第42話 『明かされる力』

 頭部と胴体を切り離されて絶命したユリウスの死体をアデルが見下ろす。切断面は恐ろしい程に滑らかで、寸分の狂いもなく横一文字に切断されている。肉と骨を同時に断つのに力負けしない腕力に、得物の切れと冴えが両立して初めて成り立つ結果と言える。特に前者の条件は後者の条件を十全に発揮するためにも必要不可欠である。細い腕と幼い体躯からはとても出せる力ではない。


 だがミュウは逃走を図るユリウスを刹那の中で確実に仕留めた。その結果が彼女に常識が通用しない裏付けにもなった。


「あーあ、あっけなかったなー」


 ローデリアは後頭部に両手を回して組みながら断罪の対象であったユリウスの死体に目もくれず、呆気ない幕切れに退屈する始末。外道に身を落とした罪人とはいえ、人ひとりの死を軽く扱うのはいただけない。まして同族ともなれば同情のひとつあってもいいところだが、法を司る立場として余計な感情だと捨てているようだ。


「個人的にはそちらの魔王様がとても気になるがな」


 シグムントからの期待の視線をアデルは無視する。こういった輩とはまともに話し合うだけ損するからだ。


「手を出さなければ身の安全は保障してくれるだったはず。よもや約束を反故にするつもりか?」


「約束を反故にするつもりはない。シグムントも下がりなさい」


 ミュウの言葉にシグムントと素直に引き下がる。


「ですが任務はまだ継続中です」


 自分の言葉にアデルが微かな反応を見せたことに気付く。


 ミュウが声にした継続中の任務はこの要塞に囚われている魔女のことだ。ユリウスの罪状を敷き詰めていくなかで得た情報である。魔女に身を落とした人物は例外なく罪人扱いされることからニールセンの断罪も決定事項だ。そしてそこには魔女に加担する者も関係者として処罰対処に入る。


「要塞に囚われている魔女の存在。どうやら貴方と無関係ではなさそうです」


 アデルが見せた微かな反応から判断する。魔王と魔女の関係性を断定できる情報は手元にはないが、事前にユリウスや要塞を調査したアドバンテージが有利に働く。それはアデルからすれば既に決定的な証拠を掴まれていると考えてしまう。


「無関係であることを貫くのであれば私たちもこれ以上の干渉はしない」


 提案しているミュウからすればアデルの選択はどちらもでよかった。無関係を貫くのであれば言葉通り干渉をするつもりはない。仮に関係を認めたのならば容赦なく叩き潰すだけのこと。アデルの選択で任務が中断されることはない。


「それは魅力的な提案だが、こちらとしても色々と無視できなくてな。殺されては困るのさ」


 ベヨネッタの約束もあるが、何よりユリウスがニールセンの確保で躍起になっていた理由を知りたい。軍隊を使用しての作戦ともなれば自分たちに与える影響も十二分に考えられるからだ。


「………」


 アデルの返答は予想外のものだった。身を挺してまで魔女の身を守る理由がないと考えていたからだ。


「わかった。シグムント、ローデリア、この場は貴方たちに任せる。その間に私が魔

女を断罪します」


「はーい」


「くく、腕がなるぜ!」


 魔王との対決に心を躍らせる二人はそれぞれの得物を構え直す。全身から溢れ出す闘気が現場を支配していく。


 一触即発の空気。秒読みで対決の火蓋が切られると思った矢先、ひとつの声が現場に届いたことで闘気が薄まった。その場にいた誰もが声の方向を追って視線を向けると、そこには鎖がちぎられた枷を両手足首に装着した状態の女が立っていた。


「本人の預かり知らない所でヒットアップしないでほしいものですね」


 女の一言で一触即発の現場が中和されていく。


「本人。つまり貴方が魔女ですか?」


「ええ、その通りです」


 さすがのミュウも魔女当人が自ら姿を現すことは予想していなかったが、探す手間が省けた。


「言質は取れました」


 ミュウは巨大鋏の両尖端をニールセンに向けて開く。


「これより断罪します――?」


 断罪するべく行動に入ろうとしても自分の体が動かないことに気付く。足元からは纏わりつくような違和感が身を包む。視線だけを足元に向けると、そこには黒色に近い紫色の何かが両足を縛っていた。


「少し手を出すのは待ってもらおうか」


 アデルの注意によってこの不可解な事象を起こしたのがアデルだと判断したミュウは、そこから自分の足を縛る正体にも気付く。


「なるほど。これがとした魔力ですか」


 こうなっては解放するのも難しいだろうと判断して抵抗することなく諦めた。この事態を解決するべくシグムントたちが動こうとするもミュウがそれを制止させた。それは動きを封じられて初めてニールセンの状態に気付いたからだ。


「……貴女の中にあるソレは何です?」


 これまで表情ひとつ変えることのなかったミュウが顔を歪めた。


「原初の焔。そういえばここにいる皆さんには分かりますよね」


 ニールセンから明かされた彼女の内に秘められた強大な力にその場にいた誰しもが驚く姿を見せるのだった。

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