第61話 『無自覚の成長』
シグナムの右腕として副長を務めていたトール=リンクスは武者震いしていた。士気が底辺へと落ちて、戦況は絶体絶命とも言えるところまで陥った今となっては多大なる被害は避けられないだろう。それでも自分の頑張り次第では助かる命が一つでも増えるかもしれない。トールはその僅かな可能性に賭けて、迫り来る魔王の前に立ち塞がった。彼を慕う部下たちが襲いかかる魔獣たちの対処に当たり、敵軍の首領に当たる魔王との道を切り拓く。
それは一本の道となった。
「こうして面を合わせるのは初になるか。トール=リンクスだ。お見知りおき願おう」
トールは騎士剣の剣先をアデルに突き付けながら名乗った。闘気を放出させて場の支配を広げていく。本能で強者と弱者を区別する魔獣にとって立ち位置を明確にする手段は最も効果的である。結果はトールの狙い通り、強者と認識したトールから魔獣たちは距離を取った。
「これで邪魔者も近寄らなくなった。存分に殺し合うとしよう」
「……まったく人には本当に驚かされる」
トールも含めて人の進化にアデルは驚きを隠せない。これまでに出逢ってきた人間のどれもこれもがこの世に誕生した際にインプットされている人間の範疇を凌駕した能力を誇っている。
「当然だ。我々、人は敗北を重ね続ける貴様たち魔族と違って繁栄を勝ち取った種族だ。劣るはずがない」
トールの言葉は正論だとアデルは思った。使命云々があるにしても勝者である人類が種族として勝るのは自明の理。ただその進化は神々の想像すらも凌駕する形となっていた。魔王の影響が弱くなったのもその一つである。
「巣立ちの時……」
「なに?」
「子は親を超えるもの。自立して大人へとなっていく」
まさしく神々の母胎から誕生した人類が大人へとなっていく成長の過程が現在で起きていた。直に人間と対決してきたアデルだからこそ強く実感する時代の転換期だ。だがアデルの言葉にトールは首を傾げるだけで自覚はない。
「無自覚、か。なら俺たちの使命とは……」
トールの無自覚な反応からアデルは使命の終着点が見え始めた。
「先から何をぶつぶつと言っている? よもやここにきて怖気ついたと言わないだろうな?」
「――はっ」
挑発とも取れるトールの言葉をアデルは鼻で笑った。相手が強敵だろうが格下だろうが、毅然であることが魔王としての矜持である。
「勘違いするな。魔王は挑んでくる相手に退くことはない。怖気つくこともない。ただ不遜なる挑戦者の全力を受け止め、そして圧し折るだけだ」
勝利することなど不可能だと絶望を与える存在であることこそ魔王の本来あるべき姿だとアデルは考えている。特に現代ではその在り方が最も必要とされているはずだ。
「だから示すとしよう。お前たち人間にとって魔王という存在がどれだけ絶望を与える脅威となるのかを」
トールから突き付けられた騎士剣の剣先と魔剣の剣先を向かい合わせるように武器を構えた。アデルの全身から溢れ出る魔力が魔剣に纏って外殻を作っていく。それは騎士剣すらも呑み込んでいく。
「――っ⁉」
アデルの魔力に呑み込まれた騎士剣から電流が流れてきたかのようにトールの手に痛みが走った。トールは小さい悲鳴を漏らしながら思わず突き出していた腕を引っ込める。
魔力はいわば力の根源。魔族にとっては生命力と肩を並べる力に溢れている。アデルはそれを攻撃性に性質変化をさせることができた。
これまでに遭遇したことのない攻撃方法にトールの態度も引き締まったものに変化した。手本とも言える綺麗な構えにトールは直した。
「魔王、貴様の命をいただく!」
「意気や良し! お前の全力をこの魔王アデルに示してみるがいい!」
溢れんばかりの闘気を放出させながら両者は激突した。
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