第45話 『処刑場所』

 アデルからの説明を受けた面々は神妙な面もちを浮かべる。


 原初の焔の危険性を理解しながらも、それを封印するためにニールセンと彼女の母親であるマリアを利用することに納得がいかないのだ。なかでもベヨネッタは複雑な心情がより窺える。


 彼女からすれば命の恩人であり、先生でもある人物を失う。その痛みは当人にしか分からない特別なものだ。線に結んだ口を今にも開けて反論したいことだろう。だがベヨネッタは迷いから一歩踏み出せない。


 ――先生の覚悟を聞いてしまいました。


 反論はその覚悟を否定することになってしまう。これがアデルたちの取り決めた一方的なものであれば反発することも厭わない。それは協力の約束を反故したことになるのだから。


 だがニールセン自らの提案となれば協力そのものが無効になる。救うべき相手がそれを求めていないのだから致し方ない。本来ならばそれすら無視して救うべき行動を取るのが生徒のあるべき姿なのだろうが、同時に先生の意思を汲み取るのもまた生徒の役目だとベヨネッタは考える。


「私はどうすれば……」


 葛藤するベヨネッタをよそに作戦は着々と進行していく。そのなかで陣頭指揮を執るアデルとミュウは問題に直面していた。


 それは場所だ。ただ原初の焔を封印するだけならば設備が揃っているこの要塞で事が済むのだが、ニールセンは魔女が世界を救済した事実を公表することを条件として挙げている。それを満たさなければ力を貸すことはできないと拒否を示すほどだ。


 だからといって事後報告で伝えてもその話が浸透することはない。魔女が世界を救済したなど世迷言として聞き流されるからだ。そうならない為にも民衆の前で執行する必要がある。


 まさに百聞は一見に如かず、を体現する形だ。


「……やはりエリンの丘しかありませんね」


「エリンの丘?」


 聞き覚えの無い地名にアデルは訊き返した。


「正式名ではありません。世間的には断罪の丘として知られている場所です」


 その名の通り処刑地として利用される丘だ。それを“エリンの丘”と別名で呼んでいるのは戒めである。


 エリンとは初代魔女の名前。身勝手な者たちによって無実の罪で裁かれた女性だ。本来なら法を司る断罪機関が守るべき人物だったにも関わらず、何一つ救うことができなかった。歴代の法の番人たちは自分たちの無力さを噛みしめて励み、その未来がミュウたちに繋がった。


「自らの命を賭してまで世界救済に挑むのであれば、その覚悟に自分たちも示す必要があります」


 本来なら誰かの意思に左右されて裁判を執行するのは平等ではなくなるからご法度だ。だが命を賭して世界を救済する功績を考えれば情状酌量はあるとミュウは判断した。


「だが設備はどうするつもりだ? 運ぶにしても人手は足りない」


「問題ない。ここにはこの設備を扱える科学者も運ぶための兵士も数多く残っています」


「なるほど、その手があったか」


 指揮官を失った要塞内の兵士や科学者は人質と同じ扱いになっている。抵抗すれば断罪すると脅せば否応でも従うほかに選択肢はない。それでも抵抗するようなら実行するまでのこと。関係者として彼らもまた罪人であることに変わりはないのだから問題ないのだ。


「シグムントとローデリアにはその陣頭指揮を執ってもらいます。反抗するようであれば対応はお前たちに任せます」


 ミュウの指示に二人は早速、動き始めた。


「なら俺たちも急ぐとしよう。ミリアきてくれ」


 控えていたミリアを呼び寄せたアデルは彼女とミュウを引き連れてマリアが浸かっているカプセルの前に立った。そこにはニールセンとベヨネッタの姿もあった。


 傍に寄ってきたアデルたちに気付いたニールセンが振り返る。


「そちらの段取りは決まりましたか?」


「ああ。そちらも確認は終えたのか?」


「ええ。ユリウスたちは母にかなり期待していたようね。他の自動人形よりも遥かに精巧に造られているわ。でもこれなら封印の依代として問題ないでしょう」


 原初の焔の影響が自動人形にどれだけ与えるかは不明だが、痛覚のないことが肉体的な負荷を人よりも緩和してくれるはずだ。調べる方法も時間的余裕もない今、それを信じるしかない。


「それでは運ぶとしましょう。ベヨネッタ手伝いなさい」


「は、はい!」


 手伝い役として選ばれたベヨネッタはニールセンと一緒にカプセルを運び出す。


「貴方とこうして話すのも最後かもしれない。だからそれまでに全てを伝えたいと思うの」


 この時間を先生としてニールセンはベヨネッタに心の思いを伝えるのだった。

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