第51話 『帰還と不安』

 ――こうして協力するのは最初で最後。魔王という存在について改めて考える意味でも良い経験となりました。


 それが断罪機関を代表としたミュウが別れ際に言った言葉だ。兵士を城下町まで連行した後、しっかりと噂を広めるか確認した後に本部へと帰還することになる。


 アデルを初めとした魔王軍の面々はニールセンの死体と封印体となったマリアを引き連れて魔王城へと帰還する。ニールセンの死体は魔王城の敷地内にある切り拓かれた丘の上に埋めてお墓を建てた。


「本当にいいのか? 君は魔女見習いといっても人間だ。一度でもこちら側に相容れることになれば後戻りはできないぞ?」


 ベヨネッタは魔王軍入りを志願してきた。それはニールセンが望んだ最期を叶えてくれた恩返しをするためとニールセンの心も息づくマリアと一緒に人生を歩みたいと願ったからだ。


「問題ありません。そもそも魔女見習いになった時点で後戻りはできない覚悟はできています」


 覚悟の強さが表情に表れている。


「……はぁー。そんな顔を見せられては断れないな」


 肩を竦めながらアデルはベヨネッタの覚悟に折れた。魔王という立場から考えれば責められても言い返せない甘い判断だ。


 了承を得られたベヨネッタがマリアの下へ去って行く後ろ姿をミリアと見送る。


「よろしかったのですか?」


「……少し思うところがあってな」


「思うところですか?」


「これまで通りのやり方で使命を果たしてもいいのだろうか? そう思うようになってきてな」


 それは魔王の使命に疑問を覚えたわけではない。ただ従来の方法では人類を繁栄の道へと誘うには弱いのではないかと考え始めたのだ。そこに至ったのはこれまでに出逢ってきた人間たちが影響している。


「帝国のルシアや断罪機関のミュウ。ニールセンにしても魔王が誕生する意味を理解していた」


 それだけならば歴史の記録を遡れば答えにたどり着けるだろう。アデルが危惧したのは魔王が復活しても一切の動揺を見せなかったことに対してだ。これまでは魔王という存在が出現するたびに人間たちは戦争を締結させて同盟を組み、魔王討伐の機運が盛り上がるところ、現状ではその様子が窺うことができない。魔王軍の現状を顧みての判断かもしれないが、それにしても反応が芳しくない。


「つまり魔王の影響力が既にないと?」


「ないとまでは言わないが、薄まっているのは間違いない」


 人間とは簡単に慣れてしまう生物であるという言葉を裏付ける。それでも自分に出来ることは限られている。魔王の脅威に人類が一致団結して、その繫がりが平和という形で永劫に続く。それこそが人類にとって最も繁栄した世界であると考えられている。だがこのままでは理想とは程遠い結末を迎えてしまう。それは魔王として恥ずべき結果だ。


「アデル様……」


「すまない、少し弱気になっていたようだ……。どうか忘れてくれ」


 心配するミリアを気遣って忘れるように伝えたアデルだが、その後ろ姿は苦悩に染まっているようにミリアの瞳には映るのだった。


                   第2章 『黄昏の魔女裁判』

                              

                                ~完~

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