第56話 『誇りを胸に共に歩もう』

 ラーバラ平原の一端、後退した両軍を牽制できる位置に飛空艇を着陸させる。天災で隆起した大地が壁となって死角になっていることから外側からの視線は遮り、内側からは隆起した大地に登れば周囲一帯を容易く見渡せる。飛空艇のような大きな乗り物を隠すには適した土地だ。


 着陸して間もなく、搭乗口を開けて大地と通路を繋いでアデルたちが降機する。決起軍は整列する形で出迎える。アデルが眼前に立つと、リーダーの若い男は一歩前に出て片膝を着き、頭を垂れる。


「お初お目にかかります。決起軍のリーダーを務めるリンドウ=ルーグマンです」


 垂れていた頭を上げて若い男は名乗った。


「魔王アデルだ。こうして出逢えたことを嬉しく思うよ」


「勿体なきお言葉。……ですが、正直なところアデル様とこうして顔を合わせる資格は自分たちにはありません」


「どういうことだ?」


「……自分たちは赤子だったアデル様を魔王城に置き去りにした残党軍の子供です」


「――⁉」


 リンドウから明かされた正体は思いも寄らないものだった。そして、明かされた事実にいち早く反応したのはアデルではなく、一歩後ろに下がった位置で立っていたミリアだった。彼女もまた不自由な足を理由に捨てられた身。だが彼女が露わにした怒りは自分のことではなくアデルのことだった。


 言葉にならない感情の叫びを浴びせる。自分より相手を気遣う普段の性格からは考えられない激情だ。冷静であれば怒りをぶつける相手がリンドウたちではなく、その親たちであると分かるものだが、そこに至れないほどにミリアは冷静を欠いていた。それをアデルはミリアの肩に手を置くことで落ち着かせた。


「リンドウ、お前の親が俺を置いていった張本人だとしても、その負い目を感じる必要はない」


「それは詭弁です。たとえアデル様がお許しになっても自分は自分を許せない」


 アデルを捨てる判断をしたのは親であって自分たちに責任がないことはリンドウたちも頭では理解している。当時はアデルと同様に赤子だった彼らにとっては尚更のことだ。だが年齢を重ねて物心がつき、魔族としての歴史と過去を学んだうえで自分たちに課せられた過酷な使命を知ったリンドウたちは親たちの決断を恥じた。前大戦での傷痕が癒えないままの出来事とはいえ、魔族という種族に誇りを持っていればこのような決断を下すことはない。


 だから決起軍を結成したのは罪滅ぼしの意味もある。


「……これからも罪滅ぼしの意識を持ったまま従うというのならお前たちを一緒に連れて行くわけにはいかない」


「そ、それはどうしてですか⁉」


 贖罪の心を忘れないことも忠誠心の一つだと考えていたリンドウにとってアデルの言葉は思いも寄らぬものだった。


「この一戦で魔王軍に対する印象に少し変化が生じる。今より警戒度が強まることは間違いなければ、それを望んでの行動だ。そうなれば俺たちもより結束を固めて事に当たらなければ容易く潰されることになるだろう」


 アデルが一呼吸する。


「そこに罪滅ぼしの念など邪魔でしかない。もしそれを忠誠心の一つとして数えているのであれば今すぐに捨てろ」


 贖罪の心など無駄だと言い放った。アデルにとって結束とは目的を遂行する為に心を一つにすること。だがリンドウが持つ贖罪の心はアデルたちには一切ないものだ。それは十全に一致団結しているとは言えない。


「私は……」


 すぐに捨てることが出来ないリンドウは顔を俯かせた。その反応こそが彼が持つ忠誠心の強さ。命令されたから簡単に捨てるのではなく、その中でも悩むことこそ真摯に向かい合っていると言える。


 アデルはリンドウと同じ視線になる位置まで姿勢を落として両肩に手を置いた。リンドウが俯かせていた頭を上げる。


「リンドウ、お前の心遣いは嬉しい。だがそれ以上に嬉しかったのは魔族の使命に誇りを持ち、そして俺のために決起してくれたことだ」


 アデルの両手はリンドウの両肩から両手へと移動して、握る。


「贖罪ではなく、ただ使命を共に果たすことだけを誇りに、俺に力を貸してくれ」


 リンドウの両手を握る強い感触がアデルの想いの強さを伝える。ただでさえ心酔にも似たリンドウの忠誠心がより強いものへと変化した。


「――改めて言う。親の選択にお前が負い目に思う必要はない。そこに贖罪の心は必要ない」


「はい!」


 一切の迷いなく返事をしたリンドウの反応に頷いて見せたアデルは、自分が姿勢を上げるのと一緒にリンドウも立ち上がらせる。


「これから俺と共に命を賭して使命を果たそう」


「もちろんです、アデル様!」


 この瞬間、決起軍は完全にアデルの指揮下に入ったのだった。

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