第43話 『意思を持つ焔と協同戦線』

 原初の焔の存在を知らされたミュウは思考を走らせていく。ニールセンの言葉が真実とするならば彼女の命を容易く奪うことは危険行為だと判断できる。それは原初の焔に秘められた強大な力が依代を失くすことで暴発する可能性を考慮しての判断だが、何より危惧したのは原初の焔のような神々の叡智と称される代物に付き纏う噂だ。


 ――噂は噂。それを信じる根拠など当然ない……。


 それでも無視できないのはニールセンの体内から溢れ出す未知の力の波動。それが何なのかを証明する術はない。もしかすれば錯覚や勘違いかもしれない。それでもシグムントたちを制止させてまで断罪を中断したのはアデルが眼前の敵を無視して制止させてきたから。


 信頼を寄せるには時間も関係性も築かれていない。むしろ人類と法律の敵として君臨する魔王の言葉に信憑性などない。それでも従うべきだとミュウの本能が訴えたのだ。


「あんたの中にあるのは本当に原初の焔なのか?」


 アデルが改めて確認するとニールセンは頷き返した。浮かべる表情の色は余裕に満ちている。そこに断罪に脅える様子は一切ないことが信憑性を高めていく。或いは魔女になる際に恐怖も捨ててしまったか。


「私からも質問です。原初の焔に意思があるという噂は本当ですか?」


 誰もが知りたかった核心に迫る質問だった。神々の叡智に数えられる代物には人と同じく意思があるとされたまつわる噂。もしその噂が本当ならばニールセンの心臓に原初の焔が埋め込められた理由が分かる。


「本当よ。数多の人の意思が集合体となって原初の焔の中で息づいている」


 だって、とニールセンは続ける。


「だって原初の焔はその時代に依代となる人を見つけては寄生して力を養っていく生きる叡智なのですから。養われた力は意思するも芽生えさせて、遂には依代の体を奪おうと機会を窺う存在へと昇華したのです」


 明かされていくまつわる噂の真実にアデルたちはただただ言葉を詰まらせる。原初の焔に秘められた強大な力に加えて人並みの意思が備わったとなれば、それは世界を脅かす存在でしかない。それこそ世界を滅ぼすことも容易く熟してしまうほどに。


 それは現代を生きるミュウたちはもちろん、人類繁栄の使命を請け負うアデルにとっても望まぬ未来だ。


「私を断罪するのなら計画を立てたうえで執行しなさい。この言葉の意味が分かりますね?」


 まるで自ら断罪を懇願するように注意点を述べた。それは彼女がわざわざ発言の意味を理解しているのか問う言葉を贈ったことに集約している。


「つまりもう猶予はないということですか……」


 ニールセンの体は既に限界が訪れているとミュウは判断した。だからこそ彼女は確実な方法による断罪を求めたのだ。これ以上、自分のような被害者を出さないことを願って。だがこの願いをユリウスに託すわけにいかなかった。彼の頭には原初の焔を軍事的に扱うことしか頭になかったからだ。それでは力を抑えることも操ることも出来ずに取り返しがつかない被害が起きていた。


 だが眼前に立つ者たちにその心配はない。魔王と法の番人という使命感に殉ずる意思を持つ者たちならば強大な力に魅入られることがないと信頼できる。


「……どうでしょう? ここは一時的に協力関係を結んで事の対処に当たるというのは」


 ミュウからの協力依頼にアデルは頷く。


「こちらとしても協力を仰ぎたいと思っていた。さすがに俺一人の手に余る案件だ」


 最悪、ベヨネッタの依頼を反故する形になってしまうが、割り切るしかない。どれだけ罵られ、恨まれ、怒りをぶつけられたとしてもアデルの使命は人類の繁栄。その為ならば恥を忍んでも使命を全うする。


「でもよ、どうするつもりだ? この姉さんを殺しても滅ぼせない力を壊す方法なんてあるとは思えないぞ」


「それを今から考えるんでしょ! その少ない脳みそでもいいから考えなさいよ!」


 弱腰になるシグムントをローデリアが叱る。喧嘩腰から始まり会話の行きつく先はどうあってもやはり揉め事となってしまうのだが、事の事態の重さをしっかりと認識している二人は喧嘩することなく思考を働かせた。


「原初の焔も遡れば神殿に封印されていた代物だ」


 人に与えられた知恵と技術の結晶でもある原初の焔は人間が成長していく過程で、やはり過ぎたる力として神々の手によって封印された。それこそ神殿が建造された理由にも繋がる。


「神々が施した封印を作れるの?」


「仕組みが分からない限り同じ封印をすることは難しいが、それでも人の手によって解除されてしまう程度の封印で抑えが利くのであれば可能性はある」


 時間の経過によって封印が弱まっていたとしても神々の封印を解除するのは簡単ではない。それを人の手によって解除された事実があるならば、原初の焔と同等の力がある封印を必要としない仮設がたてられる。


「封印する場所はどうするんだ? 元々、封印されていた神殿を探す時間はないぞ?」


 シグムントからの問題にアデルは液体浸けされた自動人形のカプセルに手を触れた。


「まさか自動人形に封印するつもり⁉」


 既に記憶を奪われ、肉体も改造された姿になってはいるが、それでも脳は人によるもの。それを封印の依代として扱うのは倫理的にも同族として納得できるはずもない。


「神殿を探している時間はない。だからといって場所を固定して封印してもいつか解除される恐れがある。ならば常に目が届く範囲に置いておける器が相応しい。心は痛むがこれも多くの人を救済するための選択だ」


 何らかの理由で封印が解けようとしても傍にあれば対処できるメリットは大きい。


「彼女の姿やこれまでの依代たちの事を考えると原初の焔を身に宿しても死ぬわけではない。そこに封印するという形で宿せば依代となった自動人形が死ぬこともない。つまりそういうことね?」


 答え合わせするようにミュウが説明した。対策案を出したアデルは頷くことで説明が正しいことを認める。


 判断を仰ぐようにシグムントとローデリアはミュウに視線を寄せる。その当人は思案顔になって決断の意をどうするか思考していた。


 ひとつ深く深呼吸をして思考をクリアにする。目蓋を下ろして情報を遮断して脳だけをフル回転させる。原初の焔をこれ以上、野放しにすれば取り返しのつかない災害をもたらす反面、その対処法として罪のない被害者の肉体を器として利用する非倫理的な行為を果たして認めるべきなのか。法を司る番人だからこその悩みの種だ。


 片目だけを開いてアデルを見る。彼は人類の敵でありながら今を生きる多くの人間を案じて断腸の思いから決断した。


 それは本来、同族である人間が決断すべきことだ。彼はそれを肩代わりしてくれた。彼にはそのつもりがなかったとしても今この場に立つ人類の代表として応えなければならない。


 ミュウは閉じていた目蓋を持ち上げ、結んでいた口を開く。


「その方法で行きます。全ての責任は私が持ちます」


 決断と覚悟をしたミュウの背中は誰よりも大きく見えた。


「よし。これより原初の焔を断罪するべく協同任務に当たる。皆、よろしく頼む!」


 アデルの宣言に皆が呼応するのだった。

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