第62話 『騎士道』
アデルとトールが激突する一方、奇襲部隊に立ち向かうべく動いたシグナムもまたイーヴァルと対面していた。
「たった一人で立ちはだかるとは自分の力に自信があるのか。或いは余程の馬鹿なのか……」
イーヴァルは単騎で姿を現したシグナムを評価した。一騎当千という言葉があるように、常軌を逸した強者は存在する。これまでにも該当する人物が複数人いることからイーヴァルは最大限の警戒心を張った。
「その両方さ。そうでなければこの戦況下で単騎駆けなどできやしない」
シグナムはイーヴァルの評価を認めたうえで開き直る。戦争の毎日を生きていくには頭のネジを何本か外すだけの覚悟がいるのだ。そうでなければ心も身も持たずに崩壊してしまう。そして、その中でも特筆すべき能力を持つ者たちはネジの着脱を自由自在に操れる。戦時中はネジを外して常軌から逸脱した怪物となり、平和時はネジを付け直して常識人へと戻る。シグナムもまた着脱を自在に操れる逸脱した人物の一人だ。
「面白い!」
イーヴァルの闘争心が燻った。これまで強敵と呼べる相手と対面しても歯が立たず、碌に活躍できなかった。そのために主人であるアデルが一身に負担を背負う結果となった。戦闘員としての戦力をアデルから期待されていただけに申し訳ない気持ちがより強くイーヴァルを襲った。
だからこの一戦はイーヴァルにとっても己の価値を示す正念場でもある。魔王軍の一員としての誇りと、これまで鍛えてきた自分のプライドを保つためにもこの戦いは避けられない。
イーヴァルは両拳に嵌めた手甲を改めて締め直して戦いの意思を示す。
「魔王軍、イーヴァル=ベーオウルフ。己が覚悟を貫き通すためにもここで意地をはらせていただく!」
名乗ったからには一騎打ちから逃れる方法はない。作戦の遂行を考えれば一騎打ちなどせずに全軍で当たることが最善の選択である。故にこの行為はイーヴァルが言う通り、彼の意地でしかないのだ。
「ならば俺も一騎士としての意地をここで張らせてもらう」
騎士剣を正面に構えて戦闘態勢に入ったシグナムもまた騎士としての意地だけでこの場所にいる。本来ならば国のことを考えて兵力を失わない選択を最優先するのがシグナムの役目だ。そこには多少の犠牲も厭わない非情な判断が用いられる。意地だけで単騎駆けしたシグナムとは真逆の行為だ。この選択が軍人としても将軍としても間違った行為であれ、それ以上にシグナムの中では自分が掲げた騎士道を優先した。
――民を前にして背を向けない。
自分たちがこのまま逃走をはかれば間違いなく村に住む王国民は蹂躙されてしまう。国よりも民の命を優先するべき騎士であるシグナムにとって見過ごすことはできない。
騎士としての誓いをただ胸にシグナムは決死の戦いに挑むのだった。
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