第41話 『断罪執行』

 ユリウスの一撃は空振りに終わる。


 不意打ちの形で仕掛けた一撃も三者共に散開することで軽々と交わされると、三角形の型を作るように囲む。これが一介の兵士程度であれば自力で打開できる実力を備えているが、相手が一人でも厄介な強敵となれば最早絶望的である。


「こういうのなんていうんだっけ?」


 自ら絶望的な場面を作りだしてしまったユリウスの姿を見て愉快に笑うローデリアはこの状況を言葉で表そうとするも思い浮かばない。


「なんだお前、そんなこともしらねえのかよ。あれだ、飛んで火にいる……」


 ローデリアを馬鹿にしながら答えを出そうとしたシグムントもまた言葉を詰まらせる。知恵を振り絞って答えを出すも的外れな回答が多い。


「なんだ。シグムーも知らないじゃない!」


 全身を使って盛大に笑うローデリアの態度にシグムントは青筋をたてる。傍にいれば間違いなく戦斧を振り下ろしていただろう。


「誰がシグムーだ! 誰が!」


 馬鹿にされたことよりも自分の名前を変な形で略されたことに怒り心頭だった。年齢もさることながら、頬に大きな傷を負った厳つい大男が可愛らしいあだ名で呼ばれては威厳も何もない。


「二人とも本当にうるさい」


 怒りを超えて呆れ顔をミュウは晒す。その表情には二人が自由勝手な態度を取る中で露呈させてしまった知識の無さも含まれている。


「飛んで火にいる夏の虫、です。同僚として恥ずかしいので喋らないでください。ど

うせ馬鹿を露呈するだけなのですから」


 同僚からの、それも年下の少女からの辛辣な言葉に二人は痛みのあまり胸を押さえてしまう。


「き、貴様らふざけているのか⁉」


 ただ苛立たせるだけの三文芝居にユリウスは怒りを爆発させた。行動次第で生死が左右される状況にある彼にとって当然の反応である。何よりふざけたやり取りをしながらも逃げ出す好機や隙を見つけることのできなかった自分の不甲斐なさに苛立つ。助けも望むだけ無駄だろう。アデルが健在だということはカドックが返り討ちにあったのは明白。彼を除いた自動人形は全て本国に出荷してしまい、ここにある自動人形も開発途中で稼働させることができない。たとえ無理矢理に稼働させたところでここにいる怪物相手に歯もたたないだろう。


 現状を整理しているうちにユリウスの熱が冷めていく。狭まっていた視覚が広がり、現状も以前よりクリアに把握できてきた。どうにか退路を探ろうと視線を忙しなく動かす。その最中で視線がミュウと重なった。


「逃げる算段でも立てているのですか?」


 濃密な殺気に血の気が引いた。全身から熱が奪われた錯覚に陥る。猛獣に睨まれた子兎のように全身が震えてしまう。気を抜けば足腰から脆く崩れて座り込んでしまうだろう。だからといって視線を外すこともできない。逸らせばその僅かな隙で首を落とされてしまう恐怖に逆らえないからだ。


 ――こ、こいつが一番ヤバい!


 容姿や若さから二人よりも劣ると考えていた自分を叱りたい。彼女たちが持つ番号から一番の強敵が誰なのか分かったはずなのに、表に見えるだけの情報で判断した浅慮の結果がこれである。


「無駄な足掻きです。貴方ごときの実力で私たちから逃れられると思う?」


 小首を傾げるなど、仕草のひとつひとつが年相応にも関わらず、ユリウスに向ける視線だけは異質な眼光を放つ。その殺気は少し離れた位置で事の成り行きを見届けるアデルにも向けられた。


「もちろん魔王さんも例外ではない」


 ユリウスに向けた殺気をアデルにも当てるが、微動だにしない姿にミュウは細く笑みを浮かべた。それは自分が思い描く魔王像の強さと比例したからである。


「俺は法律を破ってないと思うが?」


 そもそも魔王に人間の法律が適用されるのかもアデルには判断できない。


「わかってる。下手な動きを見せなければ裁くつもりはない。だから変な気を回さないように」


 下手な行動を取ればアデルの命も奪うと釘を打つ。脅しに動じるアデルではないが、傍観に徹することで安全が保障されるのであれば素直に従う。


「素直でとても好感がもてます」


「それはどうも」


 穏やかに進む会話に不満を露わにしたのはローデリアだ。両頬を膨らます古典的で幼い子供のような反応にミュウは片手で頭を押さえる。


「何を嫉妬しているのです。その首を斬り落としますよ?」


 冗談で言っていないことを絶対零度のような視線から読むことができたローデリアは冷や汗を流しながら態度を改めた。


「まったく。同行する相手を選べるか進言してみようかな」


 任務後の事を考えたこの瞬間をユリウスは逃げ出す唯一のチャンスだと思い動いた。それは焦るあまりに起きた最大の誤り。機を読み損ねた悪手だった。


 今出せる最大速でミュウとローデリアの間を走り抜けた。否、走り抜けたと錯覚した。


 ――嘘だろ……。


 胴体だけが取り残された光景がユリウスの双眸が捉えた。視界が上から下へと落ちていくと地面に打ちつけられた衝撃が走る。その時に始めて自分の胴体と頭部が切断されたことを理解した。


「断罪完了です」


 一仕事終えたミュウの一言にユリウスは視線を奪われる。彼女の手に握られた巨大鋏には生新しい血で濡れていた。


「言ったはずです。無駄な足掻きだと」


 その言葉を最後にユリウスの命は完全に潰えた。

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