第59話 『一発の脅威』

 軍事拠点に迫り来る魔王軍を真っ向から阻もうと立ち塞がる部隊がある。


 足止め役として自ら志願したイビキ隊だ。隊長にして将軍職に就いているイビキを先頭に扇形に陣を敷く。その面構えは決死の覚悟を秘めた凛々しいもので、そこに恐怖の色はない。それは彼ら彼女らには還るべき場所があり、大切な人が無事を祈って帰還を待っているからだ。


 イビキは首から下げるロケットペンダントを開く。ペンダント内には美しい女性の写真が一枚、納められている。


「フブキ……」


 愛しき妻の名前をイビキは呟く。大事な戦の前で必ず行う儀式である。愛しき妻に帰還を約束することで生存意識を高くするといった呪いに等しいものだ。


 だが今回の一戦における心持ちは少し違っている。ロケットペンダントに込める想いは帰還の約束とはべつに別れの言葉も含まれていた。それだけ足止め役の危険性を理解している証拠だ。それでも覚悟だけでどうにもならない脅威というものは必ず存在する。


 それは上空から出現した。


「魔王軍の飛空艇か⁉」


 地上が機影で覆い隠される。空気が波のようにうねりとなってイビキたちを襲った。両腕を体の前に置いて盾にし、根を生やすように両足を大地に固定させる。魔王軍にとってそうさせることが目的だ。


 身動きを奪われて動作に制限をかけられたイビキたちに飛空艇の砲塔が向けられる。


「魔力充填――‼」


 飛空艇から無線越しにミリアの声が届けられると、その言葉を合図に砲塔の筒中が紫色の光を帯び始めた。


 魔力の渦だ。飛空艇とアデルがリンクすることで可能とする魔力の砲弾は場所関係なくどこでも放つことが出来る優れもの。ただし一発の充填に莫大な魔力を消費するため現状ではアデルの魔力に頼り切る他に発射する方法はない。


「――発射‼」


 ミリアの号令を合図に魔力の砲弾はイビキたちの頭上に落ちた。大地は穿たれ、爆風は土煙と黒煙を巻き上げた。時間と共に晴れた視界の先に広がる光景は黒焦げになった死体と爆風や衝撃によって重傷を負った王国軍兵士たちだ。


「こんなことが……」


 即死を免れたイビキは重傷の体を起き上がらせて見た光景は風前の灯火となった部下たちの姿だ。


「たった一度……たった一発で……」


 全てが終わった。規格外なのは大きさだけではなかった。装填する魔力量で威力が左右される飛空艇の砲撃は人間の命を嘲笑うように死を与えた。


「少しは魔王の恐ろしさを理解してくれたか?」


「ひ、ひぃ⁉」


 打ちひしがれるイビキの前に立ったアデルが声をかけると、出陣前の威勢は見る欠片もなく脅えた姿を見せた。


「その反応からすると多少の無茶も効果があったようで何より」


 アデルの額からは多量の汗が流れ落ちていく。数百人の部隊を一度の砲撃で殲滅できる威力の魔力砲となるとアデルでもかなり消耗してしまう。それでもイビキの反応を見る限り価値のある戦法だったと言えるだろう。


「一息吐きたいところではあるが、ゆっくりしている暇もなくてな」


 魔剣を振りかざす。太陽の光が刀身を煌めかせ、逆光となってイビキに降り注ぐ。眩しさに目を細めながらもイビキの顔色は恐怖に染まっている。命乞い一つもないのは将軍としてのプライドか、或いは生きることを諦めたか。どちらにしても一切の慈悲を与えないと決めたアデルの覚悟がその程度で揺らぐことはない。


「滅せよ――」


 振りかざした魔剣を振り下ろした。逆袈裟に線が走り、切り口から鮮血が飛沫を上げた。恐怖と絶望を表情に浮かべたまま絶命したイビキを一瞥した後、視線を正面に戻す。


「一部が退却を始めているが、想定通りだな」


「それなら予定通り始めるね?」


「ああ、任せる」


 アデルの了解を得たユミルは使役する魔獣たちに命令を送った。


「前方に立ち塞がる王国兵士を噛み殺せ」


 主人の命令を聞き届けた魔獣たちは本能を解放して王国兵士に猛威を振るい始めた。足止め役のイビキ部隊があっさりと殲滅された結果も相まって戦意を失いつつある王国兵士は次々と噛み殺されていく。


 地獄絵図のような惨状に兵士たちは我先にと撤退を始めていく。ユミルの魔獣部隊は深追いせずに一定の距離を保ちながら攻め立てる。本作戦の目的はルーイットの住民を巻き込んでの徹底した悪を示すこと。それまでに王国兵士を絶滅させては元も子もない。


「ミリアもこちらの速度に合わせて飛空艇を動かしてくれ」


「わかりました」


 上空を支配する飛空艇にも指示を与えたアデルは前方で猛威を振るう魔獣の後を追うように歩き始めた。

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