第55話 『契機』

 この世に生まれて二十年。魔王としての使命を覚悟する一方、今ある命を自由に謳歌することを望む欲がアデルの中にはあった。


 ――だが、それではダメだ。


 魔王城を離れて世界の現状を知ったことで芽生えた危機感。魔王の脅威が希薄となっていて、従来の方法では弱い。そのような状況で生を謳歌する欲に現を抜かしている余裕はなく、それら一切合切捨てて使命に全てを注ぐ必要がある。


 魔王決起軍からの使者がアデルに謁見を求めてきたのはそんな時だった。


 これは契機だ。欲に抗えず葛藤している最中にも人類に牙を剥く者たちがいる。本来なら自分が率先して起こすべき行動だ。仲間集めというもっともらしい理由を盾に、どこか使命に目を背けていた。もちろん使命を果たすことに仲間は必須だが、傾けるべき優先度は違った。


「目を覚まさせてくれたこと、本当に感謝しているよ」


 地上で奮闘する同族に対して礼を言う。飛空艇からその声が彼らに届くことはないが、変わりに魔王の意思を示すように攻撃の手を止めない。


「こ、後退だ!」


 両軍共に指揮官クラスの人物の命令が戦場に木霊する。長期戦闘で戦力を喪失している両軍に抗うすべはない。まだ墜落していない飛空艇も数艇あるが、燃料や弾薬が消耗した状態で規格外の規模を誇る魔王軍の飛空艇に挑むのは自殺行為だ。それらの観点から両軍の指揮官が下した命令は英断だと言える。


「我が部隊は殿を務める! 後退してくる仲間を一人でも救え!」


 シグナムの部隊が後退してくる仲間たちの盾となるように前方へ出た。対して帝国軍も既存する部隊の中でも比較的、被害の少ない部隊が殿として前に陣を展開する。その両軍に対して決起軍は突撃した。


「蹂躙しろ! 我らには魔王様の加護がある!」


 決起軍のリーダーの鼓舞に呼応するように雄叫びが上がる。それは士気とも連動して激流の如く両軍を呑み込んでいく。消耗しているとはいえ決起軍よりも兵力は上回る両軍だが、それを覆すほどの士気の高さに疲弊した両軍の兵士の心が折れたのだ。気丈に殿を務める者たちすら恐れて逃げ出す者まで出始めた。崩壊していく両軍の姿を地上と上空の両方から見渡す魔王軍と決起軍のリーダーは勢いづく仲間を停止させる。


「よろしいのですか?」


 搭乗しているミリアから声をかけられたアデルは頷いた。


「今は士気の差で戦力差を覆しているだけにすぎない。その状態で下手に深追いすれば正気を取り戻した瞬間に蹂躙されるのはこちら側だ。それは決起軍のリーダーもしっかりと弁えているようだな」


 同様に地上でも決起軍が停止している。それでも警戒は怠らず周囲に視線を配っている辺り命令の意図を皆がしっかりと理解しているようだ。


「ひとまず合流しよう。飛空艇を着陸させてくれ」


 それから、とアデルは続ける。


「君には仲介役として立ってくれ」


「わかりました」


 アデルは決起軍からの使者と共に地上を下りる約束を確約した。


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