見開いている老人、ソファに固まったまま座っている若い女性、蒼白な顔で銃をつきつけられている母親――あれ、子供――さっきペンを拾ってやったあの子は――
目の玉だけで辺りを見回す。出ていった記憶はない。そんなに広いわけではないフロアだ。目につかないはずがない。きっととっさにどこかに隠れたに違いない。でも隠れる所なんて――まさか―カーテン?
少し揺らいだように見えた。カーテンの向こう、深い緑色の布と布の合わせ目から、こっちをうかがう目の玉と視線が合った。すぐに目をそらした。何を見ているのか犯人に気づかれてはいけない。
―そこでじっとしていろ。絶対動くんじゃないぞ。犯人が金を奪って逃げるまで。そんなに時間はかからないはず。
鞄を渡された女子行員が、ゆっくりとした動作で現金を詰め始めた。動いているのは彼女の手だけ。停止してしまった空気の中で、一瞬カーテンが揺らいだ。
「あ」
咄嗟に出てしまったのだろう。声を出してしまった女性行員が慌てて自分の口を押さえた。けれど遅かった。犯人がすぐに行員の視線を捉え、先にあるカーテンを突き刺すように見た。そこに目の玉はなかった。隙間からほんの少し外の光が差し込んでいるだけ。けれど揺れるはずのないカーテンが少しだけ微妙に揺れている。まずい。
その時、
「ひぇー!」
いきなり側ででかい声が聞こえた。ぎょっとして飛び上がりそうになった。犯人も客も行員もみんな。客のお婆さんが突然悲鳴をあげたのだ。突然のことに動揺した犯人が声のした方に向かって発砲した。そこにいたみんなが叫びながらうずくまった。
「何てことを!」
叫んでお婆さんに駆けよる。
「大丈夫ですか」
息も絶え絶えに、それでもしっかりとお婆さんは答えた。
「撃たれてないよ」
「今度声あげたらほんとに撃つぞ」
拳銃の先がこっちを向いていた。しかし犯人の気はカーテンから逸れている。知ってるんだ、お婆さんも。
こちらを狙っている拳銃は一つだけ。窓口の犯人との距離は二メートルちょっとというところ。
「お借りします」
小声でお婆さんにささやいて、お婆さんの皮のバッグをつかんだ。犯人に投げつける。発砲音が轟いた。どこを撃ったのか、何を撃ったのかわからなかったが、僕の手はとりあえず犯人の腕を捉えた。サングラスが真近にあった。恐怖にとらわれそうになった気持ちを押さえつけ、必死で相手の足を蹴った。目の隅にこちらに加勢に向かおうとしている何人かの人影が映った。しかし――
相手は僕よりはるかに強かった。僕は殴られ吹っ飛び、再び拳銃は女性の頭につきつけられた。ひっくり返った勢いのまま床を滑り、わざとカーテンに行きついた。僕は気付かれないように上着のポケットに手を入れた。そして携帯電話を取り出し、床に滑らせた。携帯は音もたてずカーテンの下に引き込まれていった。
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