第54話 『魔王決起軍』

 アークマリア台地東部“ラーバラ平原”。


 両国の東軍が衝突した土地だ。野原は焼き焦げて黒煙を昇らせ、互いに撃ち合った兵器は共に炎上しながら機能を停止している。空で開戦していた飛行艇も同様の末路を辿り、一機の質量が大きいだけに被害は甚大だ。


 それ以上に被害が大きく及んだのは歩兵隊と騎兵隊である。技術発展によって様々な兵器が主力となっても戦力の大部分を占めるのが武装した兵士だ。それは両軍共に同じで、ラーバラ平原には両軍の兵士が入り混じるように息絶えている。


 その被害数は同等。否、帝国軍の方が甚大にすら思える。それでも王国軍が先に瓦解したのはやはり将軍が討ち取られたことによる戦意の低下が大きい。息を抜く暇すらない緊迫した戦いが長期化する戦場では戦力差よりも士気が戦況に大きく響く。今の王国軍がまさにその状態だ。


 だが浮足立つのは王国軍だけではなかった。将軍を失って瓦解した隙を狙うはずの帝国軍もまた浮足立つ。それは帝国軍も同様に東軍に陣を敷く将軍の一人が討ち取られたからだ。これが相打ちならば特別珍しいことではない。それで戦況が大きく変化することもない。だがそれが予期もしない第三者からの襲撃となれば合点がいく。


 援軍としてラーバラ平原に到着したシグナムがまさにその混乱の元凶となる第三勢力を視界に収めていた。


「なんだ奴らは?」


 報告にはなかった勢力が戦場をかき回している光景にシグナムの目が離れない。それは謎の勢力を見極める意味を含んでのことだが、ここは戦場。足を止めて悠長に偵察ができるはずもなければ、混乱する味方を一刻も早く助太刀しなければいけない立場にある。


「謎の勢力もまた敵と判断する。まずは味方の命を優先に攻撃を仕掛け、態勢を立て直す」


 シグナムは腰から下げる騎士剣を抜刀して、剣先を前方に突き付けた。


「全軍突撃‼」


 自ら先頭に立って突撃する。オニキスとシグナムの部下も連動するように軍馬を走らせた。


                  ◇


 第三勢力を率いるのは若い男だ。血塗られたように紅い戦斧を両手に持ち、身に纏う衣もまた紅色。頭髪すら紅色の地毛を持つだけに、頭部から生えた二本の角の異質さが増す。それは魔族だけが持つ特徴だが、現代の魔族は残党狩りから逃れる為に角を切り落としている。アデルやミリアのような高い魔力を有する者は自ら体内に隠すことができるが、そういった魔族の方が稀有だ。


 軍勢を率いる若い男は後者の魔族だ。それでも角を隠していないのは魔族としての誇りと力を世の中に示す為である。


「我らは魔王決起軍! 魔王アデル様の手足となり人類に牙を剥く矛なり!」


 若い男から発せられた名乗りに戦場がどよめく。魔王復活を知るのは各国の上層部の人間や裏に精通する者たちで、一般兵士には知るすべのない情報だが、どよめきが起きたのは僅かな時間だけだった。それこそが現代の魔王が人間に及ぼす影響力である。


「くく、何事かと思えば魔王決起軍? 片腹痛い。魔王が復活したところで所詮は我ら人に敵わぬ一族に何ができる?」


 両軍から笑い声があがる。その光景はとても将軍を失った両軍勢の反応とは思えない。それは長き歴史に渡って人間が魔王を滅ぼしてきた結果がもたらす慣れと驕り。それは神々が創りだした人類繁栄システム“魔王永劫回帰”の落とし穴だ。


 だが、慣れと驕りで魔王の脅威が薄まっていたとしても、直面すれば恐怖が生まれるのもまた人間の本質である。


 脅威は空から降ってきた。


 無数の砲弾が両軍に向けて放たれる。地上には爆音と共に断末魔があがった。何事だと、上空を見上げれば視界に映ったのは巨大な影。それは雲を切り裂き、エンジン音を響かせながら姿を現した。


「紅と黒の飛空艇⁉」


 全長三〇〇メートルを超す巨大飛空艇に誰もが呆然とする。目を凝らせば甲板に立つ一つの影を捉えた。


「この魔王アデルも随分と舐められたものだ。よもや一兵士ごときに笑われるとは思わなかったぞ」


「魔王アデルだと⁉」


「あれが我らの主‼」


 アデルの出現に戦場では様々な反応が起きた。


「まったく無茶をする。お前の仲間が謁見を求めてきたときは驚いたぞ」


 アデルの言葉は若い男に向けられたものだ。若い男は戦場を強襲する前に仲間を一人、魔王城へと走らせていた。それは援軍を求めるものではなく、自分たちも魔王軍の一員として戦う決意表明を報せるものだった。その報せを聞かされたアデルはすぐさま腰を上げて自ら援軍となり戦場に出向いた。そこにどんな理由があるにしても魔族の王として君臨するアデルにとって無視するという選択肢はない。


「だが、おかげで決心をつける引鉄ともなってくれた。感謝するぞ」


 従来通りのやり方では人類を繁栄に導けないと頭を悩ませていたアデルにとって決起軍の行動が決断させてくれた。


「全砲門を開放。標的は帝国軍および王国軍。このアークマリア台地を焔の海と化す!」


 アデルの指示通りに開放されていった砲門が炸裂した。一度、止んだはずの断末魔と爆音が再び地上を覆う。


 その光景を無慈悲な瞳でアデルは見下ろす。それはアデルの決意を秘めた姿勢の表れだった。

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