第57話 『非情に徹することが人類繁栄に繋がると信じて……』
決起軍が傘下に入ったことで改めて今後の方針を決める。
ここでの方針は二択。ここラーバラ平原よりどちらの国に進行するかだ。欲を言えば優勢に立つこの状況を活かして両国を同時に攻め立てたいところではあるが、決起軍が傘下に入っても戦力を割けるだけの余裕はない。そもそも現戦力で一国と衝突すること自体が無謀なのだが、魔王の影響力が著しく低い現状を改善することが最優先である。
「相手をするのは王国軍だ」
戦力的に不利であることを踏まえての選択だ。この帝国西部での一戦は互角の戦況にまで持ち込めているが、国家全体の力を見ればやはり王国軍が劣る。この一戦にかなりの戦力を投じている今ならば小戦力でも突ける隙もあるだろう。
「ここは時間との勝負になりますね」
ミリアの言葉にアデルは頷く。報告によれば一時的に撤退した王国軍は中央に展開する本隊とは合流せず、ここから少し離れた先に設置してある拠点に撤退したとのこと。本隊との合流を選ばなかった理由は定かでないが、突ける隙があるとするならば混乱から覚めていない今しかない。本隊から援軍として現れた部隊の士気や兵力が不安材料ではあるが、それらを気にしていては行動に移すことは難しい。これは一つ間違えれば全滅も免れない危険な方針だが、時に博打も必要な一手だ。
「問題は襲撃の方法か……」
正攻法では戦力が劣る魔王軍が返り討ちにあう。奇襲から搦め手に至るまで、様々な戦法を屈指して挑まなければ勝機は低いだろう。
「拠点の背後にある村まで敵軍を追いやることができれば奇襲の成功率は高まりそう
ですが……」
それは卑怯な手だと脳裏によぎってしまったリンドウは言葉を濁す。ここ事に至っては戦法の善悪など二の次である。それでも踏みとどまってしまうのは人間を基に創られた強い証であり、魔族にとっては非情になりきれない不完全な部分でもある。
「……その村はどこにある?」
重たい空気を払ったのはアデルだった。アデルの声に応じてリンドウは一枚の紙を広げて見せた。それはアークマリア台地全域を詳細に記載された地図だ。リンドウは地図の上に指を這わせて目的の村に指を動かした。指が置かれた村の名前は“ルーイット”。特筆すべきものが何もない田舎である。
「これだけ戦場近くにある村であれば既に住民は避難しているのでは?」
その可能性をリンドウが間髪を容れずに否定した。
「この地図は開戦後に作成したものですが、その時にはまだ住民は脅えながらも普通に生活をしていました」
王国からの避難命令が出ていないのか、それとも命令を無視して居座り続けているのかは分からないが、少なくとも激化する戦争の最中でも生活をする住民の姿を地図作成時にリンドウは確認した。
「この選択は今後の方針にも大きく変わるだろう。だから皆もしっかりと考えたうえで返事をもらいたい」
魔族に課せられた悪に徹するのであれば罪なき人間を利用する戦法も厭わない。それこそ人類の脅威として立つべき存在の正しい姿だとも言えるのだが、やはり人間を基に創られた弊害が決断を鈍らせる。
だがアデルの心配をよそに、この場に集まる面々の答えは既に決まっていた。その答えを代表としてイーヴァルが口を開く。
「アデル様が魔王としての使命を果たすことに誇りを持つと同じく、我々、配下もまた魔族としての使命に誇りを持っています」
イーヴァルは胸に手を添えてから続ける。
「魔王様と我々では待つ運命は大きく異なりますが、人類繁栄という根本は一緒です。そして使命を果たすためには非情な決断も必要なのだと割り切る覚悟も持ち合わせている」
アデルが視線を配れば、誰もがイーヴァルの言葉に賛同するように頷いた。
「だからアデル様。どうか貴方の決意と覚悟を貫き通してください。我々にその大きな背で引っ張ってください。自分たちもまたこの決意と覚悟を胸に貴方様の矛となり、盾となって付き従う所存です」
配下の想いを代表して語ったイーヴァルの言葉にアデルは心に熱いものを感じた。これは感動というよりも、自分に寄せてくれる信頼感を実感できたためだろう。
「――作戦を敷き詰める。まずは部隊を二つに分ける」
配下たちの声を聞き届けたアデルは一切の躊躇いを捨てて作戦会議へと入った。
「一つは軍事拠点を強襲する部隊。もう一つは村へ先回りして身を潜める奇襲部隊だ」
地図上に置いた駒を動かしながら作戦を説明していく。
「そうなると軍事拠点を襲撃する部隊の結果が重要になってきますね」
この作戦は軍事拠点に後退した王国軍を撤退させることが絶対条件である。これが失敗すれば奇襲部隊は待ちぼうけにあうだけ。そして時間をかければかけるだけ作戦の成功率は低くなってしまう。
「強襲部隊に多くの戦力を割く必要があるか……」
「ですが、この戦力では割ける数にも限界があります」
決起軍が傘下に入っても戦力という不安がイーヴァルとリンドウを襲う。奇襲で虚を突くとはいえ、それが少数による部隊ならば脅威は和らいでしまう。和らいだ脅威は次第に冷静さを取り戻し、奇襲が成功してもその勢いのまま敵軍を殲滅することは難しい。
「それについては考えがある」
「アデル様!」
「ご苦労様だ、ユミル。いきなり無茶を言って悪かったな」
「いえ、私は大丈夫です。もちろんこの子たちも同じ気持ちです!」
飛空艇が着陸したのと同時にユミルはアデルから極秘に命令を受けていた。その内容を明かすようにユミルは体を引くと、その背後には数多くの魔獣が姿を見せる。
「強襲部隊には俺とユミルを核とした魔獣部隊が受け持つ」
魔王という象徴と魔獣使いという能力を十全に活かした策をアデルは考案した。
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