第46話 『先生と教え子』

 エリンの丘を目指して大移動が始まる。必要となる設備を軍車両の荷台に載せて紐で固定させ、トラブルに備えて戦力となる人物を各車両に乗車させていく。断罪機関の面々は労力として利用している捕虜たちを監視する役目として個々に別れ、ニールセンとベヨネッタは最後になるかもしれない時間を共有する為に同乗する。護衛役としてイーヴァルとユミルにジルが抜擢され、アデルとユミルは移動の合間でマリアの体に封印術を施すべく動いていた。


「どうだ?」


「かなり反発が強いです」


 魔法耐性を持つ自動人形の装甲にミリアは手こずる。前大戦の技術をそのまま利用しての開発だと踏んでいただけにしっぺ返しが痛い。つまりグラチア皇国は魔王軍が壊滅した後も自発的に魔法の研究を怠らなかったことを意味する。


 その行為に意味がないとは言わない。結果的にその成果がこういう形で発揮されているのだから。或いは魔法の特性を解明することで魔導器とは別の形で使用できることを目指していたかもしれないが、それでも現代の情勢を考えれば悠長な方針だと言わざるをえない。その結果が世界の覇権争いに一歩出遅れて、睨みを利かせるだけの立場で収まってしまった。


 ミリアは封印術を組み込む作業と同時に解析も進めていく。魔法を弾く特性を片っ端から試して消去していく単純作業だ。効率としては悪いが、同時に最も確実な方法でもある。現状は限られた時間もさることながら、それ以上に求められるのは原初の焔を封印できるだけの強固な封印術。効率を求めることで中途半端な解析で終わってしまう可能性は完全に切り捨てなければいけない。


「魔力回路のバイパスは繋いだ。好きなだけ使ってくれ」


「ありがとうございます。アデル様の魔力があれば百人力です!」


 解析と封印術のどちらも集中力を要する作業のなかで魔力のコントロールまでは厳しい。そこでバイパス回路を繋ぐことで魔力供給をアデルが担う機転を働かせた。


 その最中にミュウから通信が入る。


「――繫がった。そちらの首尾は?」


「想像より高性能で手間取っているが、どうにか間に合わせる」


「そうでなければ困ります。彼女の制御を掌握されて器まで手にすれば混乱は免れないのですから」


「重々承知しているさ。それでも最悪の想定をしておく必要もあるだろう」


「わかってる。だけど神々の叡智を相手にするのは骨が折れそうだから願い下げだ」


「同感だな」


 ミュウの言葉にアデルも同意する。ただでさえ情報が少ない相手が器を手に入れて自由自在に行動できるようになったらどうなるのか想像すらできない。それこそアデルやミュウでは太刀打ちできない未曾有の敵として立ちはだかることも十分に考えられる。そうなれば世界にどれだけの打撃を与えるのか、考えるだけでも恐怖で身震いしてしまう。


「そうならないためにもこちらに集中する」


「わかった。頼むわ」


 通信を切ったアデルは意識をミリアとマリアに向けた。額から汗を流しながら魔法を展開するミリアに絶え間なく魔力を流していく。


                  ◇


 一方、別車両でニールセンはベヨネッタと会話を弾ませていた。その姿は先生と教え子というよりも母と娘である。他愛のない話で進んでいく会話も目的地へと迫るにつれて口数が減っていく。


 変化が顕著に表れたのはベヨネッタだ。声音は震えて、目頭が涙で熱くなっていく。堰を外せば感情をコントロールできないだろう。そんなベヨネッタの頭をニールセンは慰めるように優しく撫でた。


「ふふ、既に私が死ぬことが決まっているみたいね」


「……先生が嘘をつかないことはこの短い付き合いでも分かっています。その先生が自分で死に方を選べると言いました。これもまた真実のはずです!」


 堰が少しずつ崩れていく。


「先生が言う通り原初の焔の抽出で死ぬことはないのかもしれません。だけど先生の心は死を決意している。先生はこれをきっかけに死ぬつもりなのですよね⁉」


「…………」


 ベヨネッタに突かれた核心の言葉にニールセンは言葉を詰まらせた。ここで否定や言い訳をするのは簡単だ。それを虚言だと確定する方法はないのだから。


 だけどニールセンはそれができない。教え子に嘘を吐くような不名誉なことが彼女の選択肢にはない。


 ニールセンは観念したように溜め息をひとつ吐いた後、堰が崩れたことで流れ始めたベヨネッタの涙を手で拭いながら口を開いた。


「その通りよ。私はこの作戦を完遂させることで死ぬつもりです」


「ど、どうしてですか⁉ だって先生が死ぬ必要なんかどこにも――」


「あるのよ。これは私が招いてしまったことだから。……覚えていますか? 私が魔女になった理由を」


「それは忘れてしまったって……」


「あの時は誤魔化したけど、私が小国のお姫様だったということは本当だったのよ」


 ニールセンは誰にも話すつもりのなかった自分の過去を唯一の教え子へと語り始めるのだった。

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