第40話 『三つ巴』

 断罪機関からの執行者はローデリアの他にもう二人いた。


 一人は頬に大きな縫い傷を負った三十代の男。黄金色の法衣を羽織り、短く切り揃えられた金色の髪には剃り込みが入り、片目に嵌められた眼帯にはNo.Ⅳの英数字が刻まれている。


 もう一人は齢十二歳の少女だ。ゴシック風の法衣を羽織り、両手には継接ぎだらけの熊のぬいぐるみが大事そうに抱きかかえられている。片目に嵌められた眼帯の英数字はNo.Ⅱである。


「ローデリアから接敵したと連絡が届いたぜ」


「……接敵? 誰と?」


 こて、と小首を傾げる姿は年相応な少女の姿だ。


「なんと魔王様らしいぜ!」


 興奮気味に頬に傷を負った男は伝える。その姿は戦闘狂と分類される者たちが見せる反応と同じである。とても法律を重んじる人間が見せてもいい態度と表情ではない。


「殺し合ってみたいな、おい!」


 男はその狂気を隠そうとはしない。


「うるさい。お前が騒ぐとミュウまで変に思われる」


 げしげし、とエナメル靴のつま先で男の脛を蹴って苛立ちを露わにする。


「俺もお前もとっくに普通じゃないだろ」


 自覚があるのか、少女の蹴りが治まる。せめての抵抗として睨みを利かせるも男は笑いとばした後、真顔に戻る。


「普通の殻を破らなければ生きていけなかった。それが俺たちの選択した道だろうが。今さら後戻りなどできるはずもない」


「……わかってる」


 少女は鋭い眼光は潜めて歩み出すとその後ろに男も続く。小さな歩幅ながらも確実に一歩ずつ踏み進めていき、いくつもの部屋と通路を経由して一つの大きな部屋へと到着した。


 侵入対策に装備されたセキュリティーなど一切無視して破壊する。要塞内に警報が鳴り響く。現場ではパトライトが赤く染めながら回り始めた。


 部屋の中には無数のカプセルが設置されていた。カプセル内は液体で満たされ、男女の肉体が浸けられている。


 年齢は老若を問わない。老体から幼体に至るまで液体浸けにされた肉体は目蓋ひとつ動かすことなく身を預けている。


「これが報告にあった実験か」


 カプセルの傍に歩み寄った男は台座に手を添える。そこには名前と思われしき綴りが彫られている。


「肉体を、いえ、脳を材料とした自動人形の生成。蓋を開けてみれば外道の何物でもない」


 全身が機械でありながらも成長機能を持つ自動人形の秘密がこれである。自動人形は一から製造されたものではなく、人間を改造することで作られた兵器。肉体だけを機械に改造することで強化を施し、しかし脳は人のままであることから思考の成長は進んでいく。その結果がカドックのような強力な兵士の存在を生み出した。


「この様子だとかなりの数が出荷されたか?」


 空になったカプセルの数を途中まで数えていた男は数の多さに途中で止めた。


「グラチア皇国はアイゼンガルドとベオグラードに比べて戦力が劣ってるから出荷できる体制が整えば都度に輸送したと思う」


「そうなると二大国の戦況に変化が生じるか……。まあ、俺たちには関係ない話だな」


「うん」


 世界の情勢を予測していたことから一点、二人は興味が失ったようにバッサリと切り捨てた。二人にとって自動人形が今後の世界に及ぼす影響よりも今起きている違法を裁くことを優先する。それが断罪機関の理念であり法の番人たる二人の使命だ。


「せめて苦しまないように壊してあげるね」


 屈託のない笑みを浮かべながら少女、ミュウはカプセルに手を添えた瞬間、背後からの呼び声に破壊の手を止めて振り返った。


「何者だ⁉」


 声の主はユリウスだ。原初の焔の新たな依代として使用する自動人形を自分で選定するべく訪れたのだ。


「断罪機関、と言えば分かるだろう? 若造」


「――法の番人か!」


 想定より早い来訪にユリウスは舌打ちした。


「ユリウス=オートラム。国を挙げて極秘裏に行われた自動人形開発の指揮官を任せられた男。随分と優秀みたいね。この研究要塞を探し出すのに苦労した」


 淡々とした口調ながらもミュウはしっかりとユリウスを評価する。情報開示の通告と同時に違法の証拠探しを進行していたにも関わらず、自動人形の大量開発どころか出荷させるまで許してしまった。これは法の番人として失態である。


「No.ⅡとNo.Ⅳの刻印――」


 眼帯に刻まれた英数字を声にする。


「No.Ⅱ、ミュウ=マーセナルとNo.Ⅳ、シグムント=レオニダスだな」


「くっくっ、俺たちの情報もしっかりと把握しているわけか。それなら俺たちに狙われたら最後、どうなるかも分かっているよな?」


 シグムントは二本の巨大な戦斧を構えて威圧的な空気を出す。


「執行率百パーセント。狙われたら最後、誰一人として生き残った者はいない……」


 だが、とユリウスは腰帯に差していた軍刀を抜いた。


「その程度の脅しで怯むようなら軍人は務まるはずもない」


 数々の苦難を乗り越えてきたからこそ国運を賭けた極秘裏の作戦で指揮官の地位を得ることができた。そこに賭ける覚悟も当然できている。


「良い覚悟です」


 大事に両手で抱えていた熊のぬいぐるみを手放した。熊のぬいぐるみはそのまま地面に落下すると思いきや、それは巨大な鋏の形に変化すると、両刃の刃先を地面に突き刺さった。


「断裁武具“首切”展開完了。これより断罪執行を開始します」


 地面に突き刺さる巨大鋏を両手で手に取って構えた。強敵二人を前にユリウスは息を飲む。緊張から額からは汗が流れだし、背から悪寒を感じて鳥肌が粟立つ。


「それじゃあ、行くぜ――⁉」


 シグムントの掛け声に口火が切られると思った瞬間、現場を破壊音が襲った。


 部屋の壁が壊れた音だ。破片と土埃と一緒に姿を現したのは武装した二つの影である。


「あはは、派手だね!」


 迫る無数の刃を後方に跳躍することで回避していくのはローデリアだ。法衣を靡かせながら華麗に回避しながらも何もない場所に剣を振る。空を切ると思われた剣はマジックを見せられたかのように刀身を伸ばすと、迫る刃の間を縫うように距離を伸ばしていく。


「本当に厄介な剣だ!」


 間を縫って確実に喉元を襲ってくる剣を盾が弾いた。


 それぞれが攻撃の手を止めて着地すると、それに合わせたかのように土埃も晴れて姿を鮮明に露わにした。


「ローデリア、うるさい」


「あはは、ごめんね? ミュウちゃん」


 断罪を邪魔されたミュウの不満に対して一切悪びれる様子もなくローデリアは笑って誤魔化した。


「おうおう、お前がここに来たってことはそちらさんが噂の魔王様かよ!」


 テンションの高い反応を見せるシグムントとは対照的にアデルは冷めた視線を向ける。


「会話から察するにそちらの二人も法の番人か。それと対峙するユリウスに液体浸けされた肉体。色々とカオスな現場だな」


 それでも法の番人が要塞を侵入した理由をアデルはようやく知ることができた。


「確かにカオスだな。俺は一体、誰を断罪すればいいのか混乱してしまうぜ!」


「ミュウの周りにはうるさいのしかいない……」


 自分を取り巻く人物の性格に表情を落とす。


「いくらミュウちゃんでもそれは聞き捨てなりませんよ――‼」


 反論しようとローデリアが一歩、踏み出した瞬間、ユリウスの軍刀の一閃が炸裂した。

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