第50話 『ただ孤独が怖かった』

 始まりの記憶は孤独だった。


 広い神殿で台座に封印されているだけの存在。自分が人間に与えた功績は記録として残っていてもそれを記憶として懐かしむことはできない。


 独りぼっちだった。時間の流れと共に自分は何のために生まれた存在なのかと自問自答を繰り返すだけの日々に飽き飽きしていた。この退屈な毎日を壊してくれるなら何を犠牲にしてもいいと思うようになった。


 だから初めての来客に心を躍らした。念願の来客者に興奮した原初の焔に相手の様子を窺える余裕はない。やまぬ興奮の勢いのまま話しかける。自分以外に誰もいないと思っていた来客者は呼び掛けられたことに驚きを見せたが、絶望の淵に立っていたことが彼の感覚を麻痺させていた。


 話しかけてくる原初の焔に来客者は過去を吐露した。それが幸福と不幸が交差する人間のありふれた人生。波瀾万丈と呼ぶには盛り上がりにかける平凡な人生。それでも一喜一憂しては時に希望を抱き、時に絶望してしまう人の在り方に原初の焔は惹かれた。


 だから原初の焔は手を差し伸べた。神々の叡智とされる自分の力を手にすれば絶望を味わうことなどなくなるはずだと。


 それは完全な善意からくるものだった。無力だから絶望を味わう。来客者の話から弾きだした最善の一手だと判断した末の提案である。提案された来客者は熟考の末に差し伸べられた手を取った。


 それが悲劇の始まり。原初の焔を手にした来客者は強大な力に溺れたのだ。自分の思い通りにならないことがあれば力を使って強制的に従わせる。それでも反抗するようであれば命を奪う、殺戮と暴虐の限りを尽くすだけの存在と化した。


 その結果は処刑執行。処刑台に繋がられた来客者に向けて非難の声と暴言が浴びせられる。それを来客者は狂気の笑みを浮かべながら笑い声をあげるだけ。誰の目から見ても精神に異常がきたしているとしか映らなかった。


 ただ一人、来客者の中で力を貸していた原初の焔を除いて。


 ――どうしてだ? どうして責められなければならない? どうしてだ⁉


 力こそが絶対。それは繁栄してきた歴史が証明している。力があったからどんな苦難も乗り越えて成長し、その果てに幸福を得られた。力を与えたこの男も思い通りに事を成して絶望を味わうこともなくなった。最後は力に呑み込まれて精神に異常をきたしてしまったが、それはこの男に自在に扱えるだけの力がなかっただけのこと。


 そう、自分を扱えるだけの力を持ち合わせていないからダメなのだ。今度ももっと強い力を備え持つ人間にこの力を与えよう。


 それから原初の焔は神殿に人間が訪れては話を持ち掛けて力を与え続けた。だが結果は失敗続き。どうして失敗するのか、悩んだ末に原初の焔が次に取った行動は来客者の体を乗っ取り自ら力を使役するという方法である。


 そこにはかつての善意は何ひとつない。あるのは自身の力を誇示したい欲求だけだ。そして証明することが犠牲となってきた者たちも望んできたことだと自分に都合の良い考え方へと変化させていた。


 だから止まらない。


「このような結末など認めるものか――――‼」


 原初の焔の叫びはマリアの声帯を通して表に出された。叫びは波動となって大気を波打たせる。


「封印術が破られた⁉」


「いや、まだだ! 皆、手伝え」


 破れる寸前の封印術に魔力を注ぐことで繋ぎ止める。そのために魔王軍の面々を処刑台の上に配置していた。


「封印は失敗ですか⁉」


「いや、封印術そのものは働いている」


「つまり最後の抵抗……にしては強烈すぎない⁉」


「喋るぐらいなら魔力を注ぐことだけに集中しろ、馬鹿者どもか!」


 ジルの叱咤に皆が身を引き締めるも事態は悪化していく。今は枷によって体そのものは封じられているが、破壊されるのも時間の問題だろう。そうなれば想定する最悪の事態を招いてしまう。


「だ、だめです! 押し返されます!」


 全力をもってしても押し返されたことでミリアが音をあげるも、それとは裏腹に原初の焔の抵抗が停止した。何が起きたか理解が追いつかない現場の面々は疑問符を浮かべる。


 それを晴らしたのは一人の声だった。


「任せるとお願いしたのにこの体たらくではおちおちと眠りにつけないではありませんか」


 声の主はニールセンのものだった。


「どうして貴様が我の中におる⁉」


「立派な体を持ったことで随分と綺麗な声になったではありませんか」


「我の質問に答えろ⁉」


「質問に答えるも何も、貴方が望んだのではありませんか? 共に一緒にいてほしいと」


「何を言っている⁉ そんなことを望んだことは――」


「思い出しなさい。貴方が本当に欲しかったのは自分の力を惜しみなく出せる器? 違うでしょ? 貴方が求めたのは寄り添ってくる仲間ではありませんか」


「な……か……ま……」


 記録にはない言葉。だが悪意で荒れ狂う心を清浄していく感覚に抗う気力が起きない。それは孤独だった頃の記憶を蘇らせる。


「……あー、確かに我は……私は願ったではないか……」


 孤独から脱却したいと。人間と同じく気さくに会話できる相手を。初めて力を与えたのも初めて出来た友人の手助けをしたかったからだ。それが何時しか己が力を誇示するだけの欲求へと変化していた。それはきっと自分の力で友人の人生を狂わせてしまった現実から目を逸らしたかったから。


「私は取り返しのつかないことを……してしまった」


「そうね。貴方のしたことは許されたことではない。でもそれは私たちも同じ。やるせない気持ちを、復讐に駆られた心を、貴方のことを何ひとつ考えずに押し付けてしまった」


 だから同罪、とニールセンの言葉に同意の声が原初の焔に届く。それは懐かしい声。自分が狂わせ、そして愛おしく思ってきた友人たちの声である。


「でもこれから一緒。共に苦しみ、楽しみあえる。そうでしょ?」


「――あぁ、そうだな。その通りだよ」


 その言葉を最後に抵抗は完全に消えた。先程までの力の波動も消失して、静かな空間が支配する。


 何が起きたのか? それを完全に理解して把握できている者は誰もいない。ただ分かっていることは原初の焔が完全に封印されたこと。否、悪意に染まっていた原初の焔が浄化されて本当の姿を取り戻したのだ。


「う……ん……、ここはどこでしょうか?」


 そして自動人形として生まれ変わったマリアが目覚めたのだった。

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