第44話 『ニールセンの決意』
一方、別経路から侵入していたイーヴァルたちは警備兵との戦闘を何度か繰り返し、目的であった地下へと繋がる階段を発見していた。光が届かない階段下は薄暗くて先が見えない。敵地だけに降りる勇気を試されるほどに不気味な空気が漂っているも、それだけに階段先には何があるのか調べる必要がある。
「この先が牢獄でしょうか?」
「そうであってほしいがな」
苦労した末に発見した階段なだけに願う。牢獄は光の届かない地下にあるのが相場なだけに当たりを引いた可能性は高いが、それにしては不気味なほどに静かだ。これだけの要塞ならニールセン以外の者が捕まっていてもおかしくないはずなのに。
「行かないの?」
「――いや、行こう」
子供だからこその怖いもの知らずな発言だが、この時だけはイーヴァルたちを後押しする。無駄に考えて足踏みしてしまうのは大人の悪い癖だ。
イーヴァルを先頭に階段を下りていくと閑散としたフロアに到着した。
「なんだここは?」
薄暗いフロアに眼が慣れていく。暗闇の世界に色が付き始めて周囲を視認できるようになっていくと、視界に映ったのは無数の精密機械とそこから伸びるケーブルに繋がれたカプセルだ。
「……これって人なの?」
ジルの背から幼い眼が映したのはカプセルの中で眠る美しい女性だ。至って不自然のない白髪を背まで伸ばし細身の女性は目蓋ひとつ動かすことなく眠りについている。
カプセルの台座に視線を落とせばプレートに名前が刻まれている。イーヴァルは被った埃を払ってから刻まれた文字を読み上げた。
「マリア=フィリドール……?」
どこかで聞いたことのある姓に明確な答えを声にしたのはベヨネッタだ。
「先生の苗字です! ではこの人は先生の家族⁉」
どうして、という疑問がこの場にいる誰しもが抱いた。人がカプセルに閉じ込められている経緯も分からない。それはどれだけ思考を働かせてもイーヴァルたちには答えにたどり着くだけの情報が手元にない。
だがその疑問は背後から届いた声によって晴れた。
「それは私の母よ」
振り返ればそこにはニールセンを初めとした一行の姿があった。一時的な協同戦線を結んだアデルたちはニールセンに原初の焔を封印する自動人形に心当たりがあると言われてこのフロアに訪れた。
「先生のお母さんがどうしてこんな場所に?」
「私の母も魔女で、幼い頃に軍隊に捕まって連行されたの。てっきり処刑されたものとばかり思っていたけど……」
魔女が捕まれば裁判にかけられて民衆の前で処刑されるのが習わしだ。母も同じ道をたどるとばかり思っていたニールセンにとって感動の再会だ。
だが母親を前にニールセンが漏らした言葉は感動とは程遠く、何より娘として非情なものだった。
「アデルさん、私の心当たりがあるといった自動人形はこの人です」
「正気か? 自分の母親だぞ」
鬼畜としか言いようがない選択に誰もが驚かされた。
「自分も母親だと今初めて知りましたよ」
そうでなければ未来のためとはいえ母親を封印体として差し出すことなどしなかった。この再会は本当に偶然によるもの。ニールセンがこの自動人形を紹介したのはあくまで兵士の噂を耳にしたからに過ぎない。
それでも今なら発言を撤回するのも遅くはない。それでも撤回せずに押し通すのは彼女なりの決意だ。肉親の私情すら捨て、自身の命を賭けての人類救済を選択した。
「それに今まで苦しんだ母を娘が助ける。魔女の美談としては立派なものでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってください、先生!」
自分たちの与り知らぬところで話が進んでいることにベヨネッタが待ったをかけた。彼女からすれば先生を仰ぐ人物が命を賭けて人類を救済しようとしているのを聞いて黙っていられるはずもない。
「ど、どうして先生が死ななければならないのですか⁉」
「別に死ぬわけではありません。ただ私の心臓にある原初の焔を取り出すとなれば相当の危険性があるというだけのことです」
いいですか、とニールセンは続ける。
「これが成功すれば魔女の立場も少しは解消されるはずです。もちろん過去の罪が清算されるわけではない。それでも世界を救った功績は確執を取り除いてくれます」
現代の魔女は先代たちが残した罪を背負う形で生きている。ニールセンからすれば見知らぬ魔女の罪を自分たちが背負うことに納得がいってなかった。何よりその考え方こそが自分の師でもある母親のものだった。
「私は運がいい。自分で死に方を選べたのですから」
「先生……」
「――時間がありません。早速、母親を稼働させましょう」
時間を置けば決意も揺らいでしまう。ニールセンはそうならないように率先して計画を進めるように進言した。
「わかった。ミュウたちは彼女の稼働をさせてくれ。その間に俺は現状を皆に説明する」
「わかった。二人とも手伝いなさい」
それぞれが人類を救済するべく行動を再開した。
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