第53話 『傍観者と決意する者』

 オニキスとベアトリクスが邂逅した一方、世界の情勢に大きく関わる帝国西部の戦争の行く末を古代竜たちは見守っていた。水鏡と呼ばれる遠くの地から世界を映し見れる器を囲む古代竜たちは器を満たす水の水面に視線を落とす。そこには今も現在進行形で戦争に明け暮れる帝国西部の惨状が映し出されている。


「いつの時代も人は戦争を起こす。嘆かわしい……」


「だが、戦争もまた人を成長させる契機になっているのも事実」


「ですが、このまま戦争を続ければ人類はいずれ死滅してしまいます」


「ここにきて人類繁栄システムである“魔王永劫回帰”が裏目に出始めたか」


 戦争で生まれる闘争の念は人を成長させる契機として最も強力かつ迅速に進めるものだと判断された結果が人類の敵たる魔王という存在を創りだした。だが成長の過程で人は慣れるという性質を得た。その結果が魔王による影響力の低下。現代では魔王という存在は脅威であっても、国の垣根を越えて一致団結するほどの相手ではなくなったのだ。それこそがアデルも危惧した現在の人類だった。


「それでも第八柱は魔王アデルに託す選択をしたようですね。彼自身もこの危機を把握しているようですし」


「ふむ……、どのみち我々は傍観者。見守る存在に過ぎぬ」


 古代竜には自ら人を手助けしてはいけないという掟がある。それは神々の叡智を人間に与えてしまった失敗を二度と起こさない為に作られたものだ。


「ならば我らもまた魔王アデルに託すとしよう」


 結局は魔王に頼る他に方法がない。古代竜たちにとってこの時ほど掟を煩わしく思うことはなかった。


                   ◇


 一進一退の攻防が繰り広げられる戦場は目まぐるしく戦況が変わる。王国軍に戦況が傾いたと思えば帝国軍が盛り返す。そうやって絶妙なバランスによって均衡が保たれていた。だがその均衡も限界に近づいていた。


 そもそも王国軍と帝国軍では国力に大きな差がある。ベアトリクスの采配でどうにか戦力と戦況をイーブンに出来たとしてもそこだけはどう足掻いても覆すことはできない。お互いに国力を削りながらの戦争となると劣る王国軍が先に苦しくなるのは必然だった。


 そして均衡を破れる一報は思わぬ形で訪れた。


「報告します! ダヴァル将軍が討ち死に!」


「ダヴァル将軍が⁉」


 ダヴァル将軍は王国軍の中でもザバンと肩を並べる古参の軍人である。


「将軍の討ち死にしたことで東軍の一部が瓦解。至急、援軍を!」


「わかりました。至急、援軍を送ると報告してください」


 ベアトリクスの指示に従って報告しにきた兵士が去って行く。その後ろ姿を見届けながら思考をフル回転させる。今ここで東軍が崩壊するようなことがあれば雪崩のような勢いで帝国軍が攻めに転じてしまう。そうなれば信頼ある将軍を失った王国軍が敗北する結末は目に見える。そうならない為にもベアトリクスは援軍要請に応じたわけだが、割ける戦力がないのが現状だ。


「中央の部隊を分ける……。いや、そうすればあのバルクホルン将軍の部隊を抑えられなくなる」


 戦場という盤上に牌を置いては消していく。西軍が戦況的に有利に立っているだけ余裕もあるが、移動に時間がかかってしまう。一時的にザパンに総指揮を任せて自ら出向く方法もあるが、司令官が死地に赴いて死傷するようなことがあれば取り返しのつかないことになってしまう。


 良い策が浮かばず追い込まれていくベアトリクスの姿を見ながら、力になれない無力さにオニキスは苛立ちを覚える。そこに一人の男が訪れた。


「東軍には僕が向かいましょう」


「シグナム将軍! いつこちらへ⁉」


「つい先程です。どうやらタイミング的にも良かったようだ」


 シグナムは、元は王都の守備軍として常駐していたが、芳しくない戦況を危惧した国王の命令で増援として訪れた。


「私ではダヴァル将軍の代わりをすることは難しいでしょうが、どうにか建て直してみせましょう」


「どうかよろしくお願いします」


 司令官からの指示も頂いたシグナムは背後に控えている部下たちに下に戻って自身の馬に跨る。手綱を握って愛馬の横腹を蹴ろうと足を動かす寸前で声をかけられた。


「オニキス?」


 シグナムに声をかけたオニキスの行動にベアトリクスが思わず呼びかけた。


「……君は?」


「自分はオニキス=マクレインです」


「マクレイン? まさかヒドゥルさんのご子息か?」


「父を知っておられるのですか⁉」


「ああ。剣術の指南を何度も受けたことがある。……そうか、自慢の息子がいると聞いていたが、まさかこのような場所で出逢うとは……」


 ここが戦場でなければ思い出話に花を咲かせることもできたが、事態に猶予はない。


「それで私に何か用かい? 手短に頼む」


「どうか僕も連れていってもらえませんか?」


「それは……」


 自分の一存では決められないシグナムはベアトリクスに助けを求めた。その視線に従ってベアトリクスが口を開く。


「よろしいのですか? 瓦解したのであれば東軍はまさに死地。貴方が震えていた戦場よりもより恐怖が渦巻く土地ですよ」


「……正直、今でも怖いです。ですがこのまま何もせずに後悔するほうがもっと怖い

のです! ですから僕は行きます。少しでも守れる人がいるなら俺は守りたい!」


「……わかりました。シグナム将軍、彼をお願いします」


「了解した。おい、彼にも馬を」


 シグナムは予備として連れてきた馬を部下に準備させるよう指示を送った。


「遅れずについてきなさい」


「はい!」


 準備された馬に跨ったオニキスに激励を送ったシグナムは今度こそ愛馬の横腹を蹴って東軍が展開する死地へと馬を走らせた。

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