第49話 『封印』

 準備が完了したのは日も落ち始めた黄昏時だった。


 綺麗に染まっていた茜色の空も遠くに残滓を残すだけで、宵の支配が広がっている。丘の上には処刑台が設置され、壇上には枷で固定されたニールセンとマリアの姿。そして予備として複数の自動人形がある。


 処刑台の前にはユリウスたちの部下たちが縄で縛られ、処刑台の舞台からミュウが監視の目を光らせながら俯瞰する。


「……なるほど。彼らが民衆の代わりということですか」


 ミュウと同じ景色を眺めていたニールセンは処刑台前に整列させられている兵士たちの姿を見てミュウの考えが読めた。


「当然です。このような危険な場所に民衆を集めるわけにはいかない」


 ただの魔女裁判であれば民衆に呼びかけることも可能だったが、どんな危険性を孕んでいるかも分からない現場に集めることはできない。そこでミュウは兵士を民衆の代替わりとさせることを思いついた。上司の命令とはいえその手を罪で染め上げていることから一般人と呼ぶには相応しくないが、兵士だからこそ役に立つ要素もある。


「魔女が世界を救った。普通なら与太話としか思えない噂も国に仕える兵士となれば多少の信憑性もあるはず」


 それが一人二人ではなく複数人ともなれば信憑性はますます増していく。総勢数百人に渡る捕虜はまさしく適している。


「ですが彼らが噂を広めるとは到底思えませんが?」


「問題ないです」


 巨大鋏を舞台に突き刺して威嚇の姿勢を見せつける。


「罪人に拒否権はありません。もし拒否するようならば――」


 ミュウは巨大鋏で予備として置いてある自動人形のひとつを切断した。


「断罪するだけのことです」


 ミュウの冷たい声と濃密な殺気に当てられた兵士たちは息を詰まらせた。修羅場を潜ってきた兵士たちだからこそ抵抗するだけ無駄だと判断できた。


 狼狽える様子も見せないことに満足したミュウは再び口を開く。


「聞け! これより行う魔女裁判は我々人類を救済に導く犠牲である。それは一人の魔女の勇気ある自己犠牲だ。貴様たちにはこれから起きる出来事をその目に焼き付け、記憶し、そしてメッセンジャーとして民衆に語り広めろ」


 兵士たちに驚きの表情が窺える。それもそのはず。存在そのものを悪とされている魔女を擁護する裁判など初めての事例である。そしてそれを噂として広めるメッセンジャー役を罪人に任せることもだ。


「メッセンジャーを罪なき者に任せることなどできるはずもない」


 魔女を擁護するということは悪を容認したことと同義だ。それが兵士ともなれば民衆からの糾弾はより強いものとなるだろう。


「命と比べれば安いものでしょう」


 ミュウは視線をニールセンに戻す。


「これが私のできる最大の手助け」


「十分ですよ」


 民衆を集めることができなかった時点でニールセンは自身の願いにある程度の妥協が必要だと考えていた。それは噂の信憑性に繋がる。たとえ兵士の言葉であっても魔女という弊害はやはり払拭できない。ミュウの言葉通り悪を容認したのではないかという疑いが先行してしまうからだ。


「それでも少しは変わると信じるだけです」


 ニールセンは不安を払うように大きく息を吐いた。


「それでは始めるとしましょう」


「わかりました。魔王殿!」


「準備はできている」


 アデルを筆頭に魔王軍の面々が処刑台に上る。アデルを除いたメンバーはニールセンとマリアを囲むように陣を組み、アデルはニールセンの前に立つ。その隣にはベヨネッタの姿もあった。命の危険を晒してでも最後はニールセンの傍にいたいという彼女の願いを叶えた。


「ニールセンも覚悟はいいな?」


「――はい。後のことはよろしくお願いします」


 その言葉を最後にニールセンは己の意識を落とした。それが合図。そしてそれは彼女が見せた唯一の隙だった。


 ――ヨウヤク、スキヲミセタナ!


 意識を落としたニールセンの体を奪おうと原初の焔が動き出す。神経から血液に至るまで、募った負の念が掌握していく。

邪魔する者はいない。遂に自由に動かせる体を手に入れて現界する近い未来に原初の焔は笑いが止まらない。


 だが思い通りに事が運ばないのが現実である。


 ――ナゼダ? ナゼシハイリョウイキガススマヌ⁉


 あと少しで全てが掌握できる手前で足止めをくらう。邪魔する者などいないと高を括っていた油断が原初の焔を襲う。


「強すぎる力。強すぎる負の念。強力すぎるというものも考えものだな」


「バ、バカナ⁉ ナゼマオウノキサマガコノオンナノナカニイル!」


「逆だ、馬鹿。お前が体内から出されたのだ。周りを見てみろ? 力と負の念に溺れた視野の狭さを広げてみるといい。お前が置かれた現状が分かると思うぞ」


 アデルの言葉通り周囲に視線を配った原初の焔は気付く。それは自分が願いに願い続けた光景。どこまでも続いていくのではないかと希望と夢を抱かせる世界という名の広大な自然だ。


 だがその景色を眺める自分の姿は望んだものと大きく異なっていた。


「キ、キサマ! シンゾウヲヌキトッタノカ⁉」


「そこに標的があると分かっているのであれば狙わない手はないだろ? それとも本

当に抽出すると思っていたのか?」 


 どこに耳があるかも分からない敵地で手の内を明かすような失敗はおかさない。その現場であれだけ抽出という言葉を発していたのは単純に罠である。さすがのアデルもここまで的中するとは思っていなかったが。


「アデル様、早く!」


「ああ!」


 ミリアからの催促に答えたアデルは掴んだニールセンの心臓をマリアの胸に押し当てた。瞬間、魔法陣が展開される。それは原初の焔の力に反応した封印術だ。


「グ、グォ⁉」


体内に吸い込まれていく原初の焔が鈍い声をあげた。抵抗を見せるも、それを予期していたように複数の柱が囲み檻を作る。抵抗するだけ檻は紐のように縛りを強くしていく。


「バカナ! コノヨウナケッカハミトメヌゾ――‼」


 叫びも空しく、原初の焔は檻に閉じ込められたまま自動人形の体内へと引き摺りこまれていった。

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